「エンカウンター、エスケープ、ファイティング、アンド・アウェイキング」

「咆哮系提督の吹雪」第2章 檻を砕くのは何だ?
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「兎も角、君の生き物としての力は実際興味深い!」中年はリカルドの内心の葛藤に一切気付かない。ただ目の前の未知への好奇心に陶酔するのみ。「君は明日、様々に実験して解剖だ!」「ハァ!?」ナムサン!何たる邪悪な好奇心か!「勝手に決めるな!」中年は出っ張りを再び押す!「グワーッ!」 22

2015-04-26 04:04:33
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「君に拒否権は無い!ここは我々の治外法権!大人しく科学の礎となりなさい!ハハハハハハハハ!」中年は高笑いし、白い壁の向こう側へと去って行った。「…ふざけやがって」リカルドはその背中を憎々しげに睨んだ。やがて、中年の姿が消えたのを認めると、少女へと視線を向けた。 23

2015-04-26 04:08:28
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ハァーッ!ハァーッ!」少女は体を丸め、息を荒げていた。「おい、大丈夫か?」リカルドはしゃがみ込み、少女を気遣う。少女は、涙ぐんだ目でリカルドを見た。兎も角、落ち着かせねば。「嬢ちゃん。深呼吸だ」リカルドは、諭すように続ける。「息を吸って、吐くんだ。真似してみな」 24

2015-04-26 04:14:54
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「スゥーッ…ハァーッ…」リカルドは、深く呼吸する。「スゥーッ……ハァーッ……」少女もまた、深く呼吸する。「よし、いいぞ。そのまま呼吸を続けるんだ。スゥーッ…ハァーッ…」 「スゥーッ…ハァーッ…」「呼吸せよ。冷えた酸素を脳に送り、思考を冷やせ」「スゥーッ…ハァーッ…」 25

2015-04-26 04:19:14
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「スゥーッ…ハァーッ…スゥーッ…ハァーッ…スゥーッ…ハァーッ…スゥーッ…ハァーッ…」少女は、深く呼吸を繰り返した。「古人曰く『息で調えよ』吸い、吐き、思考をフラットに戻すのだ。宛ら、楽器を調律するかのように」リカルドは厳かに言葉を続ける。 26

2015-04-26 04:23:01
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

これは、ハンターに伝わる口伝のインストラクションの一つ「調息」である。呼吸による思考の安定化。狩場に於いて調息を忘れなければ、必ず正気を保ち、勝機を見出せるのだ。「スゥーッ…ハァーッ…」 やがて、少女の体から震えが消えた。「大丈夫か?」「ハイ、ありがとうございます…」 27

2015-04-26 04:27:35
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

少女の顔から、恐れは消えていた。思考が安定した証拠である。リカルドはほっと胸を撫で下ろした。異なる世界で自分の世界のインストラクションが通用するか不安であったが、杞憂であったようだ。「大丈夫そうだな…しかし、何なんだアイツら」「私が聞きたいくらいですよ…でも」 28

2015-04-26 04:32:51
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「…でも?」リカルドは、少女の言葉を待った。「普通じゃありません。アイツら、私のことをまるで都合のいい玩具の様に…」少女は吐き捨てるように言った。調息が彼女から恐怖を追い出し、怒りを思い出させていた。「まぁ、無理に言わんでいいさ」リカルドは少女の頭を乱暴に撫でた。 29

2015-04-26 04:36:48
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「そういや嬢ちゃんは、いつから此処に?」リカルドは話題を逸らした。怒りに身を焦がし過ぎては、調息の意味がないからだ。「分かりません…気が付いたら、此処に居たんです」「この、牢屋みてぇな部屋にか?」「はい」 少女は暗い顔をした。「そもそも、私は誰なのかすら分からないんです」 30

2015-04-26 04:41:11
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「記憶喪失…?」「そうです」少女は虚空を見つめ、呟いた。「アイツらに弄繰り回されて無くなったのか、此処に来た時駆らないのか、そもそも最初からそんなものすらないのか、分からないんです」少女の目に大粒の涙が貯まる。そして、不意にリカルドに抱き付き、大声で泣いた。 31

