夜鎧明姫『婚騎廃飾』 - 前日譚

夜鎧明姫『婚騎廃飾』 - 灰色と金色。若葉と萌葱。白金と蒼灰。 ——トーナメントに至る以前の、『夜鎧』と『明姫』。
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アッシュ @ash_nkat

「ムカつく奴らはブッ飛ばしてもいいようにするし、俺が何しようと文句は言わせねぇ」 男の視線の高さが頭一つ分以上低い少女と同じ高さになるまで、六歩も掛からなかった。「けど、今まで通りいいモンは食うし、部屋とベッドと着るモンは高級品だ。つまり、もうガマンはしねぇ」 革靴の足音が響く。

2015-04-28 18:33:29
アッシュ @ash_nkat

「それでもいいなら、付いて来い、シリィ。今まで通り俺に金と力と地位を貸せ」 八歩目で、男は立ち止まった。振り返った視線は廊下の向こう側の曲がり角を睨んでいた。遠く、誰かの足音がする。 「……その代り、お嬢様に触ろうとする輩は私(わたくし)が一人残らずブッ飛ばして差し上げましょう」

2015-04-28 18:34:01
シーリカラピス @silicalapis

眼鏡ごと顔を包むように押し上げる動きのたびに遮られる眼差しを、瑠璃色はじっと見つめている。 「そんなことはないわ。アッシュがいるもの」 そらされる事はなく顰め面と向かい合ったままだ。笑顔もふわふわとして変わらない。こくりと傾げ、金髪で揺れる灰色のリボンの結び目を、きゅっと調える。

2015-04-29 03:34:13
シーリカラピス @silicalapis

「何回きいても一緒ですよ。私、どこまでだってついていくって決めています」 廊下を進みだす長躯の後ろをふわりと追う桃色のシルエット。歩き出す足音に裾の揺れる音が重なった。 「アッシュ、背中が丸まっているわ」 同じ高さになった痩躯の背中を小さな手がぽん、と叩く。ふたつの影が進み出す。

2015-04-29 03:40:04
シーリカラピス @silicalapis

二人のどちらでもない足音が響き始める。その音の主の影はまだそこに現れないが、このまま進み続ければ顔を合わせることになるのだろう。 その人物がもし彼女に触れようとすれば、この男は宣言通り"ブッ飛ばす"に相違ない。 それでも。シーリカラピスは、男の後をついていく足を止めはしないのだ。

2015-04-29 03:45:01
アッシュ @ash_nkat

曲がった背を叩く小さな掌。男は露骨に不満げな顔をしながら姿勢を正した。 自然と並んで歩き始めた二つの影。その片方が擦れ違った人物にふわりと会釈をしたのに合わせ、もう片方が仏頂面のまま眼鏡の位置を直し、指の隙間越しにその顔を睨み付ける。 「……では、そろそろ参りましょうか、お嬢様」

2015-04-30 10:56:13
アッシュ @ash_nkat

「まずは初戦で御座います。常のようにブチ殺……二度と立ち上がって来ないように叩きのめして差し上げましょう。くれぐれも、『着地』と『息継ぎ』にはお気を付け下さいませ」 並んだ影が向かう先は、『城』の外側である。 次期城主、そして最強の『夜鎧』使いを決める戦いが、始まろうとしていた。

2015-04-30 11:00:44
シーリカラピス @silicalapis

会釈を受け、睨みつけられ、すれ違った単体の影は心なしかそそくさと場を離れ出す。 男の口から途中まで出かけた言葉で、一瞬泣きそうに顔を歪ませかけたが、言い直されたことで表情はすぐに軟化する。ほうっと音のしない息を吐く。 「はあい」 物分りの良い子供のような声音で、ふわふわと答えた。

2015-05-01 02:00:21
シーリカラピス @silicalapis

「転ばないように、途切れないように」 二つの影は立ち止まることなく進みだす。 他にも幾つかの影が同じ場所に向かおうとしていた。 かくして『夜鎧』と『明姫』は集う。 其々の思惑を束ねて、目指す場所は、ただ一つ。 ――――――→『《Conquistador》-征服者へと到る路-』

2015-05-01 02:04:57

 
 
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サヴィアシェイド @s_shade_nkat

____そこだけ、空気が違っていた。   眼を向ければ、すぐにでもその光景が眼に入るだろう。   控え室へと向かう廊下__に、足を踏み入れる為の扉。そこから十歩、外。   分厚い豪奢なタペストリの掛けられ、垂れ下げられた明るい壁際で。   男の腕が、女の腰に絡んでいた。

2015-04-27 21:34:44
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

扉の足元、踏み込んで一歩の所に見慣れた一人が居ても、男の行為が変わる訳でもない。   『それ』は、約定の時間に遅れている事も認識した上で。 仮令、『彼女』がそれを見ているとしても、それに気付いても。『それ』はそれを止めはしない。   ____楽しげに笑い合う声が、扉の先にも届く。

