2015年2月28日

福島県「甲状腺検査」におけるスクリーニング効果 ~ Jacob らによる予測

 ドイツの Peter Jacob らは、2014年の論文の中で福島県「甲状腺検査」について論じ、福島県の場合に起こるだろうスクリーニング効果の大きさを予測しています。このまとめでは、彼らが行った解析とその結果について、可能な限り分かりやすく紹介することを試みます。  なお、Jacob らが行った予測は興味深く、参考になるものではあるのですが、その一方で、「不確実さが非常に大きい」、「根拠が不明確な強い仮定が用いられている」、「福島県の診断基準とは合わない設定が用いられている」等、幾つかの問題を抱えているようにも見えます。その点は心に留めておいてください。 関連まとめ:   ウクライナが米国と共同で行っている甲状腺スクリーニング調査 http://togetter.com/li/782102
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Jacob らの論文

 このまとめで扱うのは以下の論文です。なお、この論文には出版後に訂正が出されています:

Masato IDA, PhD @miakiza20100906

論文(無料): 福島県の超音波サーベイと甲状腺がん link.springer.com/article/10.100…  2014年、Jacob ら。福島原発事故後の福島県における被ばく影響とスクリーニング効果について。非常に重要。

2014-01-15 05:46:10
Masato IDA, PhD @miakiza20100906

論文訂正(無料): 福島県の超音波サーベイと甲状腺がん twitter.com/miakiza2010090… (2014年、Jacob ら)の間違い訂正 → link.springer.com/article/10.100…  推定有病率の信頼区間が間違っていた模様。福島、青森、山梨、長崎での調査の件。

2014-03-19 19:15:29

 この論文で Jacob らが行った予測は、大きく分けて2つ有ります:

 ・スクリーニング効果の大きさ
   ※ ウクライナが米国と共同で行っているスクリーニング調査の結果を基にしている。

 ・被ばくによる甲状腺がんリスクの大きさ
   ※ 日本で行われている被爆者調査の結果を基にしている。

このうち、後者は「20 mSv や 100 mSv などの甲状腺被ばくを受けた人の甲状腺がんリスクの大きさはどれくらいか」を予測したもので、これはこれで重要なのですが、このまとめでは一旦おいておきます。前者の「スクリーニング効果」がこのまとめの主題になります。

 ある病気について、ある集団に対し、これまでに行われることのなかった検査を行った場合や、今まで以上の頻度で検査を行った場合などに、その病気の自然発生率が一時的に上がったように見えることがあります。そのような効果が「スクリーニング効果」と呼ばれるもので、過去に行われた幾つかの甲状腺検査でもその存在が確認されています。

 福島県でのスクリーニング効果に関し、Jacob らは以下の2つの予測を示しています:

 (1) 一巡目の「有病率」
  ・0.027 % (95% 信頼区間; 0.007~0.069 %) 2011年10月~2012年3月の検査分
  ・0.034 % (95% 信頼区間; 0.009~0.088 %) 2012年4月~2013年3月の検査分
    ※ 論文の式 (1)。
    ※ 自然発生の分だけでどれくらいの有病率になり得るか、を推定している。
    ※ ウクライナの調査の一巡目の結果から推定している。

 (2) 二~四巡目の「発生率」に現れる「スクリーニング倍率」
  ・7.4 (95% 信頼区間; 0.95~17.3)
    ※ 論文の式 (2) に f_sp を掛けたもの。
    ※ スクリーニングによって自然発生の分が何倍になり得るか、を推定している。
    ※ ウクライナの調査の二~四巡目の結果から推定している。

ここに注記したとおり、スクリーニング効果の議論においては、被ばく影響のことは一旦おき、自然発生の分にスクリーニングがどれくらい影響するかが考察されています。

 これらの予測を得るのに使われている数式の見掛けがやや複雑であることと、説明がいささか雑然としていることから、読みにくい論文になってしまっていますが(あくまで私見です)、やっていること自体は単純で、これらの予測値も簡単な考え方から導かれています。

