メイド・アンド・ヘヴン

碌星らせん（ろくせい・らせん） @dddrill

「ケチャップ・サービスだ。ハイクを詠め」だが、死神は追撃の手を決して緩めない。そう……これは彼自身のオーダーである。正に、過去が今、彼の人生を収穫に来たのだ。ネオサイタマのメイド喫茶には客の詠んだハイクをケチャップでショドーするサービスが存在する。それはこの店も例外ではない。21

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「アー……メイド……いや、」だが、今のラジオグラファーにハイクを詠む余裕などある訳がない。漏れ出る言葉は宙を滑るばかりであり、「おまかせで」「よかろう」結局……ラジオグラファーの最期の晩餐は、『忍』『殺』とケチャップで禍々しくショドーされたオムライスとなった。22

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「美味いか」そう尋ねるメンポに覆われたメイド姿の死神の表情を、ラジオグラファーが窺い知ることはできない。ベイン・オブ・ソウカイヤ。ネオサイタマの死神。果たして……その手で散っていった今までのニンジャ達の中で、これ程まで彼と会話をした者が居ただろうか？「……ああ」23

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酷く現実感の無い状況。それでも……ラジオグラファーにとって、そのオムライスはこれまでメイド喫茶の中で食べたどのオムライスよりも美味しかった。それだけは、彼の中で真実だった。「そうか。では、セプクせよ」そして赤黒のメイド……否、ニンジャスレイヤーは彼の運命を告げる。24

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『ラジオグラファーはセキュリティの穴を放置してしまった責任を感じ、行きつけのメイド喫茶でセプクを遂げる』。それがニンジャスレイヤーの描いたシナリオだ。ナンシー・リーは今まさに『セキュリティの穴』を作り出す作業を行っている。最早、彼がこの店から生きて出ることは無い。25

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「待て……最期に、一つだけ、心残りがある」そう言って、ラジオグラファーはゆっくりと懐に手を差し込み……一枚のカードを取り出す。その表にはメイド喫茶の店名が書かれ、裏には幾つものスタンプが押されている。それは、満杯のメイド喫茶スタンプカードであった。。26

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「……追加オーダーだ」ラジオグラファーはメニューの裏側を指さす。『スタンプ満杯特典　メイド＝サンとオウサマ・ユウギ』そこには、確かにそう書かれていた。オウサマ・ユウギ。籤で選ばれた人間の命令を聞くという宴会芸。27

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その歴史は古く……オウサマ・ニンジャクランが新たなアーチ・ニンジャを選出する際に同様の手法を用いたと古事記にも記されている。しかも、これはスタンプカードコンプリート特典だ。つまりはハンコの強制力が30倍点で働く！28

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「ヌゥウーッ!!」これを跳ね除けることは……如何なニンジャであろうと難しい。まして、今のフジキドは形式上とはいえこの店のメイドなのだ。これを反故にすれば、ニンジャスレイヤーは永遠に名誉を失ってしまう。永遠にだ。29

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「……わかった」苦悶の末にフジキドは条件を呑んだ。だが、これは同時にチャンスでもある。正式なオウサマ・ユウギに勝てば……相手にセプクを申し付けることすらも可能。そして、今現在ゲームに参加可能な者はニンジャスレイヤーとラジオグラファーの二人のみ！30

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事実上のデスマッチである。ニンジャスレイヤーが勝てば、ラジオグラファーに改めてセプクを申し渡す。ラジオグラファーが勝てば、ニンジャスレイヤーにセプクを申し渡すことができる。これこそが……ラジオグラファーの思いついた、最大のフーリンカザンであった。31

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「よし……では、こちらを引いた方がオウサマだ」ニンジャスレイヤーは古のオウサマ・ユウギ儀式のプロセスにもとづき、ニ本の割り箸の片方に王冠を描く。ニンジャスレイヤーはそれを手の中に握りこみ……シャッフル。割り箸を引くはラジオグラファー。その勝率は、50%……否。32

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ラジオグラファーには……トウシ・ジツがある！ニンジャスレイヤーの手の内を覗き見ることなど、彼にとっては火を見るも同然！この形になった時点で、彼の勝利は決まったようなもの！「イヤーッ！」ラジオグラファーはカラテシャウトと共に、勢い良く割り箸を引き抜く！ゴウランガ！33

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「オウサマ・ダレダ！」古のチャントを唱和！ラジオグラファーは己の勝利を確信し……割り箸の先端を見る。だが、そこに王冠の印は無い！「ナンデ……確かに、見た筈」ラジオグラファーは割り箸を再度見る。その先端……数センチ程が、削り取られている！34

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読者の皆さんの中に、ニンジャ透視能力とニンジャ動体視力を併せ持った方がいれば、ニンジャスレイヤーの手の内を目にすることができたやもしれない！割り箸が引かれる直前……ニンジャは、二本の割り箸の先端を同時にへし折ったのだ!!何たるニンジャ器用さであろうか！35

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「これでは、どちらがオウサマかわからぬな」「ニンジャスレイヤー＝サン……！」ラジオグラファーの心中は、絶望に塗れていた。己の目で追うことすらできなかった、カラテ技巧の極地。絶対的なカラテの差をまざまざと見せつけられたのだ。「仕切り直し、と言いたいところだが……」36

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「先程、確かに見たと言ったな？」「ハ、ハイ……」「イカサマは、失格だ」ニンジャスレイヤーは無慈悲に告げる。「セプクせよ。アマクダリの救援は来ぬ」ジツを見破られ、カラテ差によってそれを正面から打ち破られたラジオグラファーに、最早その言葉に抗う気力は残されてはいなかった。37

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ラジオグラファーはニンジャスレイヤーに言われるまま遺書を書き、「メ……メイドに生き/メイド喫茶で死す/悔いはない」震える声でハイクを詠んだ後、「サヨナラ！」自ら隠し持っていたドスダガーを腹に突き立てるとしめやかに爆発四散した。38

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後に残されたのは、メイド装束の殺戮者が一人。急性NRSとMRS（メイドリアリティ・ショック）によって昏倒している店の本来のメイド達も間もなく意識を取り戻すだろう。「Wasshoi!!」メイド姿の殺戮者は一声叫ぶと……その装束そのままに、ネオサイタマの闇の中へと跳んだ。39

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空には、月がインガオホーと笑っている。ニンジャスレイヤーの史上最大の作戦は……アマクダリの最も長い一日は、もうすぐそこまで迫っていた。 ……尚、後日「空飛ぶメイド」の都市伝説が新聞のベタ記事を埋め、メイド喫茶の客入りが少しだけ改善したことだけは書き添えておこう。40

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◆メイド・アンド・ヘヴン◆終わり