2015年5月31日

思想地図〈vol.2〉ジェネレーション 「再帰的公共性と動物的公共性」

藤田直哉氏による、『思想地図〈vol.2〉ジェネレーション -再帰的公共性と動物的公共性-』のまとめと、東浩紀氏の返信。
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

明日のゲンロンカフェでの鼎談に向けて、『思想地図』vol2の、東浩紀+大屋雄裕+笠井潔+北田暁大「再帰的公共性と動物的公共性」を読み返していて、まさしくここにあった議論が延長されていると思った。2008年。特集は「ジェネレーション」。重要なポイントをあとでtweetします。

2015-05-30 21:44:56
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

東浩紀+大屋雄裕+笠井潔+北田暁大「再帰的公共性と動物的公共性」読み直して、ここに色々な問題や論点は既に出ているし、自分はこの2008年の座談会に結構影響を受けてその後の自分の考えを決めたり行動してきたのだなぁ、と、今さらながら自覚した。

2015-05-30 21:56:34
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

東浩紀+大屋雄裕+笠井潔+北田暁大「再帰的公共性と動物的公共性」で問題になっているのは、グーグル的なアーキテクチャに支配された世界=「動物的環境―アーキテクチャ」の中で、人がそれに抗う・戦う想像力を失っているのではないかということ。人間的抵抗が可能かどうか。

2015-05-30 22:07:11
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

小見出しで「世界を変えられるという感覚が麻痺している」とある。これは、震災後の、社会運動が頻発している現在と比較すると、どうなのだろう。やはり、2008年に限定された感覚ではなかっただろうか。

2015-05-30 22:08:41
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

「設計に抗う力」という後半で、アーキテクチャに管理され、それに抗う想像力が衰滅するのでは、という問題提起に対し、「災害」というのを笠井潔が持ち出している。群衆の蜂起も「災害」のようなもので、決して制御も計算も不可能だと言っている。この発言、あまりに予言のようでびっくりした。

2015-05-30 22:11:58
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

さらに、管理社会・監視社会の問題。北田暁大は、体感治安や不安などの問題を「物語」だと指摘。「監視社会化をネオリベラルでグローバルな社会の〈運命〉みたいなものとして受け取る必要は必ずしもないのではないか」と主張している。これは、ぼくもそうだと思う。運命と思い込ませる力があると思う

2015-05-30 22:15:04
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

東浩紀は「現代人にとって、世界が宿命として感覚されている」「その原因が経済にあるのか技術にあるのか、すなわちネオリべのせいかネットのせいかわかりません」と言っている。この「宿命観」に対し、「敢えて」政治的行動をするのかどうか、変える可能性を信じるかどうかが討議の中心主題。

2015-05-30 22:17:07
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

で、笠井は、「いまここ」にユートピアを求める千年王国主義的運動はなくならないと主張。例が、イスラム原理主義のテロ。「二〇一〇年代には、何らかの形で先進諸国にも千年王国主義的なものが波及してくるのではないか。…

2015-05-30 22:18:40
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

…コミュニズムとファシズムの激突の時代だった三〇年代が、単純に反復されるとは思いませんが、形を変えて『群衆』と『実存』と『決断』の時代が、もう一度訪れるのではないでしょうか。千年王国主義の前提である人間の群集化とは(…)アイデンティティの崩落や承認システムの危機です」という。

2015-05-30 22:20:21
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

で、この宿命感について、すなわち、人間が行動しても何も変わらないという感覚の由来について、東は、グーグルを例に挙げる。国家ではない、力を及ぼせないようなものが「環境」(アーキテクチャ)になったと。だから、人は政治的な行動をできなくなる感覚になるのではないかという問題提起をしている

2015-05-30 22:23:22
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

これに対置されるのが、「ロスジェネが暴発するとき」という小見出しにおける、これまた過激な笠井さんの意見。絶望した青年が自爆テロをするような政治行動は、「社会を変えれるかどうか」などは関係ないのだと。「絶望的なテロに向かうしかない人たちが一〇〇万人という単位で出てくる」という。

2015-05-30 22:25:47
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

ややこしい議論になってくるんだけど、「人間が公共的な議論を通じて世界の行方を決定できる」というフィクションが近代に前提になっていたが、インターネットという「転換点」「未曽有の変動」で、「フィクションが麻痺している」というのが、東の見立て。