 なお、スクリーニングの一巡目では、近いうちに本当に症状を感じることになっただろう人の病気だけではなく、しばらく後まで症状を感じることがなかっただろう人や、非常に弱い症状を感じながらも、しばらくは専門医を受診することがなかっただろう人の病気までが同時に発見されることになるため、発生率ではなく「有病率: prevalence」という言葉が使われています。

 二巡目以降では、前の巡までには現れず、前回から今回までのブランク期間中に新たに発生した病気のみが発見されることになるため、「発生率: incidence rate」という言葉が使われています。
 

ウクライナのスクリーニング調査について

 Jacob らの論文では、重要かつ、ほぼ唯一の先行事例として、ウクライナで行われた甲状腺スクリーニング調査 http://togetter.com/li/782102 が参考にされています。この調査では、福島県の場合と同じく、受検者全員を同じ頻度・同じ診断基準でみるという方法がとられています。また、診断の際に全員に超音波診断を行うことも共通しています。Jacob らは福島県「甲状腺検査」とよく似たこの調査の結果を参考に、福島県の場合の予測を行っています。

 ただし、ウクライナと福島の調査を比べると、検査方法以外の点で幾つかの重要な違いが見つかります。思いつくものを以下に列挙します:

 ・一巡目の時点での平均年齢が 12 歳ほども違う。ウクライナの方が高い
 ・国や民族が違う
 ・天然ヨウ素の摂取状況がおそらく違う
 ・時代が違う

これらはいずれも甲状腺がんの発生率に影響するだろう要素です。

 これらのうち、特に重要なのは年齢でしょう。Jacob らが参考にしたウクライナの調査は、チェルノブイリで行われたスクリーニング調査の中では比較的遅くに始められたもので、事故の 12 年後になる1998年4月に一巡目が開始されています。そのため、受検者の検査時の年齢が福島よりもだいぶ高くなっています。

 よく知られているように、小児・青年期の甲状腺がんの発生率は年齢によって非常に大きく変わります。そのため、ウクライナと福島県の例を比較検討する場合には、受検者の平均年齢の違いからくる発生率や有病率の違いをどう埋めるかが大きなキーポイントになるでしょう。

 以下では、Jacob らが行った予測の詳細について、なるべく簡単に説明します。
 

一巡目の有病率の予測

 福島県における一巡目の有病率は、式 (1) によって推定されています:
   http://photozou.jp/photo/show/885961/219105516

この式は一巡目におけるスクリーニング倍率、すなわち、「スクリーニングによって得られた“有病率”が、平常時の“発生率”と比べて何倍の大きさになるか」を見ています。それを分かりやすくするため、f_sp(診断基準の違いを反映するための係数。後で説明します)は一旦 1 としてしまい、さらに、式を以下のように書き換えてみます:
   http://photozou.jp/photo/show/885961/219105526
    ※ 左右とも「スクリーニングによって得られた有病率 / 平常時の発生率」の形になっている。

このようにすると、イコールの左側も右側も「スクリーニングによって得られた有病率」を「平常時の発生率」で割ったものになります。左側が福島県、右側がウクライナです。

 論文では明示されていないのですが、上の式で福島の場合とウクライナの場合がイコールで結ばれていることから、Jacob らはここで非常に強い仮定を用いていることになります。すなわち、

   〆 スクリーニング倍率は、受検者の年齢や人種、検査時の時代などによらず、(診断基準が同じであれば)同じになる

としているのです。つまり、例えば、ウクライナの 20 歳の調査で倍率が 10 くらいになったとしたら、福島県の 10 歳の場合でも 15 歳の場合でも倍率は 10 くらいになるだろう、と仮定しているわけです。

 この点については私自身いささか納得がいかないのですが、Jacob らはこのように仮定しています。この仮定についての説明が論文中にほとんど無いことから、おそらく Jacob らもこの点についてはあまり自信がないのではないかと思います (あくまで私の推測です)。
 ※ この点については後でもう一度コメントします。

