#月曜朝のたわわ (その8)
#月曜朝のたわわ それは覚えている。 文字が綺麗というのは現代では得難い才能であり技術だ。しかも彼女は誤字が少なく、文章において適切な言葉を選ぶ事に長けている。独力でそうしたものを身に付ける事は難しく、指導者に恵まれたのは間違いない。 それが彼女の祖母とは知らなかったが。
2015-05-08 19:08:53#月曜朝のたわわ 「係長、それで大事な手紙の清書とかをうちに任せてくれるようになった。あの堅物が認めるとは大したもんやって、あれで時給が100円も上がったんやで」 「むしろ100円しか上げなかった事を恥ずかしく思う」 最近取引してる会社の手紙は万年筆で宛名が書かれている。
2015-05-08 19:11:53#月曜朝のたわわ 万年筆の肉筆で、それなのに読みやすく美しい。 只者ではない雰囲気が封筒にあり、開封する前から圧倒されるような取引先だ(時々理解しがたい言語のメモが紛れ込んでいる点でも圧倒される)。 「うち、初めてでした。初めて、うちという人間を評価してくれた気がしたん」
2015-05-08 19:15:00#月曜朝のたわわ 「大げさな」 心底そう思う。 「僕じゃなくとも、誰かが君を正しく評価してくれただろう。君にとって、たまたま僕が最初の一人だっただけじゃないか」 「世間ではそれを運命て言うんや」 この子の成績表はバストサイズしか載ってなかったんだろうか。なんて悲惨な。
2015-05-08 19:20:26#月曜朝のたわわ 「あの日も、係長見つけたんは映画館やない。駅前や。それで弟も一緒やったけど係長のこと追いかけて、探して……さ、最初はおばあちゃんの事でお礼言おうて思ってたんやけど。ほんまやで。で、でも、ばばくさい服やったし、少しは見栄え考えたらどうやって弟にも言われて」
2015-05-08 19:25:26#月曜朝のたわわ 僕の背中をばしばし叩きながら、こんなこと乙女に言わせるとか係長のいけずうとか叫ぶ彼女。 周囲の目が生暖かい。 そりゃそうだ、事情を知らなければ僕らはただの馬鹿なカップルなのだから。 「……でも、係長は今日のイベントが最後なんやろ?」 「まあ、一応は」
2015-05-08 19:30:32#月曜朝のたわわ 最新作の特撮ドラマなども数本は見たが、出来は良いと思えても心揺さぶられることはなかった。 無理解な両親によって踏みにじられた少年時代の思い出。それを取り戻す行為なのだと自分なりに分析している。だから、この特撮ショーが終われば今まで通りの生活に戻るだろう。
2015-05-08 19:34:53#月曜朝のたわわ 元通りだ。 たとえ彼女が僕の趣味を社内で暴露したところで、僕は笑いもせずにスルーするだろう。 それが係長代理としての鮫島トオルという人間なのだ。 「シンデレラにかかってた魔法が、もうじき解けてしまうんや。踊ってもいないのに王子様に残すガラスの靴もない」
2015-05-08 19:39:26#月曜朝のたわわ 僕の背中を叩く手が止まり、代わりにパーカーの裾が掴まれる。 「魔法が解けたら、うちはただのやかましいアルバイト社員で、係長は血も涙もない鉄面皮に逆戻りや」 「誰が鉄面皮か」 「会社で一生懸命に話しかけて、休憩時間に一緒にお茶して。縮まったけど縮まってない」
2015-05-08 19:41:44#月曜朝のたわわ 最初はハイテンションだった声が、段々弱くなる。最後の方は消え入るほど弱弱しく、そしてパーカーの裾を掴む力は強い。 「わかってる。年齢差もある、社会人としての立場もある。やかましいだけの女子大生が、いちおうは出世コースに入ってるオッサン相手に色目使うとか」
2015-05-08 19:49:22#月曜朝のたわわ 嘆息。 最後の最後は、涙声になっていた。 そういうのは僕のキャラクターではない。もっと男前で、甲斐性があり、社交性と人望があって、つまり。 駄目だ。 駄目なんだ。 鈍感に徹することができれば、指を振りほどいて逃げ出す事もできるだろうに。駄目なんだ。
2015-05-08 19:51:59#月曜朝のたわわ まるで出来の悪いコメディーだ。 教科書にない。こんな事態への解答が載ってる教科書なんてある訳がない。あったところで誰が読む、今の僕以外に誰が必要としている。 彼女は理解者を欲しているのだ。 自分を理解してくれたものを失いたくないだけなのだ。 畜生。
