「無情なる山水[やま]」――夢枕獏風ニンジャスレイヤー
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色あせて、かがり紐も擦り切れて、なんども継ぎあて縫いなおした袋の底がついに破れ、なだれ落ちたコメが、コケシマートの薄汚い床を打つ……。 そんな音であった。 (4)
2015-03-10 23:20:15赤ら顔の、しょぼくれた、寝取られ男のおやじに殴られて、頬にこさえた青あざの熱を、あてた手のひらで吸い出そうとしながら、コケシマートにコメを買いにいった。 うさんくさそうに見る奴らに睨み返し、すえた匂いの懐からトークンをつかみ出して、会計を済ませた直後だった。 (6)
2015-03-10 23:22:10コケシマートの有料PVC買い物袋すら惜しい、どん底の生活であった。買い物袋は持参であった。 おふくろが、たったひとつ、ミニトッマンに残してくれた、それは手ぬいの袋であったものだ。 その底が、なんの前触れもなく、抜けたのだった。 (7)
2015-03-10 23:23:10珍しく夕日の差す道を逆にたどり、小学校から団地に帰りついたミニットマンが、母の名を呼びながら飛び込んだ居間の、いやな静けさのように、突然、なんの前触れもなく、それは起こった。 (9)
2015-03-10 23:25:22『無情なる山水[やま]』
第一章
その時、コケシマートの薄汚い床に這いつくばって、コメを拾う幼いミニットマンは、呆然としながら、しかし、腹の奥からどろどろしたものが湧いてくるのを感じていた。 (12)
2015-03-10 23:29:16あの時もそうだった。 無人の部屋に、母を探した。 おかしい。 いない。 キッチンはおろか、トイレと共同の洗面所にも、三人仲良く眠る寝室にも、母の姿はなかった。 (13)
2015-03-10 23:30:22こまり果て、居間へ戻った彼は、ふと、チャブの上に置かれたワンカップ・サケの空き缶に、いつか母が生けた、名も知らぬ花がしおれているのを見つけた。 まるで母のようだった。 (14)
2015-03-10 23:31:14思わず屈み込んだところで、空き缶に敷かれた、一枚のメモを見つけた。 母のような花の下にあるから、母からの伝言と知れた。 何気なく手に取った。裏返した。 (15)
2015-03-10 23:32:16わかったが、わからなかった。 わかりたくなかった。 母は、父を、捨てたのだと、わかったが、わかりたくなかった。 (18)
2015-03-10 23:35:23