 この式に現れる「平常時の発生率」というのは、スクリーニングを受けている年代の人たちの、スクリーニングを受けなかった場合の発生率、つまり、いわゆる普通の自然発生率のことです。ただし、実際にスクリーニングを受けている人たちの自然発生率は分からないため(スクリーニングの影響が入ってしまっているため)、Jacob らは、がん登録に記された全国平均値の記録から、スクリーニングを受けている人たちと同じ年齢・性別構成の集団の発生率を推定して使っています。

 ウクライナの「平常時の発生率」については、ウクライナの一巡目が行われた1998-2000年のウクライナ全国平均値を、福島県の「平常時の発生率」については、国立がん研究センターに記録された2007年の日本の平均値を代用して使っています。

 上の式を使って福島県の有病率を推定するには、もう一つ、ウクライナでの「スクリーニングによって得られた有病率」が必要になります。Jacob らはこれを、ウクライナの一巡目の結果から持ってきています。

 ウクライナの一巡目では、参加者 13127 人のうち 45 人に甲状腺がんが見つかっています。しかし、それと同時に、甲状腺被ばくによる過剰発生があったこと、すなわち、この 45 例の中に被ばくを原因とするものが含まれていることも明らかになっています。そのため、自然発生分の有病率を求めるには、45 例のうちの何例くらいが自然発生分なのかを推定する必要があります。

 そのような推定はスクリーニング調査を行った Tronko ら自身が行っており、次のような結果を得ています:

 ・ウクライナ一巡目の自然発生数の推定 11.2 例 (95% 信頼区間; 3.2~22.5 例)

これは甲状腺被ばく量と甲状腺がんリスクの比例関係を調べる疫学統計から推計されたものです。しかしながら、45 例という比較的少ない症例からの推定ということもあり、かなり広い誤差範囲(信頼区間)を持った荒い推定になってしまっています。この点は Jacob らの示した予測値を解釈する際に注意しておく必要があります。

 この自然発生数の推定値を一巡目の参加者数 13127 で割ることで、ウクライナの一巡目における有病率を得ることができます。

 ところで、上で説明を飛ばした f_sp ですが、これはウクライナと福島県での診断基準の違いを反映するための係数です。勿論のことではあるのですが、甲状腺がんの診断の際に用いられる診断基準が違えば、がんと診断される数も違ってきます。例えば、「直径 5 mm以上の悪性腫瘍をがんと診断する」場合と「直径 10 mm以上の悪性腫瘍のみをがんと診断する」場合では、前者の方が症例数は多くなります。もしもウクライナと福島県で診断基準に違いがあるならば、その違いが有病率にどれくらい影響するかを考える必要があります。

 Jacob らは、ウクライナと福島県では 5~10 mmの腫瘍についての診断基準に差があり、福島の方がそれらの腫瘍をがんと見なす割合が高くなるかもしれないと考え、f_sp = 2.1 程度とすることを薦めています。これはつまり、「診断基準の違いにより、福島県のスクリーニング倍率はウクライナの 2.1 倍くらいになるだろう」と推測していることになります。
 ※ 後で説明しますが、この f_sp = 2.1 程度という選択は不適当だったように思います。
 

二~四巡目のスクリーニング倍率の予測

 福島県における二巡目以降のスクリーニング倍率は、ウクライナでの二巡目以降の結果から推定されています。その際に必要となるウクライナでの倍率については、式 (2) を使って計算されています:
   http://photozou.jp/photo/show/885961/219105539

意味不明な記号が並んでいて難解そうですが、この式の場合も、やっていることは単純です。

 この式では、「スクリーニングを受けた人たちの自然発生率」を「平常時の発生率」で割ることで、二巡目以降のスクリーニング倍率を計算しています。スクリーニングを受けた人たちの自然発生率にはスクリーニングの影響が入っているはずなので、平常時の発生率よりは大きくなっていることが考えられます。スクリーニングによって何倍くらいに大きくなったかを推定しているのがこの式です。

 少し分かりやすくするため、この式を以下のように書き換えます:
   http://photozou.jp/photo/show/885961/219105552
    ※ 「スクリーニングを受けた人たちの自然発生率 / 平常時の発生率」の形になっている。

