「無情なる山水[やま]」――夢枕獏風ニンジャスレイヤー

「やろうか」 「やろう」 そういうことになった。
7
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

母さんは、ぼくを、捨てたのだ。 (20)

2015-03-10 23:37:23
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ざっざ。 ざっざざっざ。 ざっぞぞう。ざっぞぞう。 (21)

2015-03-10 23:38:10
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ミニットマンの耳の裏で、そんな音がした。 どろどろとした、なにかものすごいものが、背後に迫っていた。 (22)

2015-03-10 23:39:05
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

そいつは、そのものすごいものは、ミニットマンの腹の底から、おそろしい速さで腰を回り、背骨を駆け上がり、両肩を掴んで、やけどするような息を、彼の耳の裏に吐きかけているのだった。 (23)

2015-03-10 23:40:25
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

それは、ミニットマンの、鼓動の声であった。 怒れる魂が、哭いているのだった。 (24)

2015-03-10 23:41:43
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ざっざ。 ざっざざっざ。 ざっぞぞう。ざっぞぞう。 (25)

2015-03-10 23:42:13
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

そして、それは靴音でもあった。 薄暗い部屋で飲んだくれ、だめになったおやじを殴って飛び出した、その果てに、愚連隊を経て、たどり着いた、軍隊の行進だった。 (26)

2015-03-10 23:43:14
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ミニットマンは兵士になった。 さらさらの軍服と、きらきらしたライフルを持って、戦争へ行った。 軍服はすぐに汚れた。ライフルはだめになった。 彼の部隊は、本隊から切り捨てられ、廃墟と化した街に取り残された。 (27)

2015-03-10 23:44:22
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ざっざ。 ざっざざっざ。 ざっぞぞう。ざっぞぞう。 廃墟の外からは、敵の軍隊の、軍靴の音が聞こえてくる。 ミニットマンはひとり、それを聞いていた。だめになった、たまなしの、ライフルを抱いて、ぶるぶると震えていた。 (28)

2015-03-10 23:45:15
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

いや。 違う。 おれはひとりではなかった。 (29)

2015-03-10 23:46:34
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ミニットマンは、その音に囲まれながら、イクエイションのことを思い出していた。 (30)

2015-03-10 23:47:07
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

あの頃は、やつも、別の名前だった。 おれも、ミニットマンではなかった。 たったふたり、地獄のような戦場に、取り残されて、生きていたのだ。 (31)

2015-03-10 23:48:16
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ざっざ。 ざっざざっざ。 ざっぞぞう。ざっぞぞう。 敵の迫る音に、ミニットマンは震えていた。 (32)

2015-03-10 23:50:05
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

恐怖からではなかった。 こわいのではなかった。 いや、こわいにはこわかった。 こわいのは、しかし、敵ではない。 自分だった。 (33)

2015-03-10 23:51:06
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

あの時のように、めちゃくちゃをしてしまいそうだったのだ。 おふくろのメモを握りしめ、部屋を、めちゃくちゃにした時のように。 コケシマートに、居合わせたやつらを、めちゃくちゃにした時のように。 おれは、めちゃくちゃに、敵へ突っ込んでしまいそうだった。 (34)

2015-03-10 23:52:09
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「やめとけよ」 イクエイションが言った。 (35)

2015-03-10 23:53:15
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

ミニットマンはイクエイションの顔を見た。 「なんでだ」 そう言った。聞いたのではなかった。 (36)

2015-03-10 23:54:34
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「なんでって、死んじまうだろう」 「死んじまっては、いけねえのかよ」 ミニットマンは聞き返した。 「どうだろうな」 イクエイションが言った。 (37)

2015-03-10 23:55:33
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「死んじまって、いけないことはない。おれたちはみんな、いつかは、そうなるんだからな。それがこの世のルールだ。インガオホーだ」 「やけにポエットなこというじゃねえか」 「ありがとう。だけどね、それは、死んじまうのは、今じゃない」 「じゃあ、いつなんだ」 (38)

2015-03-10 23:57:32
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「おれの計算が、できなくなった時だ」 イクエイションが言った。 (39)

2015-03-10 23:58:22
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「計算?」 ミニットマンは呆れた。 こいつはなにを言ってやがるんだ? だが、ミニットマンの気持ちを知ってか知らずか、イクエイションは言葉を続けた。 「そうだ。おれには計算がある。この糞ったれな地獄を生き延びる、計算がな。そして」 「そして?」 (39)

2015-03-10 23:59:40
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「その計算には、あんたが、必要なんだよ」 そう言って、イクエイションはじっとミニットマンを見た。 ずだぼろの軍服を着て、やっぱりだめになったライフルをぶら下げていたが、その目は奇妙にさわやかだった。 (40)

2015-03-11 00:00:18
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「おれが?」 「そうだよ。おれだけでは、だめだ。あんただけでも、だめだ。おれとあんた、二人そろっていることが、計算には必要なのさ」 さわやかな目の男が、言った。 (41)

2015-03-11 00:02:05
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

「いいぜ」 ミニットマンは言っていた。 「やってやるよ」 「そうこなくちゃあな」 (42)

2015-03-11 00:03:41
うさぎ小天狗 @USAGI_koTENGU

そうして、イクエイションの指示した「計算」通り、敵部隊を撹乱し殲滅した二人は、敵兵の装備をはぎ取り、後続部隊に救助される形で、地獄のような市街戦を抜け出した。 (43)

2015-03-11 00:05:49