夜鎧明姫『婚騎廃飾』 - 第一回戦:馬車と鳥籠
- YoroiAkatsuki
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『夜鎧』を纏った相手が、駆けてくる。丸いフォルムのそれが、刃を手に、真っ直ぐと距離を詰める。それを、未だ『夜鎧』の顕現すら済ませていない男は、眼鏡に片手を宛てたまま、レンズ越しに睨み付けた。 「――――行くぞ、シリィ」 片腕を、緩く虚空に翳す。男は背後の『明姫』を見なかった。
2015-05-02 00:10:03「ほんとう? アッシュ、リボンも。リボンも結んでね」 男に後でと聞かされたふわふわ笑い。執事服の後ろで頬をばら色に染めながら要望を追加する。 「じゃあ、いつもと同じタイミングで始めましょう」 明姫二人を結んだ直線状に夜鎧二人。花冠。 「Ah――――」 水平に腕を翳し、声を発する。
2015-05-02 00:12:07「――――『纏鎧(ドレス)』」 紡ぎ出された歌に、フレーズが、重なる。その発音と同時、水平に翳した腕の先から、漆黒の『夜鎧』が顕現する。ぱきり、と。薄い硝子が砕けるような音。 ――――パキパキパキパキパキッ!! 指先を、手首を、腕を、肩を、手甲と胸当と兜と甲冑を、漆黒が覆う。
2015-05-02 00:15:22「――『纏鎧(ドレス)』」 声が重なる。 動が重なる。 歩を進め前に出た男の足元から影が迫り上がる。 儚くも硬質な音が響き渡る。 痩躯を包み黒曜石さながらその身を鎧う様はまるで暗黒。 それこそが灰色と金色の操る夜鎧。 「くまさんも一緒に踊りましょう」 メロディに乗せ語りかける。
2015-05-02 00:17:20それは磨き上げた濃く玉のように、夜灯りを照り返していた。 その足元は影に溶け込むように輪郭を無散させている。 影めいた『夜鎧』。 鋭い灰色の眼光が、『夜鎧』の隙間から、肉薄する丸い雑食獣めいた『敵』を睨んでいる。 「……このクマに勝てたらな。人目さえ無きゃリボンだって結んでやる」
2015-05-02 00:18:43一歩を、踏み込んだ。硝子の砕けるような音が足元で鳴り響いた。 漆黒の『夜鎧』の動きは、回避の為のそれではない。 向かう刃に対するものは、漆黒の装甲を纏わせた拳である。 「――――オッラァァアッ!!」 真っ直ぐに向かう相手の側頭部へ向けて、タイミングを合わせるように拳を振り抜いた。
2015-05-02 00:22:41「――――はあい」 残念そうな声も歌に混ざりこむ。 ふわりと裾をつまんだ深い一礼(カーテシー)。 漆黒の夜鎧の背後で護られた明姫は、頭を上げると首を傾げて微笑んだ。 「シーリカラピス・フラキシヌス・エクセルシオーレ。アッシュ・ドゥオデキムスと共に、謹んで対峙させていただきます」
2015-05-02 00:24:41鉱石のような、影めいた、漆黒の拳は狙い違わず着ぐるみを打ち抜いた。ばすん、と重い音。それの両足が宙に浮き、駆けて来たより速度を増して後方へ吹き飛んだ。
2015-05-02 16:07:28「ああっ!」 それに悲鳴を上げたのは、拳を受けた着ぐるみでなく後方の薄桃だった。 「だ、だめ!クマさんいじめちゃだめ!」 あわあわと身体を揺らし、落ち着きがない。
2015-05-02 16:18:36着ぐるみは転がったまま暫し、動かなかった。ようやく身を起こしたそれは、ふるふると頭を振って、ゆっくり立ち上がる。よく見れば頭部の生地が擦り切れ、黒っぽい、綿のようなものが覗いているのがわかるだろうか。
2015-05-02 17:14:33漆黒の鎧に身体を向けたまま、わたわたと慌ただしい気配にひとつ手を振る。 「ティシャ、ありがとう、大丈夫。でも全開でいこう。出し惜しみなんかできなさそうだ」 少しくぐもった声が緊張をもって投げられる。
2015-05-02 17:23:30くぐもっていてもしっかりと分かるその声が投げかけられれば、落ち着きを取り戻しこくこくと頷く。 そうして一度深く息を肺腑に取り込み、温めたそれを高い声と共に冷ややかな空へ放つ。 「―――…『1(un)』」 一歩足を踏み出す。 「―――…『2(due)』」 その場でくるりと。
