《空に手を》

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《空に手を》side-B 11 お説教がただのイヤミに変わったディレクターにただ頭を下げながら、そんなことを考えてた。

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《空に手を》side-A 16 あかん。 ここどこ？ テレビ局っつーのはなんでこんな複雑怪奇にできとんねん。 ダンジョンか！ マネージャーたちは緊急事態に右往左往してて、ひとりでトイレに出たら案の定迷ってもーた。

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《空に手を》side-A 17 緊急事態、とゆーのは。 朝の情報番組に番宣で出てた亮が、急に黙りこんだ後、明らかに私的なメッセージを口走った、らしい。 たぶん、オンナ宛の。 んで、そんまま局を脱走して行方不明。 今だ音信不通。

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《空に手を》side-A 18 廊下をうろちょろしてると、突然でっかい声が聞こえた。 まだ若そうなディレクターっぽい男が、黒髪のショートボブの女の子を怒鳴りつけてる。 人前でよぉやるわ。 女の子はしおらしくうつむいてて、ちょっと同情しかけたとき。

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《空に手を》side-A 19 すんでのところで笑いをこらえた。 手が片方だけ後ろに回ってきて、その親指がおもっきし下向いてんもん。 腕で顔を隠しながらふたりの側を通って角を曲がると、広い廊下に出た。

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《空に手を》side-A 20 しっかし亮のやつ、やりよったな。 どーするつもりなんやろ。 これから生放送あんのに。 オンナ宛のメッセージって、写真撮られたんとは別のオンナなんかなぁ。 お盛んなこった。 でも、戻ってこんかったらどーなんのやろ。

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《空に手を》side-A 21 クビ？はないよな...。 謹慎か...。 悪い方に考えがいって一気に不安になる。 ...電話してみっか。 あ、ケータイ楽屋や。 ......あれぇ、ここさっき通ったとこちゃうか？ 前からさっき怒鳴ってたディレクターっぽい男が歩いてきた。

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《空に手を》side-A 22 ーおつかれさまです さっきと違う笑顔で俺に会釈する。 楽屋どっちですか？って聞いたらすぐやねんけど、こんなんですら人見知り。 我ながら不便な性格やでこれ。 あかん、完っ全に迷子やわ...。 ラビリンスや。 魔宮や...。

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《空に手を》side-A 23 途方に暮れて角を曲がると、さっきの女の子が立ってる。 うつむいて、自分の手をじっと見て...。 いきなり、壁を正拳突きした。 多分、思ってたんとちゃうかったんやろな。 石膏ボードがべこって音立てて、女の子はびっくりして辺りを見渡して...。

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《空に手を》side-A 24 目が合った。 慌てたみたいに笑顔になる。 「おつかれさまでーすっ！」 白い歯を見せて、爽やかな感じでそう言って、早足で歩いてった。 壁には、ポスターが貼ってあって。 さっき亮が出てたやつ？

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《空に手を》side-A 25 朝の情報番組の出演者がずらっと並んだいちばんはじっこに、さっきの女の子がいて、ちっちゃく“お天気キャスター”って書いてある。 女子アナやったんや、あの子。 あれ、さっきのってもしかして、亮のせいで怒られてたんかなぁ。

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《空に手を》side-A 26 勝手に喋らせてんじゃねーよ的なこと言われてたよーな...。 振り返って見たけどすでに女子アナはおらんくて、もう一度ポスターを眺める。 ...歯並びええなぁ。 や。そんなんええねん。 誰か...。 迎えに来てぇ...。

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《空に手を》side-B 12 「今日はビールいいの？」 「ん...あ、やっぱり...いただきます」 本番の後は反省会と明日の打ち合わせ。 他に仕事のない日は、だいたいお昼過ぎに家に着く。 それから着替えて、メイク直して...。

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《空に手を》side-B 13 この居酒屋さんがランチやってるって知ってから、週に３回は通ってる。 こぢんまりしてて、白木のカウンターに手ぬぐいで作ったランチョンマットがセットされてて、おしゃれな雰囲気が落ち着くから。 ランチのお茶漬けが仕事の後の疲れた身体にぴったりだから。

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《空に手を》side-B 14 っていうのもウソじゃない、けど。 「はい、お疲れさま」 カウンターの中からグラスビール出してくれた店長さんの声に顔を上げた。 ボーダーのTシャツにデニム地のエプロン着けてて、いつもキャップかニット帽被ってて、茶色いフチのメガネかけてる。

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《空に手を》side-B 15 仲良しのメイクさんに「すっごいタイプの人見つけた！」って、お店のHPに載ってる店長さんの写真を見せたら、苦笑された。 「あー、好きそう好きそう」 「え、そうですか？」 「前の彼もこんなだったじゃん。ほら、サブカル系ってか草食系？あ、陽だまり系？」

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《空に手を》side-B 16 すごーくしっくりきた。 あったかくて居心地が良くって。 ほんと陽だまりみたい。 「どーしたの？お疲れじゃない」 「いいえ、全然！超元気、です」 店長さんは多分...私のことを知らない。 普通のOLさんだと思ってる...はず。

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《空に手を》side-B 17 指輪してないし...。 結婚...はしてなさそうなんだけど...。 彼女とか、いるのかなぁ...なんて。 意外とこーゆーの聞けないんだよな...。 働いてる店長さんを目で追ってると、ガラガラって入り口の引戸が開く音がした。

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《空に手を》side-A 27 あいつの店は今日も閑散としてた。 「はい、これ取り置き分とこっちおまけ」 おまけとかつけるから儲からんのちゃう？ もらっといてアレやけど。 この店は元々いい感じの古着屋で、こいつはイラストレーターみたいなことをやりながらそのオーナーをしてた。

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《空に手を》side-A 28 独特の品揃えが気に入ってて通ってるうちに仲良くなって...。 俺が東京来て、唯一自力でつくった友だち。 洋服屋飽きたってネットショップだけにして、急に居酒屋始めたんが１年前。

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《空に手を》side-A 29 今日みたいに今でもたまにこいつから洋服買ってんねんけど、この居酒屋、昼も夜もめっちゃ空いてんの。 「あのーぅ、渋谷すばるさん、ですよね？」 ひとりだけおった客にちっちゃい声できかれて。

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《空に手を》side-A 30 出来のいいトウモロコシみたいに粒のそろった歯並びで、思い出した。 正拳突きの女子アナ。 「初めまして。私、朝の番組で...」 「はぁ...どうも」 初めましてちゃうんやけど。 まあ...ええか...。 てか、それより、あれやな...。

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《空に手を》side-A 31 「...あのー、こないだうちの錦戸が...」 「え？」 「や、あの、なんか、ご迷惑おかけして...」 「ああ！全然全然！」 「でも、あの、めっちゃ、怒られてましたよね...って噂で聞いたんやけど...」 なぜか直接見たって言われへん俺。

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《空に手を》side-A 32 「あぁ、まぁ、いつものことなので...。錦戸さん、大丈夫でしたか？」 亮はあの日、あれだけいろんな人騒がしといて、リハの直前にけろっとした顔で戻ってきた。 何してたかはわからんけど。

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《空に手を》side-A 33 「あれ？すばる、なに？知り合いなの？」 飲みもん持って戻ってきたあいつがびっくりしてる。 いや...って言おうとしたら。 「はい！友達、なんです。ね？」 ...は、このお姉ちゃん何言うてんの？ ね、ね？ってめっちゃ顔覗きこまれる。