太郎太刀・次郎太刀とその使い手について

福井の漫画家 嶋津蓮さんによる太郎太刀・次郎太刀の解説。 使い手である真柄直隆・隆基や太郎二郎を作った刀匠の千代鶴国安についても説明されています。
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嶋津 蓮@ふくい*椿ファイル*連載中 @shimazu_ren
太郎太刀とは「実戦で使われた日本で最大の大太刀」と言われ、遣い手は越前真柄荘の土豪・真柄十郎左衛門直隆(なおたか)、太郎太刀より小さい大太刀を「次郎太刀」の遣い手は直隆の長男・隆基(たかもと)とされています。
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これらの大太刀が使われたのは1570年の姉川の戦い。真柄親子はこの戦で討ち死にしています。その後熱田神宮(愛知県)や白山比咩神社(石川県)などに奉納され、各地に何本か伝わっています。気比神宮(福井県)には白山比咩神社の大太刀の鞘が伝えられていましたが、第二次爆撃で消失したそうです
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尾張(愛知県)の神社にも鞘と束が奉納されていたそうですが、詳細は割愛します。
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現在残っている太郎と次郎が逆という説もあるし、各地に何本も伝わっているので、遣い手の真柄直隆と隆基は2本以上大太刀を所持していたのだろうと考えられます。調べると太郎、次郎太刀には謎と矛盾がいっぱい出てくるので、そこが面白いやら頭が痛いやらで。。。
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現在「次郎太刀」として伝わっているものは千代鶴国安作ですが、「太郎太刀」とも言われています。遣い手の真柄直隆と直澄兄弟、直隆と隆基親子が混同されることも多い。ただ地元(福井県)の文献を見ると、太郎太刀の遣い手は直隆(父)、次郎太刀の遣い手は隆基(息子)が正解かと。
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千代鶴国安(ちよづるくにやす)は南北朝時代(1332年頃)、京からやってきた来派の刀匠で越前打刃物の開祖となったという人(集団?)です。刀を打つかたわら三日月鎌や包丁などの日常品を作り、現在の越前打刃物に繋がっています。その千代鶴国安が次郎(太郎?)太刀を作ったと。
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「朝倉始末記」(1576年~江戸中期成立)や「明智軍記」(1701刊行)には、「真柄親子はすっげー力持ちで、千代鶴が敦賀の有国などの刀鍛冶と相談して作った刀を太郎太刀と名付けて、いつも愛用していたよ!」…と記されています。 前に書き忘れましたが、真柄直隆は越前朝倉氏の客将です。
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で、現在熱田神宮に奉納されている「太郎太刀」といわれる「末之青江」は千代鶴作ではなく岡山の青江派の作なので、じゃあ千代鶴作の太郎太刀はどこに行っちゃったの?とこれまた謎が。「次郎太刀」(太郎太刀?)と言われる物には「千代鶴国安」の銘が入っているので、それは間違いないのでしょうが。
嶋津 蓮@ふくい*椿ファイル*連載中 @shimazu_ren
この頃の戦のどさくさでどこかにいっちゃったり、気比神宮の鞘のように世界大戦で消失してしまったのかもしれません。昔の話ですし、真柄氏は朝倉側で歴史的には敗れた側なので、「朝倉始末記」などもどこまで本当の事を書かれているか分かりませんし。分からないところは想像・妄想するしかありません
嶋津 蓮@ふくい*椿ファイル*連載中 @shimazu_ren
ちなみに千代鶴国安の子孫は一代で途絶え、弟子が技術を伝えたそうです。ただ「朝倉始末記」に「千代鶴」の名前は確認されますがその後の弟子がいたのか、どうなったのか追う事ができません。ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非教えて頂きたいです。
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それから真柄直隆を討ち取ったのは徳川側の匂坂(さぎさか)三兄弟。その時に使われた刀が「真柄斬り」と呼ばれ、その刀匠である孫六兼元…兼元の刀は空前のブームになったそうです。太郎太刀の逸話は人々に愛され、江戸時代には講談にも登場しました。
嶋津 蓮@ふくい*椿ファイル*連載中 @shimazu_ren
長々とつぶやきましたが、この辺で。これらの情報は、越前市図書館所蔵の書籍と、福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館の文献調査専門員の方に頂いた資料を元にしています。(ありがとうございます) 私見に間違いがあったらごめんなさい…!
嶋津 蓮@ふくい*椿ファイル*連載中 @shimazu_ren
あ、あともうひとつだけ。「朝倉始末記」によると真柄直隆、将軍・足利義昭にリクエストされ、3m近い太郎太刀と2m近い次郎太刀を両手に持って、頭上でぶん回したそうです。いやいやいやいや、さすがに盛ってるのでは…!?
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ついでに宣伝もぬかりなく。「コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2014年 10月号」に千代鶴国安を題材にした短編漫画を描かせて頂いております。どうぞよろしくお願い致します~v amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%8…

コメント

藤宮(とうぐう)ケイ @kei_tohgu 2018年4月15日
いやいや歴史紐解くと色々と面白い。熱田神宮の太郎太刀・次郎太刀は確か大きさからきてた気がしたから、本来は太郎太刀だった国安が奉納後に次郎太刀と呼ばれるようになっちゃったのかも。
三十市トナエ(鬱悪化中につきミュートしてください) @misoichi_tonae 2018年4月16日
熱田神宮には「真柄の太刀」と呼ばれる太刀が3口ございます(田島家文書)。大きい順に太郎、次郎、と呼ばれておりますが、3口目には特に呼称は無いようです。 享保頃、3口とも同じデザインの拵が作成されております。 ご参考までに。
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