この式のうち、分子の「スクリーニングを受けた人たちの自然発生率」 (EAR / ERR) はウクライナの二~四巡目の結果から推定されています。ただし、二~四巡目においても被ばくによる過剰発生があったことが明らかになっているため、調査から得られた発生率をそのまま「自然発生率」と見なすことはできません。そのため、ここでも疫学統計の結果から推定するという方法がとられています。その推定法は次のとおりです。

 二~四巡目の結果については、調査を行った Brenner らが以下の2つのリスク値を計算しています:

 ・EAR: 過剰絶対リスク
   22.1 (95% 信頼区間; 0.4~57.8) / (10万人・年・Gy)
    ※ 1 Gy当たりで、10万人当たり何例くらいの過剰発生があったか、を見たもの。
    ※ 二~四巡目の調査期間内の平均値として、年間の値として示されている。
    ※ Jacob らの論文では信頼区間が 0.04~5.78 と誤記されている。

 ・ERR: 過剰相対リスク
   1.91 (95% 信頼区間; 0.43~6.34) / Gy
    ※ 1 Gy当たりで、「自然発生」の何倍分の過剰発生があったか、を見たもの。
    ※ ここで言う「自然発生」が「スクリーニングを受けた人たちの自然発生率」に相当する。

この2つのリスク値の定義から、

   EAR = ERR × スクリーニングを受けた人たちの自然発生率

となります。細かい説明は端折りますが、こうなるんです。これより、

   スクリーニングを受けた人たちの自然発生率 = (EAR / ERR)

となり、疫学統計から得られている EAR と ERR の値から「スクリーニングを受けた人たちの自然発生率」を計算することができるようになります。

 このようにして計算した自然発生率を「平常時の発生率」で割ってスクリーニング倍率を求めているのが式 (2) なのです。この「平常時の発生率」については、上で述べた有病率のときと同じように、がん登録に記された全国平均値から、スクリーニングを受けている人たちと同じ年齢・性別構成の集団の発生率を推定して使っています。
 ※ 二~四巡目の時点での年齢は、勿論、一巡目の時の年齢とは異なります。そのため、計算に用いられる「平常時の発生率」の値も一巡目のものとは異なります。

 上の式で求められるスクリーニング倍率はウクライナでのものです。Jacob らはこのスクリーニング倍率にも診断基準の違いが影響するだろうと考え、福島県でのスクリーニング倍率をウクライナと同じとはせず、ウクライナの場合の 2.1 倍程度(先述の f_sp = 2.1 程度)に大きくなるだろうとしています。

 このことからも透けて見えるように、Jacob らは二巡目以降のスクリーニング倍率の予測においても、一巡目と同じ強い仮定を用いています:

   〆 スクリーニング倍率は、受検者の年齢や人種、検査時の時代などによらず、(診断基準が同じであれば)同じになる

すなわち、ウクライナの二巡目以降のスクリーニング倍率に、診断基準の違いを埋めるための 2.1 程度を掛けたものが、そのまま福島県でのスクリーニング倍率になる、としているのです。

 以上が Jacob らが行った予測の詳細です。以下では、彼らが用いた予測法について、私が問題と思う点を列挙しておきます。
 

私が問題点と思うもの

 これまでに説明したとおり、Jacob らは先行事例の少ない課題に対し、利用できそうな情報をフル活用しながら有病率やスクリーニング倍率を推定しています。さすが実績のあるプロの仕事で、そのアイデアには敬服するほかないのですが、その一方で、彼らの推定には幾つかの問題もあるように思います (おそらく、それは彼ら自身の方がよく分かっていると思います)。

 私が問題と思う点は以下の通りです:

1.予測値に含まれる誤差・不確実さが非常に大きい
 繰り返し述べたように、Jacob らが示した予測値にはかなり大きな誤差・不確実さが含まれています。誤差・不確実さを生んでいる要因については、以下のようなものが考えられるでしょう:

