- thrianta_satin
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ここに属していなければすぐに攫っていただろう。 ここに属していなければ出逢うこともなかったというのに。 知らぬふりをして季節を重ねて行けば、他に視線が移るだろうと思って過ごして来た。
2015-04-08 23:22:01躊躇なく愛を与えてくれる誰かのもとで、 しあわせそうな笑顔を見せてくれたら、 燃えるような嫉妬の下で、俺も笑って見せるのに、と。
2015-04-08 23:22:40彼女は真っ直ぐだった。 その視線に堪えられず、 思わせぶりな素振りを止めたのは、己のこころから目を逸らし、騙すためだった。
2015-04-08 23:23:05気になるから声をかける。 何を考えているのか知りたいから声を聞きたい。 けれどそうするたびに、気持ちが抑えきれなくなって行く。 期待させるくらいなら、いっそ話さない方がいい。
2015-04-08 23:23:301 慶応三年三月。 優しさと厳しさが新選組から去ろうとしている。 千鶴にとって彼らはかけがえのない仲間であり、支えであった。
2015-04-09 21:08:43新たな一歩を踏み出そうとしている藤堂と斎藤に、口に出してはならない一言と知りつつ、どうしても言わずにいられなかった。 行かないで欲しいという言葉に含まれた甘えを見透かしたのは、 斎藤だった。
2015-04-09 21:10:30それは、千鶴たちに藤堂や斎藤の離隊が告げられて間もない頃だった。 春の日差しと柔らかな蕾が鈴生りの桜を見上げて物思いに耽っている斎藤を見つけた千鶴は、 勇気を振り絞って斎藤に声をかけた。
2015-04-09 21:11:05「斎藤さん」 振り向きもせず、ただ黙っているが、千鶴が横に並んで立つのを拒まれたわけではない。 長い時を経て、今はそれがわかる。 (やっと、わかるようになったのに)
2015-04-09 21:11:30喉の奥が焼ける。乾いた声が震えながら斎藤を問い詰める。 「どうしても、行ってしまうんですか」 聞くまでもなく、斎藤の答えは一つしかない。
2015-04-09 21:12:09斎藤もまた、千鶴にそんな力がないことは十分に承知している。 半分は嘘。半分は本当。 歩み寄るきっかけとなった小太刀の振る舞いを受けたのは、他でもない斎藤だったのだから。
2015-04-09 21:13:34とても身を守るほどの腕前ではない、それでも斎藤と沖田は千鶴を受け入れてくれた。 過ごした日々が次々と思い出されては頭の中を過って行く。 苦難の日よりも、何気ない日常が多く思い出される。
2015-04-09 21:14:24揺れる滴の向こうの斎藤は、困ったような、戸惑ったような表情を一瞬だけ見せた。 「あんたが危機に面した時は、俺も手を貸す。 新選組であろうとなかろうと、一度約束したことは、守る。 必ずだ」
2015-04-09 21:15:15千鶴の頭を斎藤の不器用な手が撫でた時、我慢できなかった滴がぼろぼろっと溢れた。 声にならない泣き声で、一頻り泣いて、泣いて、泣き止むまで、斎藤は側で佇んでいた。
2015-04-09 21:15:55千鶴にとって斎藤は、決して接し易い男ではなかったはずだ。 話しかけにくい雰囲気を纏い、 口を開いても言葉数少なく、 ましてや気の利いた台詞一つ言うこともできない。
2015-04-09 21:16:26