2015-05-08 19:55:16#月曜朝のたわわ 仮に彼女の望む答えを口にしても、それは彼女を無意識に絶望させるだけだ。 面倒くさい。 こちらとら人生の瑕疵を埋めるべく決死の覚悟でカップルを装い特撮ショーに臨もうとしているのだ。断じて別れ話を切り出して女を泣かせる最低男を演じるためではない。
2015-05-08 19:59:24#月曜朝のたわわ が、助け船は意外と近くにいるものだ。 「コージロー君。おじさんマナカ君を泣かせてしまったので、ご機嫌取りに美味しいものを食べに行きたい。一緒に行かないか」 「おっけー、おっちゃん。武士の情け、男の友情二割増しや」 姉の様子に気付いたのか弟君達がいた。
2015-05-08 20:02:53#月曜朝のたわわ 弟君とその友達以外にも野次馬やデバガメもいたが、都合よく無視する。 まるで小学生のように泣きじゃくっていた彼女の手を握り、プールサイドをそそくさと退出する。こういうのは職場の忘年会などで慣れていたので、今更気にしない。 胸の動悸は、急に立ったからだろう。
2015-05-08 20:06:03#月曜朝のたわわ オンナの涙は卑怯だと言われたことがある。 落ち度がなくても罪悪感に襲われて、いいようにされてしまうから。そんなのは男の側の勝手な解釈だし、女だって好き勝手に泣けるとは限らない。 予期せぬ涙もあるし、涙を見せたところで動じない男の人だっている。
2015-05-08 20:11:12#月曜朝のたわわ 鮫島係長(補佐とつけないと最初は怒ったが、最近は係長昇進が内定しているので黙認している)は、私がぼろぼろ涙をこぼした時にも表情を変えず、売店に置いてあった二世代前のプリキュアのハンカチで私の顔を拭いてくれた。 「メイクは自分で直してくれたまえ」
2015-05-08 20:14:45#月曜朝のたわわ 残念。 こう見えても弟の精神安定を狙って、ほぼスッピンなのだ。手洗いで確認した限りでは直すほど流れてはいないし、一番情けない顔を見られた後だ。 何を恐れるものがあろうか。 結局、私は魔法が解けるまで何もできなかった。
2015-05-08 20:23:22#月曜朝のたわわ 特撮ショーの間中、私はずっと俯いていた。 光二朗と係長が左右の手を握ってくれていたけど、ショーは最初から最後まで見ることはなかった。 本当なら、最後のチャンスに一気に決めたかったのに。物語のようにうまくはいかないって痛感する。私はヒロインの器じゃない。
2015-05-08 20:27:10#月曜朝のたわわ 「それにしても」 私の気持ちを知ってか知らずか、係長は感慨深い表情でコーヒーのカップをテーブルに置いた。 「まさか『彼』が宇宙警視総監となっていたとは、おじさん驚いたよ」 「だろー、地球署の署長とマブダチなのは前回で明らかになってたけど今回は!」
2015-05-08 20:32:43#月曜朝のたわわ あ、なんか盛り上がってる。 係長すっごい興奮してる。 なにこれ、なにこれ。光二朗と握手交わしてるよ。 「おっちゃん、次回のショーは秋の番組改編期だぜ。新ライダーが特別ゲストで大活躍するんだ」 「そうかそうか、それは是非とも見なければな」 ……あれ?
2015-05-08 20:38:00#月曜朝のたわわ あ、なんかオンナに理解できない友情が係長と光二朗との間に交わされてる。年齢差トリプルスコアなのにマブですよダチですよ、おいおい私にそのポジション寄越せよ弟なんだろぉ。 唖然としている私に気付いたのか、ようやくというべきか馬鹿二人がこちらを見た。
2015-05-08 20:45:38#月曜朝のたわわ 「市ノ瀬君」 「は、はあ」 「どうやら僕はいましばらくの間、君の言いなりにならねばならないようだ」 冷徹さを装いつつ隠しれない興奮顔で係長はそう告白する。 「ねーちゃん、俺たちの友情の為にも偽装カップル続けてくれよ」 偽装じゃないカップルなら大歓迎。
2015-05-08 20:51:29#月曜朝のたわわ どうやら私が見逃した特撮ショーは、夢の国ランドにも勝る中毒性があるようだ。 見ればよかったとか見なくて良かったとか思いつつ、そういや係長がずっと手を握ってくれてたっけと思い出し。まるで乙女みたいに私の顔は真っ赤に火照るのだった。 いや正真正銘乙女だけど。
2015-05-08 20:58:31#月曜朝のたわわ それからしばらくの後。 といっても、オレと鮫島のおっちゃんが秋の特撮ショーを見に行く前後までの数か月の間の話だけど。
2015-05-08 21:00:36