「教育」と「能力主義」は格差拡大を正当化する隠れ蓑・・・ピケティ氏「21世紀の資本」を読んで

「21世紀の資本」が大著である理由は、あらかじめ想定される批判にも反論を準備しているからだ。あまりマスコミからは紹介されていないが、ピケティ氏は「格差を正当化する隠れ蓑」についても言及している。それに焦点を絞って紹介する。
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shinshinohara @ShinShinohara
ピケティ「21世紀の資本」読了。年度末の忙しいシーズンに読み始めたのが仇となり、なかなか読み進めぬまま、何度も出張のお供に。お陰で体力がついた?(大変重い) 全体の印象として、「非常に丁寧」「理解しやすさを重視」「反論を予見、反駁」。 pic.twitter.com/xM41PEmB9T
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shinshinohara @ShinShinohara
格差を正当化する言い訳を指摘している点も興味深い。「学歴」と「能力主義」。この二つは一見、本人の努力次第であるように思われ、これで格差が生まれるのは仕方ない、と感じてしまう。そこが狙い目なのだ、とピケティ氏は指摘する。
shinshinohara @ShinShinohara
教育は格差を是正するための装置だと考えられているが、そう単純ではない。アメリカの最高学府ハーバードの学生の場合、両親の平均所得は45万ドル(5000万円)。両親の寄付が重要で、入学選考手順がまったく不透明。なのにここを卒業すると上流階級へのパスポートがもらえる。格差固定の仕組み。
shinshinohara @ShinShinohara
日本でも入試改革が進められている。「人物重視」という不気味な選考基準がささやかれている。もしハーバードと同じ理屈であったなら?両親が裕福で寄付のできる「人物」の子弟だけが進学する社会になりかねない。なのに「学歴」を理由に格差は仕方ない、なんておかしくないか?
shinshinohara @ShinShinohara
ピケティ氏の教育と格差に関する考察はp.503~507参照。
shinshinohara @ShinShinohara
彼女の研究の主な結果のひとつは、いずれの国においても「教育を受けたエリート」はまず何よりも、自分たちが厳格、忍耐、勤勉、努力といった(そして寛容、親切などの)言葉を使って表現した、自分自身の個人的長所と道徳的資質を強調するということだ。(「21世紀の資本」ピケティ、p.434)
shinshinohara @ShinShinohara
多数派の支配に服従せざるを得ない以上、上層階級を名乗る階級が自らの政治的覇権を維持する唯一の方法は、最も有能な者の権利を引き合いに出すことである。伝統的な上流階級の既得権が崩壊する中で、民主化の波は第二の城壁に直面するであろう。(続く)
shinshinohara @ShinShinohara
(続き)その城壁は明らかに有能な才能、敬意を引き起こす優位性、正気の社会が決して失うことのできない能力に基づいたものなのである。(「21世紀の資本」ピケティp.507)
shinshinohara @ShinShinohara
このとんでもない主張を額面通りに受けとるなら、それがはっきり意味しているのは、上流階級は本能的に怠惰を捨て去り、能力主義を発明したということだ。(「21世紀の資本」ピケティ、p.507)
shinshinohara @ShinShinohara
重役たちはすさまじい努力をしてまで、関係者たちにそうした巨額の昇給を認めるよう説得するようになった。企業の生産高に対する個人の貢献を計測するのは客観的に困難なので、トップ経営層は役員会や株主に対して、自分にそれだけの価値があるとかなり容易に納得させられた。(p.533)
shinshinohara @ShinShinohara
アメリカのスーパー経営者が破格の報酬をもらえるのは、能力があるからでも会社の業績アップに貢献したからでもなんでもなく、報酬額を決定する報酬委員会のメンバーをお手盛りで選び、多額の報酬を約束させる「交渉」が巧みであったに過ぎない、と指摘する。(p.531~535)
shinshinohara @ShinShinohara
重役報酬の弾性値は「才能」(つまりその業界の景気変数では説明できない変動)よりは「ツキ」(その重役の才能とは絶対に関係ない企業利益の変動。関係がないことは、たとえば同じ業界の他企業も同じくらい業績が上がっているかどうかなどでわかる)に対してのほうが大きいことがわかった。p.535
shinshinohara @ShinShinohara
スウェーデンなど北欧諸国のように教育が無料で、等しく機会が与えられ、高税率のために報酬の多寡が打ち消されてしまう社会では、格差は大変小さく、格差があったとしても階級間(階級差も小さい)の入れ替わりも自由。それ以外の国では、学歴と能力主義が格差拡大の隠れ蓑にされている。
shinshinohara @ShinShinohara
教育と能力は、個人が豊かさを求めるための大切な道具であり、それ自体は否定されるべきではない。しかしそのことを狡猾にも上流階級は巧妙に悪用し、寄付金で学歴を買い、報酬委員会を買収して高額報酬を勝ち取り、教育と能力の両方の隠れ蓑をカネで買う。このねじれがすでに発生し始めている。
shinshinohara @ShinShinohara
日本は幸い、アメリカのハーバード大学のようにカネで「学歴と能力」 という隠れ蓑を買収できるほど腐ってはいない。しかし現在進められようとしている「人物重視」の教育改革は、寄付金を収められる上流子弟のみが学歴と能力というカモフラージュを買い占める社会を招きかねない。
shinshinohara @ShinShinohara
しかし日本でもすでに進行し始めている予兆がある。私立中学に入れさせようとする親が増えているのは、上流階級への道が狭くなり始めていることを本能的にかぎとっているためだ。私立に入れる金のある親の子供だけが「学歴」というパスポートをもらえる、そんな社会の到来。
shinshinohara @ShinShinohara
公立校は予算逼迫を理由に、どんどん貧弱化する。公立にしか子どもをやれない親は「自分がふがいないばかりに」と自責の念を持つ、そんな日本人の特性を悪用し、カネのある親は「私たちは努力したから今がある、子どもに格差が生まれて当たり前」と考えてしまう。しかしそれはやや単純すぎないか?
shinshinohara @ShinShinohara
ピケティ氏が指摘するように、格差が永遠に拡大する社会は持続不可能で、いつか破綻してしまう。そのときに起きる混乱は尋常ではない。ピケティ氏はそのことを懸念する。受け容れ可能な程度の格差にとどめなければとんでもないことになる、と警告する。
shinshinohara @ShinShinohara
今の日本では格差を容認し、拡大する方向で政策が進められている。しかしこれは長期的にみて、成り立たない。社会を不安定化させ、結局は有力子弟の命さえも危うくなる。真の意味で教育と能力のある人物が巻き添えを食って殺される恐れもある。ポル・ポト後のカンボジアと同じ結果を招きかねない。

コメント

游鯤 @yusparkersp 2015年3月29日
文革バンザイ!w
shinshinohara @ShinShinohara 2015年3月30日
まとめを更新しました。
ddd @ddd18904766 2015年5月8日
一億総中流という状態は安定だったのか、それとも新たな格差階級社会の卵を作る為の期間だったのか、集中と拡散のトレンドで考えると今は間違いなく集中に向かう時代だと思う。このトレンドは50年くらいかな
ozero dien @ozero 2017年6月26日
だから、「資本と社会は一対の両輪でなければいけない」と思うんですよ。資本持ちが総取りしてウェーイすんのやばいよ、というのをあそこから読み取らないと。
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