(a) 被ばく影響が有ったことがはっきりしているウクライナの調査を基にしている
 Jacob らの推定は、被ばく影響があったことが明らかになっているウクライナ高汚染地域のスクリーニング調査を基にしています。そのため、有病率や発生率を推定する際に、被ばく影響が現れている集団に対する調査の結果から、自然発生分とみられる症例数や発生率を疫学統計によって割り出す、という、いささか回りくどくトリッキーな方法がとられています。そのため、結果の不確実さが非常に大きくなっています。

 例えば、有病率の予測の際に用いられた

 ・ウクライナ一巡目の自然発生数の推定 11.2 例 (95% 信頼区間; 3.2~22.5 例)

ですが、誤差範囲(信頼区間)が非常に広く、大きな不確実さを持っています。この推定値が意味するところは、つまり、ウクライナ一巡目の自然発生数はおそらく 3.2~22.5 例の間のどこかにあり、最も“もっともらしい”のは 11.2 例程度であるが、可能性は低いながらも 3.2 例前後や 22.5 例前後である可能性もある、というものです。3.2 と 22.5 ではおよそ 7 倍もの開きがあります。

 Jacob らの予測がこのような不確実さの大きい事例を基にしたものであることは、必ず心に留めておくべきことと思います。

(b) 「平常時の発生率」がスクリーニングを受けた人たちのものではない
 これも上で繰り返し述べたように、スクリーニング倍率を求める際の比較対象(言い換えると、分母)となる「平常時の発生率」には、ウクライナや日本での全国平均値が利用されています。本来はスクリーニングを受けた集団それ自体の「平常時の発生率」を比較対象にするべきでしょうが、そのようなデータは得ようがないため、代わりに全国平均値が使われたのだと思います。

 この点は少し注意が必要でしょう。何故なら、がんの発生率は地域や年によって大きく変動することがあるため、全国平均とスクリーニングを受けた集団では「平常時の発生率」が随分と違っている可能性があるためです。したがって、Jacob らが示したスクリーニング倍率は、あくまでも「全国平均値と比較した場合の倍率」だと見ておく必要があるでしょう。

(c) 診断基準さえ同じであれば、スクリーニング倍率は年齢などによらず同じになる、と仮定している
 この仮定は Jacob らの予測において重い意味を持つものですが、残念ながら、論文にはこの仮定の根拠や妥当性についての記述が不足しているように思います。特に、有病率の予測にこの仮定を用いることの妥当性については、記述は皆無です。

 私見ですが、この仮定はいささか大雑把すぎるのではないかと思います。何故かというと、まず、よく知られているように、小児・青年期の甲状腺がんの発生率は年齢によって非常に大きく変わるからです。そして、そのため、スクリーニング倍率は年齢によって変わると考えた方が自然なように思えるからです。この点について以下で私見を述べます。

 スクリーニング効果が働く原因について、「より高齢になってから発見されるはずだった病気が、スクリーニングによって前倒しで発見されるため」と説明されることがあります。これはたぶん正しいのだと思いますが、そうだとすると、スクリーニング倍率には、検査時点での年齢における自然発生率だけではなく、より高齢の側の自然発生率の影響も入ってくるはずです。

 例えば、大人の場合には年齢による自然発生率の変化はあまり大きくないため、より高齢の側から前倒しで見つけても、検査時年齢の自然発生率と比べたときの倍率はあまり大きくならないかもしれません。しかし、年齢による自然発生率の変化が非常に大きい子供の場合、より高齢の側にはずっと大きい自然発生率が有るため、そこから前倒しで見つけてくると、検査時年齢の自然発生率と比べたときの倍率がかなり大きくなりそうに思えます。

 このように考えると、「スクリーニング倍率は受検者の年齢によって変わる」とみた方が自然なように思えてきます。しかし、その一方で、本当にこんな単純な考え方でいいのだろうかという思いも残ります。

 ここで一つ、先行事例を紹介します:

   Ivanov ら, "Radiation-epidemiological studies of thyroid cancer incidence in Russia after the Chernobyl accident (Estimation of radiation risks, 1991-2008 follow-up period)," Radiation Protection Dosimetry (2012年)
   http://rpd.oxfordjournals.org/content/151/3/489

