ア・ニンジャ・サドン・ライズ・アンド・スクイーズ#5

ニンジャが出て搾る!
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@nezumi_a

サマータイプのスーツの腕にアンノウ社課長代行と書かれた腕章、油断ならぬアトモスフィアを放っているサラリマンの名はガラシダ・ユスケ。本日開催される「芝浦」での宴会幹事であり、後のスクイーズである。今宵の宴会は、イシルギ建設と業務提携の商談を控えた大事な接待である。24

2015-05-08 19:48:36
@nezumi_a

イシルギ建設は従業員数1000人を超えるイシルギグループの一角であり、株価も安定している上場企業だ。一方ガラシダの勤めるアンノウ株式会社は社員数五十人程度。ホテル経営や飲食産業、レモン農場経営などを行っている。二社の間には象とアリほどの差があった。25

2015-05-08 19:51:16
@nezumi_a

この提携によりアンノウ社はイシルギグループに組み込まれるが、事前交渉によって土地管理部門と食肉部門を引き受ける手筈となっていた。これらはイシルギグループの主力部門である。合併される側がグループの主力を握る、一体なぜこのような不思議なことが起こるのか?26

2015-05-08 19:54:12
@nezumi_a

事の発端は二週間前、イシルギ建設の社員旅行の最中に起こった。中国地方の温泉宿へと向かう大型バスが、崖から転落するという事故を起こしたのだ。この事故により、部長や課長が死亡、その他にも多くの一般サラリマンが帰らぬ人となった。27

2015-05-08 19:57:09
@nezumi_a

これを聞き、かねてより取引のあったアンノウ社のシズヤマ部長は、事故で発生した多量の空席にアンノウ社を丸ごと組み込もうという大胆な提案を行った。驚くべき事に、誰もが成立しないと思ったこの提案をイシルギ建設側が内諾した。28

2015-05-08 20:00:10
@nezumi_a

更に、内諾したイシルギ側から、土地管理部門と食肉部門を任せたいというオファーまで来た。表向き、アンノウ社は売却、イシルギ建設はアウトソーシング化という形で新会社を設立し、WIN-WINの関係となる。そして、提携が決まれば効率化で株価は上昇、増資で株券も発行されるだろう。29

2015-05-08 20:03:10
@nezumi_a

(いくらなんでも、このような無茶苦茶な話が二週間でまとまるはずはない)ガラシダは、己の理解の及ばぬ大きな流れが、自分の居る会社を巻き込み渦巻いているのを感じた。だが、余計な事は考えまい。この接待の結果次第で、社員全員の明日が決まるといっても過言ではないからだ。30

2015-05-08 20:07:16
@nezumi_a

相手はグループ企業、役員会も一枚岩ではないという。それを動かすには、内部からの働きかけが不可欠であった。そのための接待である。ガラシダはこの接待を完璧に行い、契約を確約することを部長から命令されていた。そして、提携成立の暁には課長の椅子が待っているとも言われた。31

2015-05-08 20:10:10
@nezumi_a

「ドーモ、アンノウ=サン」イタマエ長のアイサツにガラシダは思考から引き上げられた。「ドーモ、今日はよろしくおねがいします」ガラシダはアイサツした。「鮮度は完璧です。お任せください」そういってイタマエ長がオジギをし、強化PVCコンテナを開けた。32

2015-05-08 20:13:14
@nezumi_a

コンテナの中は氷が敷き詰められ、そこに石のようなものが埋もれている。無論ただの石であるはずはない。これはガラシダが特別発注したセトウチ産の最高級オーガニック・ナマガキだ。イタマエ長がカキをひとつ手に取ると、金属製のヘラでこじ開けた。33

2015-05-08 20:16:12
@nezumi_a

「どうぞ、ご確認ください」中には艶やかな象牙色にきらめくカキの身。(これひとつで俺の月収に相当する金額か……)ガラシダは平静を装いつつ、ナマガキを口に運ぶ。溢れる滋味、確かなオーガニック感がガラシダの内臓を刺激し、連日の残業で失われていた活力を呼び戻す。34

2015-05-08 20:19:11
@nezumi_a

「フゥーム……、素晴らしい」ガラシダは感動のあまり、それだけを言うので精一杯だった。「このカキは与える養分にカンポを混ぜてあります。美味いと同時に健康になれるのです」イタマエは言った。これはエド時代から受け継がれるタベル・メディックの概念だ。その言葉にガラシダは頷いた。35

2015-05-08 20:22:17
@nezumi_a

オーガニック・トロマグロは確かに美味いが、その実、脂が多く、胃腸にかかる負担も大きい。ガラシダは事前の調査によってイシルギの専務は健康を気にしているという情報を事前に得ていた。それ故のカンポ・ナマガキである。36

2015-05-08 20:25:15
@nezumi_a

ツキジから取り寄せた新鮮な魚介類を使用したスシ、熟練のイタマエ、ニョタイモリ研修済みマイコ、違法カラオケ、大トロ粉末、二重底にコーベインを仕込んだオミヤゲ。川の通行貸し切り料金も含め、今日の宴会でアンノウ社の前期営業利益の八割に相当する金額を投入している。37

2015-05-08 20:28:21
@nezumi_a

もしこの接待が失敗に終わったら、間違いなくセプクを申し付けられるだろう。ガラシダのスーツの内ポケットには携帯ハイクセットが収まっている。覚悟の現れだ。(弱気になるな。成功すれば同僚の係長たちとの出世レースからついに抜け出せるのだ)38

2015-05-08 20:31:27
@nezumi_a

「きっと上手く行きますね」「契約を取れますね」部下のエンダとアトウが笑顔で言った。彼らは部下であり、苦楽を共にしてきた仲間でもある。自分の出世は、彼らにとっても重要事だろう。媚を売る姿は必死さを隠していないが、かつての自分も同じだったと考えれば、むしろ懐かしくすらある。39

2015-05-08 20:34:13
@nezumi_a

(課長か……)結婚し、家庭をもった。そして昇進。小さな会社で決して楽な道のりではなかったが、提携が成立すれば大企業の課長となれる。辛うじてカチグミの道が見えてきた。ガラシダは携帯UNIXを取り出た。待ち受け画面は妻と幼い頃の娘だ。40

2015-05-08 20:37:21
@nezumi_a

ここ暫くは仕事に忙しく家に帰れていないが、この合併が纏まれば定時退社も夢ではなくなるだろう。来年中学校に進学する娘も、カチグミ向け高校へ進学させる事ができるかもしれない。UNIXの画面が切り替わり、来賓の到着を告げた。相手は専務と常務が二人、いずれも年上で格上である。41

2015-05-08 20:40:29
@nezumi_a

ガラシダはネクタイを締めなおし、エントランスへと向かった。しかし、ブッダでもオーディンでもないガラシダは、この後、己に降りかかる運命を知る由もなかった。おお、ナムアミダブツ……42

2015-05-08 20:43:16
@nezumi_a

ア・ニンジャ・サドン・ライズ・アンド・スクイーズ#5 終わり

2015-05-08 20:43:52