天叢雲剣譚【2-4】

天叢雲剣譚【2-4】。打ちひしがれた叢雲が思い出すもの。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

ふと雨野提督が顔を上げた。その目はわずかに充血しており、少し腫れぼったく見える。 「……貴女、本当に大丈夫なの? ひどい目をしてるわ」 「そう? そんなに変かしら……」 雨野提督は目をゴシゴシと擦りながら訝しげに聞いてくる。今の彼女の顔は、私がこれまで見たことないほどひどかった。

2015-05-30 01:09:26
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「きっと疲れているのよ。さっさと寝なさい」 「……わかったわ。でももう少しだけやらないといけないことがあるから、コーヒーでも淹れてくれないかしら?」 彼女の頼みを断る理由もない。私は素直に受け入れることにした。 「いいわよ。とびっきりのを淹れてあげるわ。他に何か入れる?」

2015-05-30 01:13:23
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「いえ、ブラックでお願い」 「そう」 短くそう返し、執務室の真横にある給湯室に向かった。そこにはポットやコーヒー紅茶などの嗜好品からインスタント麺まで幅広く常備されている。私はその中から来客用のコーヒーの袋とマグカップを取り出し、カップの中に彼女の好みの量のコーヒーの粉を入れる。

2015-05-30 01:14:35
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「確かさじ一杯と三分の一っと……これでよし」 そこに静かにお湯を注ぐと、たちまち鼻をくすぐるようなコーヒーの香りが辺りに広がった。それを零さないようにお盆の上に乗せ、静かに執務室へと戻る。雨野提督は変わらず資料と睨めっこしていた。 「はい、淹れたわよ。これで最後、頑張りなさい」

2015-05-30 01:18:30
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「……ありがと。これで最後まで頑張れそうよ」 「それならいいわ」 「叢雲、ありがとうね。明日……と言っても今日だけど一緒に頑張りましょう。だからゆっくり休みなさい」 「もちろん。それじゃ、お休み」 私がそう告げると雨野提督は微笑んで、いつも通りにこう言った。 「お休み、叢雲」

2015-05-30 01:19:18
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私は部屋を出て、静かに扉を閉める。それから少しの間、光の漏れる扉を見つめてから、私は自分の部屋へと戻った。目前に迫る作戦のことを考えながら。しかし、それは杞憂に終わった。なぜなら――。

2015-05-30 01:24:51
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「……ッ!」 急に意識が覚醒し、勢いよく上半身を起こす。見ていたものが夢だと把握するのに数分要した後、私は辺りを見回した。真っ暗な部屋の中に時計の音と初雪の寝息だけが規則正しく響いている。 「あの人が何処かで心配してくれている、のかもね……」 私は窓越しの星空を見つつ独りごちる。

2015-05-30 01:25:37
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そう、あの人は言った。少しの行動で未来は変わると。 「まったく、タイミングが良いんだから……」 そう自棄気味に呟く。このままではあの人に近づけやしないのだから。だから、忘れないよう、静かに告げる。 「ここで立ち止まってたらダメよね。……思い出させてくれてありがとう、提督」

2015-05-30 01:33:59
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

いつかは面と向かって言わないとね、そう心の中で決意して。私は再びベッドの上に寝転がる。そして以前のように、彼女に向けてこう言った。 「お休みなさい、提督」 当然、それに対する返事はない。だが私の心を満たしていく何かに安堵しながら、私は再び眠りについた。

2015-05-30 01:38:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

潮岬鎮守府の叢雲【2-5】に続く

2015-05-30 01:38:58