2015-05-30 22:27:20
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

多分、これは笠井の排外主義への興味と関係しているのだと思うけど、「大きな物語」が崩壊しても、「「あえて」無根拠な物語を捏造し、ボルシェビズムやナチズムのようなものを信じることはありうる」という。

2015-05-30 22:29:18
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

インターネットが変動をもたらしたことを笠井も認め、「問題は、二一世紀的な物語を捏造していくという動きと、インターネット的な環境はどういう風に重なり合っていくのかです。群衆化にしても、街頭のリアルな行動ではなくネット空間でこそ激しく進行しているようにも見える」という。

2015-05-30 22:30:32
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

あと、面白いのは、東さんの「データではなくメタデータというレベルの転換を、投票にも応用できないか」というアイデア。近代的な個人の、一人一票という「フィクション」の解体から生じる、新しい政治のビジョン。ページリンクのような重みづけで政治の意思決定をするシステム。北田さんが異論を。

2015-05-30 22:33:07
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

グーグルのページリンクのシステムのように(これは具体的に書いてないし、今現在はどういうアルゴリズムになっているのか不明だけど、多分、リンクを貼られた量や、PVなどで判断されているのかな?)、政治的な意思決定をする。PV稼ぎのまとめサイトが勝つ政治になるよなぁ、これは。

2015-05-30 22:35:05
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

以上が、2008年の議論の、ぼくが重要だと思ったポイント、論点などのメモ。さて、2015年、色々なことは、どう変わっただろうか。今現在の日本社会の政治と文化とインターネットを考えるためには、どのようにしたらよいのだろうか。7年前の議論を、足場作りのために、持ってきました。

2015-05-30 22:37:09
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

もちろん、東さんは、この時から考え方を変えていらっしゃると思いますので、この引用は、補助線にすぎませんが。今、改めてネット社会や日本、政治や「人間的な声をあげること」について、どのように分析し、提言していくのか。明日は、そのようなお話が出来れば、幸いです。

2015-05-30 22:39:38
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

藤田くんのまとめへの返信。いまのぼくの考えは、(1)ビッグデータなどの登場で世界の「宿命」感はますます増している。(2)日本でもなにも変えられない感は震災前より強い。(3)絶望した人間の暴発は起こる、ただし社会は共感しない。(4)グーグル的政治は無理(一般意志2.0読んで)。

2015-05-31 10:33:40
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

後出しジャンケン的、後の祭り的な余談。笠井さんの「いまここにユートピア」を求める蜂起観は、「世界を変える」こととは関係がなく、むしろ東さんの「メタ・ユートピア」の議論に接続することで、リバタリアンたちが個々人に望む独自のユートピアの可能性という方向も議論としてはできたと思うけど。

2015-06-01 19:25:45
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

「動物たちのメタ・ユートピア」計画、と勝手に呼ぶけど(悪い意味はなく)、ゼロ年代の未完のプロジェクトの中には、個々人の欲望と願望に応じた「ユートピア」を、情報環境やゲームなどで疑似的に提供することで、ロマン主義的心情に対応する可能性もあったはずで。その話がしたかった。

2015-06-01 19:27:52
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

昨日のゲンロンのイベントは、ぼくとしては、とにかく、笠井さん藤田くんの周辺では東浩紀の評判はとても悪いので(これは思い込みではなくアフターで実際に言われた)、そのことに対する警戒感を解除するだけで5時間使ってしまったという感じで、ほとんど「議論」はできませんでした。すみません。

2015-06-01 19:36:57
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

そのうえでいま藤田くんがツイートしたことに簡潔に答えておくと、『動物化するポストモダン』は「人間的な市民と動物的な消費者を往復する解離的な人間像」について語った本であり、決して動物化肯定の本ではありません。といっても、ぼくに批判的な人々はそんなことないと言い続けるのでしょうが。。

2015-06-01 19:38:41
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

それゆえ、「動物たちが楽しく暮らすメタユートピア」みたいな話も、藤田くんが読みたいと思っている東浩紀が構想する理想であって、それはそれでいいんですが、現実に生きているぼくに対してその思いをぶつけられても戸惑う、というのがぼくの率直な感想です。

2015-06-01 19:43:50
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

ぼく自身は、オタクは動物化している、消費者は動物化している、世界の多くの人々は理念も哲学も必要としなくなっている、それが現実だと言っていますが、その状態が善でありそれを推し進め文学も哲学も消滅させるのがいいと考えたことはありません。それは端的にぼくのキャリアからわかると思います。

2015-06-01 19:45:30
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