これはチェルノブイリ後のロシアで行われている甲状腺がん調査の結果を報告した論文です。ロシアの高汚染地域では、事故直後より年一回の定期健診が実施されており、その中で甲状腺検査も行われています。この論文では、1991-2008年の調査期間中に 993 人が甲状腺がんを患ったこと、そして、甲状腺被ばく量におよそ正比例する過剰発生があったことが報告されています。この調査の詳細の一部を以下に抜き書きしておきます:

 ・調査期間
   1991-2008年
 ・調査地域
   Bryansk、Kaluga、Oryol、Tula の4州
 ・対象者数
   計 309130 人
   〆 97191 人 (事故時に 0-17 歳)
   〆 211939 人 (事故時に 18 歳以上)
 ・甲状腺がんの診断数
   計 993 件
   〆 247 件 (事故時に 0-17 歳)
   〆 746 件 (事故時に 18 歳以上)

 この論文の中で Ivanov らは、疫学統計の結果をもとに、年齢層ごとのスクリーニング倍率を計算しています。その結果は次のとおりです:

 ・ロシアでのスクリーニング倍率(1991-2008年の平均)
   〆 8 前後 (事故時に 0-17 歳)
   〆 3.7 前後 (事故時に 18 歳以上)

このように、この調査では低年齢層と高年齢層のスクリーニング倍率には差があり、低年齢層の方が大きいという結果になっています。また、その差は統計的に有意であるとされています。これは Jacob らが用いた強い仮定とは矛盾する結果です。

 なお、これらの倍率を計算する際には比較対照となる「平常時の発生率」が必要になりますが、Ivanov らは Jacob らがウクライナと福島の例で行ったのと同様に、ロシア全国の統計データから、調査対象者たちと同じ年齢・性別構成の集団の発生率を推定して使っています。

2.ウクライナと福島県の診断基準に目立った違いは無さそう
 上で説明したとおり、Jacob らは、ウクライナと福島県では 5~10 mmの腫瘍の診断基準に差があり、そのため、福島県の場合のスクリーニング倍率はウクライナの 2.1 倍くらいになるだろうと推測しています。しかし、実際には診断基準に目立った差は無く、したがって、この「2.1 倍」する措置は不適当だったように思います。

 実際の診断結果の数字を使ってこの点を少し検証してみます。Bogdanova らによると、ウクライナ一巡目の甲状腺がん 45 例(乳頭がんは 43 例)のうち、11 例(同 10 例)が 5~10 mmだったとされています。一方、2014年6月30日までの福島県の情報によると、この時までに最終診断のついた 54 例のうち、15 例が 5~10 mmだったとされています:

   Bogdanova, "A cohort study of thyroid cancer and other thyroid diseases after the Chornobyl accident: Pathology analysis of thyroid cancer cases in Ukraine detected during the first screening (1998-2000)," Cancer (2006年)
   http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cncr.22321/abstract

   "手術の適応症例について" ― 福島県 第4回「甲状腺検査 評価部会」資料
   http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf

 この2つの事例を%表示してみると以下のようになります:

 ・5~10 mmの症例の割合
   〆 ウクライナ 24.4 % (11/45)
   〆 福島県 27.8 % (15/54)

このように、全症例中に 5~10 mmの症例が占める割合は両国でほぼ同じになっており、「福島県の方が 5~10 mmの腫瘍をより高い頻度でがんと診断している」というようなことにはなっていないようです。

 上の症例数を利用して、Jacob らが議論で使ったのと同じ症例数比を計算してみます:

 ・全症例数 / 10 mm以上の症例数
   〆 ウクライナ 1.32 (45/34)
   〆 福島県 1.38 (54/39)

「全症例数」は 10 mm以上の症例数に 5~10 mmの症例数を足したものなので、全症例中に 5~10 mmの症例が占める割合が増えると、この比は大きくなります。Jacob らは、ウクライナと福島県ではこの比が 2.1 倍くらい違うかもしれないとして f_sp を導入しています。しかし、ここで計算したように、これらの比にも目立った差は見られません。