2015-04-27 21:35:17
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

『それ』の胸元には、触れればすぐに外せてしまうだろう、イエロークォーツのピンブローチ。 それへと伸びようとした繊手は、『それ』の手が押し止める。   屈んだ先、女の耳元では何を言ったか。 若草の髪の下で軽い音が落ちるのは、果たして『彼女』の位置まで聴こえたか。

2015-04-27 21:35:57
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

____女が扉に背を向けて立ち去るまでに、それからまだ少しの時間があった。   若草色を掻き上げるようにした『それ』が、ようやくそれで扉を向いて。   「ああ、……ったく、気の削がれる格好しやがって」 それまでの空気を真正面から叩き割る、粗野な言葉に投げ遣りな声音。

2015-04-27 21:36:12
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

向けられたのは、扉の傍らの__   「多少は色気なりとも繕って来いっつっただろォが、ダニエラ」   __此処で落ち合うとして顔を合わせた、『彼女』へと。

2015-04-27 21:36:25
ダニエラ @daniela_nkat

開け放された扉の内側には、無表情な女がひとりで立っている。 女はここで落ち合おうと約束した相手を待っていた。 懐中時計を取り出せば、指定した時刻が今から四半刻ばかり前であるとわかる。 しかしどれだけ遅れようと、『彼』が必ず来ることがわかっている以上、女は帰るわけにはいかないのだ。

2015-04-27 22:22:53
ダニエラ @daniela_nkat

やがて、男女の楽しげな話し声が廊下に響き、女の耳に入る。 俯いた顔を上げれば、『彼』と見知らぬ女がこちらへ歩いてくるのが見えた。 何も言わず待っていれば、ふたりは扉から十歩ほどの位置で動かなくなり、睦ましげに笑い合う。 女が初めて見せた表情は、苛立ちのそれだった。

2015-04-27 22:31:33
ダニエラ @daniela_nkat

たっぷりの時間をかけて、『彼』が相手の女に立ち去るよう促している。 根気よく、いとしいものを宥めるように。 扉の向こうで待つ女は、長く伸ばして三つ編みにした萌黄色の髪を手で弄びながら、それでも声をかけようとはせず、それを聞いていた。

2015-04-27 22:35:06
ダニエラ @daniela_nkat

やがて見知らぬ女は『彼』の腕の中から抜けて去っていき、『彼』は扉の中の女に向き直る。 そして遅刻を詫びもせず不満げな声の『彼』に、女――ダニエラはこう答えた。 「精一杯でした」 ダニエラの服装は白いシャツに紺の上着、タイトなズボン。だらしない印象はないが、色気とは程遠い。

2015-04-27 22:42:31
ダニエラ @daniela_nkat

「あなたに会うという目的のためだけに、私が発揮できる『色気』はこれが精一杯です。モチベーションという意味で」 無表情にそう言い放つと、相手の胸元のブローチに目をやって問いかけた。 「模擬戦の間は、私が『明姫』として『熱望の鞭(それ)』を被る、ということで、よろしかったですか」

2015-04-27 22:46:01
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

素っ気ない反応に返す表情にも、やはり先程のまでの壁際での空気は、欠片も無く。 まして、『彼女』__『ダニエラ』が見せた表情の事など、知らないままか、あるいは知っても変わらないだけか。   「気も無ぇか」 精一杯、モチベーション。ダニエラの二つの言葉に、男はそう鼻を鳴らした。

2015-04-27 23:30:47
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

それも、この二人にはいつもの事だ。__他の『夜鎧』と『明姫』にしてみれは、異様にも取れるやもわからない、悪態、苛立ち、そして__   「あァ、心、底、残念だがな。何回目かの『仮契約(即興)』だ」   __その明確な、『取引』の足音。

2015-04-27 23:31:45
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

「『熱望の鞭(ウィップ・オブ・デザイア)』を、手前に貸してやる。勝ちゃあ二回、負けりゃ一回」   がつ、と。『女』を前にすれば静かにエスコートを務める靴は汚く床を打つ。   「二回勝ちゃ、俺達は両方とも欲しいもんが手に入る。そういう『約束』だったな」

2015-04-27 23:33:04
サヴィアシェイド @s_shade_nkat

「手前に『熱望(これ)』を渡すのは癪だがな、代わりが見つからなかったんじゃあ仕方が無い」   寄せた距離は、一歩。例えば、確認の声を向けた彼女が手を伸ばせば、その皮肉の石にも届く場所。   「俺にも欲しいもんはある。俺は貸す、お前は寄越せ」 ____傲慢。聞く者はそう思うか。

2015-04-27 23:33:35
ダニエラ @daniela_nkat

「はい。あなた相手に表情を作るのも煩わしいほどです」 ダニエラが先ほど見せた苛立ちの表情は、相手と言葉を交わす頃には消えていた。 何の感情も読み取れない顔で、「ティアラを貸す」と宣言した『彼』を見上げる。 そして、乱暴かつ驕り高ぶったような言葉にも眉一つ動かさず頷いた。

2015-04-28 00:02:58
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