2015-05-02 18:12:03「―――…『3(trois)』!」 フリル満載の緩やかな衣服が、空気を纏うような柔らかな髪が、甘い匂いと共にふわり。 声が舞いと共に紡がれれば、擦り切れていた着ぐるみの頭部が、まるで縫うようにゆっくりと『修繕』されていく。
2015-05-02 18:12:20「ふわふわ着ぐるみはいつでもふかふか!ティシャもクマさんと一緒にいっぱい踊るの!いっぱい歌うの!」 くるくるふわり。 夜の舞台で花は揺れ舞い、鳥は高らかに歌う。
2015-05-02 18:12:48柔らかいものを殴った音が響く。拳を振り抜いたままの姿勢から、漆黒の『夜鎧』が背後の『明姫』に合わせ、礼の姿勢を取った。 「……手応えが無ぇな」 一度背筋を伸ばす。通常の鎧に比べれば細いシルエット。足元から、影が伸びるように広がって行く。その終端が、背後の金髪の少女へと辿り着いた。
2015-05-02 20:25:40距離が離れた対戦相手を『夜鎧』の隙間から灰色の瞳が睨み付ける。がちゃ、と。片手で兜を稼働させる仕草。灰色の視線が、縦に幾本も切り込まれたスリットに覆われる。 「お嬢様。打撃は効果が薄いでしょう。切り刻むより他ありますまい」 拳を握る。ぱきり、と。その表面が細かく罅割れて剥離した。
2015-05-02 20:33:07向かい合う『夜鎧』の外側で、歌と踊りが奏でられる。 張り詰めた空気に反して、舞台上に染み渡る音楽は軽快であり、神秘的ですらあった。 漆黒の『夜鎧』の片腕から零れた硝子めいた粉が、足元へと落ちて、影に溶けるように霧散する。全身を覆う『夜鎧』の、足元だけは輪郭を影に溶かし込んだまま。
2015-05-02 20:46:34場内を少年の姿が跳んだバウンドの音は柔らかい。桃色の悲鳴が響くと金色の歌うハミングも一瞬淀んだ。男を包む影のぬばたまの光沢が一瞬霞んだのは幻影か。 「――♪」 擦り切れた所から覗く黒は何だろうか? それが何か明白になる前に、蜂蜜香の明姫が三つ数え直せば隠されるように縫い直される。
2015-05-02 22:26:07灰の夜鎧と金の明姫を繋ぐように伸びた影。その上につま先を揃えて立っていた。 「あまりひどくしないでね……」 息継ぎを挟んだ幼げな声が、心配そうに男へ降りかかる。 鎧われた痩躯の手元で散る闇の粉はさらさらと影に還るようだった。 対する桃色が冠と降らせた白い鳥の羽とは対照的な黒闇色。
2015-05-02 22:26:42ぱっと両手を開けば、はらりとドレスの裾が落ちる。 フリルが下りると『夜宝石』の灯りが作り上げた影も、男の影の先と重なるように足元へ落ちた。息継ぎ。 「――――『双剣(クロックハンド)』」 華やぎだした場内へと戦いの再開の時刻を知らせるように歌い上げると、両手を下ろして握り締めた。
2015-05-02 22:27:45舞台の対面、修復された相手の動きを警戒するように、自らの『明姫』との間を遮る位置に立っていた男は、両手を両脚の横へとだらりと下げ、拳を握っていた。響く歌声に合わせ、リズムを刻むように、靴底で舞台を、二度叩く。 「――――『双剣(クロックハンド)』」 声が重なる。 動が重なる。
2015-05-02 22:33:25男が下げていた両腕を振り上げる。その影に溶け込むような『夜鎧』の足元からは、漆黒の影が競り上がっていた。ずらり、と。影の中から剣が引き抜かれる。逆手に握った長剣と短剣。その何れも、『夜鎧』と同じ影めいた漆黒。 ――――パキパキパキパキパキッ!! その直後、影が、疾走を始める。
2015-05-02 22:36:32硝子が砕けるような音が連続で響いた。漆黒の『夜鎧』が舞台の上を滑る様に駆ける。距離を一瞬で詰めるような速度だった。その足元は影に溶け込んだまま輪郭が定かではない。まるで波を掻き分けるかのように『影に乗って』、双剣を振り上げた漆黒が、相手の『夜鎧』へと迫る。 まず一閃、狙いは首筋。
2015-05-02 22:41:23『影』に乗って距離を詰めながら、漆黒の『夜鎧』が身を沈めた。腕を交差させるように逆手に構えた双剣。向かって右手が長剣。向かって左手が短剣。踏み込みの動作は無かった。男は『影』に乗った加速をそのまま、長剣に乗せ振り抜く。 身を躱せば、擦れ違い様に背後の『明姫』まで肉薄するだろう。
2015-05-02 22:51:40