 これらのことから、f_sp = 2.1 程度とした判断はおそらく不適当であり、f_sp = 1 程度とみた方が妥当だったように思います (勿論、こういうことは情報が揃ってきた今だから言えることです)。f_sp の値を 2.1 程度から 1 程度に変更すると、Jacob らの予測値は一巡目の有病率、二~四巡目のスクリーニング倍率ともに 1/2.1 倍ほどに下がることになります。
 

検算

 Jacob らが示した2つの予測について、以下で簡単な検算を行っておきます。なお、話を簡単にするため、ここでは信頼区間は省きます。

 まずは一巡目の有病率について。計算に用いられた数値は以下のとおり:

 ・スクリーニングによって得られた有病率
   11.2/13127 (ウクライナ一巡目)
 ・平常時の発生率
   〆 年間 1.756人/10万人 (ウクライナの一巡目の期間)
   〆 年間 0.267人/10万人 (福島県 2011年10月~2012年3月)
   〆 年間 0.332人/10万人 (福島県 2012年4月~2013年3月)
 ・診断基準の違いを反映するための係数 f_sp
   2.089
    ※ 上の説明や論文中では 2.1 と書かれている。
    ※ より正確にするため、ここでは (1125/354 + 1)/2 から計算し直した。

これらを使うと、福島県の一巡目の有病率は以下のように計算できます:

   2.089 * (11.2/13127) * 0.267 / 1.756
     = 0.027 % (2011年10月~2012年3月の検査分),

   2.089 * (11.2/13127) * 0.332 / 1.756
     = 0.034 % (2012年4月~2013年3月の検査分)

なお、f_sp = 1 とした場合には、一巡目の有病率は次のように修正されます:

   (11.2/13127) * 0.267 / 1.756
     = 0.013 % (2011年10月~2012年3月の検査分),

   (11.2/13127) * 0.332 / 1.756
     = 0.016 % (2012年4月~2013年3月の検査分)

 次に、二巡目以降のスクリーニング倍率について。計算に用いられた数値は以下のとおり:

 ・EAR: 過剰絶対リスク
   22.1 / (10万人・年・Gy)
 ・ERR: 過剰相対リスク
   1.91 / Gy
 ・平常時の発生率
   年間 3.3人/10万人 (ウクライナの二~四巡目の期間)
 ・診断基準の違いを反映するための係数 f_sp
   2.089
    ※ 上で説明したとおり。

これらを使うと、福島県の二巡目以降のスクリーニング倍率は以下のように計算できます:

   2.089 * (22.1/1.91) / 3.3
     = 7.3 倍
    ※ 論文に示される 7.4 と少しずれるのは、「平常時の発生率」の有効桁数が足りないためと思われる。
    ※ 平常時の発生率の 3.3 を例えば 3.27 と考えてみると、7.40 になる。

なお、f_sp = 1 とした場合には、二巡目以降のスクリーニング倍率は次のように修正されます:

   (22.1/1.91) / 3.3
     = 3.5 倍
 

参考文献

 Jacob ら, "Ultrasonography survey and thyroid cancer in the Fukushima Prefecture," Radiation and Environmental Biophysics (2014)
 http://link.springer.com/article/10.1007/s00411-013-0508-3
 Erratum
 http://link.springer.com/article/10.1007/s00411-014-0528-7

 Tronko ら, "A cohort study of thyroid cancer and other thyroid diseases after the Chornobyl accident: Thyroid cancer in Ukraine detected during first screening," Journal of the National Cancer Institute (2006)
 http://jnci.oxfordjournals.org/content/98/13/897.short

 Brenner ら, "I-131 dose response for incident thyroid cancers in Ukraine related to the Chornobyl accident," Environmental Health Perspectives (2011)
 http://ehp.niehs.nih.gov/1002674/

