- Kinoko3416
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おやじさんに線香をあげ、少し待っていると彼女がなにか白布を持ってやってきた。 「これ、新しいシャツ。お父さんのだからサイズ合わないかも・・・・」 目の前の亡骸は肩も広く、随分とガタイがいい。反面、ぼくはなで肩でどちらかと言うと貧相だ。
2015-04-23 21:02:16しかし、まあ、ありがたく受け取る。 「お風呂も沸いてるから。入っていって」 有難くお言葉に甘える。 温かい湯がじっとりとへばりついていた血糊を排水口へと流していく。身体が温まると同時に、空腹もより強く感じた。
2015-04-23 21:05:47湯を上がると、ふかふかの白いバスタオルが置いてあった。ありがたい。 やはりシャツは袖を通すと明らかにサイズが大きかった。袖をまくりあげてなんとか着れる形にする。 どこにいるかと声をかけると、囲炉裏のある部屋から返事が返った。
2015-04-23 21:24:53改めてシャツ、風呂、バスタオルと良くしてもらった礼を述べる。彼女の顔は晴れない。ぼくは彼女の屈託なく笑う顔が一番好きなのだが、この状況ではそれも仕方あるまい。 「ねえ、どうしてこんな・・・・」 彼女の口をついて出てきたのは疑問の言葉だった。
2015-04-23 21:28:21「みんなおかしくなっちゃった・・・・みんな簡単に人を殺して・・・・それで、それで食べるんでしょ?さっきのおじいちゃんも、私を食べようと・・・・」 なぜだろう?なぜだろうね。やはり飢えだろう。いくら人間サマとはいえど生きようとする本能には勝てない。
2015-04-23 21:31:13あいつらは生に執着し、人間であることをやめた。それもひとつの選択肢なのだろう。あの首を吊って燻製になった青年は、こうなりたくなかった、人間のまま死にたかったのだろうか?
2015-04-23 21:34:59「そんなの・・・・わかんないよ。私には、人を食べる人の気持ちも、自分で命を断つ人の気持ちもわからない。ねえ・・・・これから私たちどうなっちゃうの?」 ぼくにもわからなかった。とにかく、その日はもう遅かったのでぼくも自分の家に帰ることにした。
2015-04-23 21:39:31そして、血の通った彼女と言葉を交わしたのはこれが最後だった。玄関まで見送りに来てくれた彼女の、泣いているような笑っているような顔が、振り返るたびだんだん小さくなりながら、いつまでも夜道の先にぽつんと浮かんでいたのがやけに印象に残った。
2015-04-23 21:41:54荒い息が聞こえる。襖を開けると彼女の上に馬乗りになった痩せこけた中学生ほどの子どもがいた。昨日のじいさんの孫だった。初めて人を殺めたのだろう。泣きながら既に事切れた彼女の首を必死に締め付けていた。
2015-04-23 21:47:17ぼくには気がついていなかった。 昨日の爺さんと同じように蹴り倒し、彼女から引き離す。相当筋力は落ちているようで、受け身もとれずに転がった彼は俊敏さに欠けていた。 その皮と骨ばかりの頭を掴み、赤々と燃える囲炉裏の中に、その顔面を押し付けた。痩せた体の割に断末魔の絶叫は長かった。
2015-04-23 21:53:12酷く臭い。人が焼ける匂いはなぜああも不快なのだろうか。未だに顔面を燻らせる中学生を引きずり出し、道に捨てた。昨日の爺さんの死体がなくなっていたのは、きっと他の村民に食われたのだろう。彼もいずれは祖父と同じ運命をたどる。
2015-04-23 21:56:55囲炉裏のある部屋に戻る。彼女は整った顔を苦痛に歪め、口の端の泡もまだ乾いていなかった。頬に触れると温かく、柔らかかった。 どんなに苦しかったろう、どんなに怖かったろう。でも、もう全て終わりだ。終わった。
2015-04-23 22:12:53服を剥ぐ。彼女の健康的な裸体があらわになる。 そういえば、彼女の裸を見たのはいつぶりだろうか?小さかった頃はよくお互い素っ裸で川に入ったりした思い出があるが、中学生にもなるとそんなこともしなくなった。
2015-04-24 00:04:36壁にかけてあった荒縄-たぶん普段から梁に鮭やら肉やら吊るしていたのだろう-で両の足首を揃えて縛る。 随分と筋肉の詰まったしっかりとした脚だ。彼女は誰よりも泳ぎが上手く、静かに、しかし力強く水を蹴るこの脚は、傍から見るとおとぎ話の人魚姫のヒレのようでとても美しかった。
2015-04-24 00:10:05梁に縄のもう一端をかけ、全身の力で引く。逆さの彼女と目が合う。両腕がだらりと揺れる。 彼女は毎年、夏になると毎朝休まずラジオ体操に来ていたっけ。そして誰よりもしっかり腕を振って体操していたし、スタンプの数も誰よりも多かった。彼女に会いにぼくも毎朝早起きしたんだ。
2015-04-24 00:15:40少し細い縄を取り、腕を胴体に縛る。これでちょうどいい。ゆらり、ゆらりと梁に吊るされた彼女が揺れる。 ああ、そうだ。去年の今頃、彼女とぼくは来年こそ干し柿を腹いっぱい食えるくらい作ろうと約束したんだっけ?もっとも今年は柿の木も実の一つも実らせず、吊るされたのは彼女だったわけだが。
2015-04-24 00:22:43振り子のようにゆらゆらと揺れる彼女を眺める。見ようによっては滑稽かもしれない。それとも猟奇的なのだろうか?もう何が普通かなんてわからなくなってしまった。
2015-04-24 00:27:35彼女は何も見ない。何も喋らない。何も思わない。では、ぼくは?ぼくもおんなじだ。何も考えずただひたすら炎を絶やさず、日に日に乾きしぼんでいく彼女を眺めているばかりだ。
2015-04-24 00:30:08ああ、腹が減った。でもどうせなら一番美味しい彼女を食べたい。 ああ、一体あとどれくらい待てば食べ頃だろうね。ねえ、しおいちゃん。
2015-04-24 00:32:18