2015-04-26 04:46:03
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

それは、記憶を無くし、モルモットとされた彼女の不安定なアイデンティティーが齎した涙であった。孤独な状況下では明確にならなかった寂しさ、自己を肯定できない虚しさの涙であった。リカルドは何も言わず、少女が泣き疲れて眠るまで、頭を撫で続けた。彼女の存在を肯定するかのように。 32

2015-04-26 04:54:50
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「エンカウンター、エスケープ、ファイティング、アンド・アウェイキング」 #1 終わり #2 へ続く

2015-04-26 04:50:33

セクション2

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「エンカウンター、エスケープ、ファイティング、アンド・アウェイキング」#2

2015-04-28 17:11:50
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

キュラキュラキュラキュラ…オモチめいて一様に白い壁の廊下に、ストレッチャーの車輪が軋み回る音が響く。白衣に身を包んだ二人の男がストレッチャーを黙々と押し進める。彼等は首から自身の名を記したネームプレートを下げ、その表情は死んだ魚、或いは能面めいて感情が伺えない。 1

2015-04-28 17:17:02
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「しかし」ストレッチャー上に置かれた資料を横目に、先導する男・平岡がぼやく。資料には褐色肌に古希めいた白髪交じりの黒髪の男の写真と、「極秘資料」「部外秘」の紅いハンコ文字が威圧的に記されている。「大丈夫なんかね?」「大丈夫、とは?」平岡の独り言に、後方の尾形が反応した。 2

2015-04-28 17:22:32
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「いや」平岡は独り言に反応が返ってくるとは思わず、暫し口ごもったが、やがて、心配そうな顔で言った。「これから運び出そうってモルモット、ボクサーみたいな筋肉してるって言うじゃないか」「資料を見る限り、そうらしいな」「もし暴れられたら、俺達二人だと危ないんじゃないか?」 3

2015-04-28 17:26:13
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何言ってんだ」尾形は呆れた様な表情をし、携帯していた小さなケースを掲げた。「そのための“コレ”だろうに」尾形はケースを見て笑う。ケースには「ダントロレン」とプリントされたシールが貼られていた。ケースの中身は筋弛緩剤であった。「それは、そうだが」平岡の表情は曇ったままだ。 4

2015-04-28 17:32:32
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「杞憂だぞ平岡さん」尾形は咎めるような声色で言った。「それに、モルモットに睡眠薬入りの食事を与えてからもう30分だ。もう夢の中だろうさ」「それも、そうか」平岡は納得したかのように頷いた。「そうさ」尾形は再びニヤリと笑った。「所詮人間。薬物には無力さ」「そうだな」 5

2015-04-28 17:35:59
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

それ以降彼らは一言も喋らず、ストレッチャーを押し進める。キュラキュラキュラキュラ…車輪の軋み回る音を聞きながら、平岡はぼんやりと、自身の身の上について振り返っていた。(どこでこうなったんだ…どこで間違った…?) 5

2015-04-28 17:42:19
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

彼の所属する研究チームは、嘗て鎮守府からの後援を受けていた、正に世の花形と言わんばかりの立派な研究チームであった。彼らの研究目的は、海から突如出現した人類の新たなる絶対敵・深海棲艦の正体に関する生物学的アプローチを試みることであった。 6

2015-04-28 17:44:58
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

最初におかしくなったのは、出資者が軍上がりのタカ派・播磨元帥に切り替わってからだ。深海棲艦への研究は、次第に深海棲艦の力を解明し、それを軍事転用できないかに、シフトしていった。後で知ったが、出資者は軍閥構成を目論んでおり、その為に自分の都合よく動く軍事力を求めていたのだった。 7

2015-04-28 17:47:54
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

最初は深海棲艦。次第に再起不能の艦娘にまで研究の魔手は伸びた。だが、さして結果は出なかった。否、結果が出るよりも早く、播磨元帥が粛清されたからだ。時はかの鉄底海峡攻略作戦。播磨元帥率いるタカ派は、苛烈となった深海棲艦の軍勢にある下策を用いてしまった。所謂「捨て艦戦法」である。 8

2015-04-28 17:56:27
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「捨て艦戦法」元々身寄りのない子供や、深海棲艦による空襲で孤児となった子供などを集め、コストの安い駆逐艦の船魂と艤装を与え、特攻させるという物だ。この戦法の為の子供は合法・非合法を問わず集められ、資料も残されていないが、その犠牲者は数百人以上とされている。 9

2015-04-28 18:01:19
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