 Ivanov ら, "Radiation-epidemiological studies of thyroid cancer incidence in Russia after the Chernobyl accident (Estimation of radiation risks, 1991-2008 follow-up period)," Radiation Protection Dosimetry (2012)
 http://rpd.oxfordjournals.org/content/151/3/489

 Bogdanova ら, "A cohort study of thyroid cancer and other thyroid diseases after the Chornobyl accident: Pathology analysis of thyroid cancer cases in Ukraine detected during the first screening (1998-2000)," Cancer (2006)
 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cncr.22321/abstract

 "手術の適応症例について" ― 福島県 第4回「甲状腺検査 評価部会」資料
 http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf

コメント

シュー @shu_n148 2015年2月28日
Jacob らがウクライナと福島県では 5~10 mmの腫瘍の診断基準に差があると考えているのは、エコーでのB判定や細胞診の適応に違いがあると考えているのではないでしょうか。割合がたまたま一致しているのは、細胞診後の手術適応の基準も違うためで、福島では疑い例に小さなものが多く含まれているのではないでしょうか。
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Masato Ida, PhD @miakiza20100906 2015年3月1日
shu_n148 つまり、実はウクライナと福島では診断基準と腫瘍径分布の両方が違っているが、その両者が打ち消し合って偶然、割合がほぼ一致している、という可能性もあるのでは、ということですか?
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Masato Ida, PhD @miakiza20100906 2015年3月1日
ちなみに、両国の細胞診に進む判断基準はこのようなものです: ウクライナ http://photozou.jp/photo/show/885961/219185059 ,福島県 http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf#page=2
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シュー @shu_n148 2015年3月1日
miakiza20100906 はい。エコーでどの程度の悪性所見で細胞診を勧めるかという判断が異なっている可能性はあると思います。鈴木氏も基準が変化していると認めており、特に初期はより積極的に細胞診を行っていたと思います。たくさん癌の疑いをみつけた上で手術適応をより慎重に決定していることは手術例での良性割合の違いから推測できます。
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シュー @shu_n148 2015年3月1日
5ー10mmの割合が問題であれば、14.0±7.3mm (5.1-40.5mm)というデータから推定できないでしょうか。
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Masato Ida, PhD @miakiza20100906 2015年3月1日
shu_n148 たしかに、診断基準の違いと腫瘍径分布の違いが打ち消し合っているという可能性はあるかもしれないですね。そこはこれまでの情報では判断しきれないと思うので、一旦保留で。
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Masato Ida, PhD @miakiza20100906 2015年3月1日
shu_n148 その「推定できないでしょうか」というのは、何をですか?
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シュー @shu_n148 2015年3月1日
スクリーニング効果の話では福島での疑い例の数が問題になるので、途中経過の確定例での割合ではなく、疑い例も含めた分布のグラフを描ければ5ー10mmの割合を出せると思ったのですが、数学や統計が苦手なのでできるかどうかもよくわかりません。もともと福島医大は持っている数字を推定するのも変な感じですし。
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Masato Ida, PhD @miakiza20100906 2015年3月2日
はい、了解です。 その点は私も気になっているので、2014年6月30日現在 http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf と同程度の情報が開示されるたびに逐次更新するつもりです。
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シュー @shu_n148 2015年3月2日
miakiza20100906 Jacob らのウクライナと福島県では 5~10 mmの腫瘍の診断基準に差があるという考えが間違っていると言えるようなデータはこのまとめには無いように思います。細胞診の適応も手術の適応も同じとは言えず、福島の未確定群には確定群より多くの微小ガンが含まれていると考えられますので、 f_sp=1 という推定は無理があると思います。よろしくお願いします。
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シュー @shu_n148 2015年3月28日
1cm以上の腫瘤は基本的に細胞診になるのでエコーの性能による差は出にくい。それに対して1cm以下の場合は悪性所見を認めたもののみ細胞診を行っているので、細かい悪性所見の検出力にウクライナと福島で使用されている超音波装置の性能の差が現れているのだと思います。
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Theresia_Gebets @Theresia_Gebets 2015年7月15日
二巡目以降のスクリーニング倍率は3.5 倍ですか。思ったより低い。
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