化石発掘家になる夢をあきらめ自殺した男の独白5
「へえ」 将来の可能性をまだいくらでも残されたうら若きバイト娘は冷笑してその醜態を迎える。 「なんという名前の映画なのですそれは?」 「『FH』という映画だよ」 「へえ」
2015-06-11 11:37:36「その映画のラストで奇怪な鳥が一匹出てきてね、観客へ向けてこういうんだ。『5年後の秋、計18体の怪獣が来る』と」 「へえ」 喫茶店娘は粗末な芸に興じる動物園の類人猿を眺めるかのような愉悦の中でこれに応じる。 「いつ来るんです?」
2015-06-11 11:40:01熱帯性低気圧が日本列島に接近し、全国的に強い雨が降りしきったある夏の夜、怪獣男はレイトショーでホラー映画を見ていた。 長きに渡る自堕落な失業生活が続いていた。
2015-06-11 11:47:50仕事を探さねばならなかったが、前日から続いていたその雨によりやる気も薄れた。月の小遣いを3000円程度しか持たぬ彼は車もバイクも買うことができず、アルバイトの面接に赴く際はもっぱら自転車が交通手段となっていた。
2015-06-11 11:49:10自転車乗りは、どう防水に努めても、浸水から完全に逃れきることはできない。 雨にぬれて敷居をまたいだ者を雇ってくれるほど心の広い会社はそう多くないことを、彼は恥辱にまみれた自らの経験のもと身をもって知っていた。
2015-06-11 11:49:32日中、彼は家賃納入の滞り始めた4畳の借家でひざを抱えて燻り続けていた。 一日という時間とその分の生活費をまたも浪費したことが悔しく、日々めくられていくカレンダーと、残高の減っていく貯金通帳とが恐ろしく、夕刻彼は重い腰を上げて「列車」に乗り、夜の「繁華街」へと繰り出した。
2015-06-11 11:52:15街中では特に行き場もなく、しばし意味もなく路上をふらつき歩いた後、最終的にもはや麻薬の類と化していた深夜の映画へ、この日も彼は逃れていった。
2015-06-11 11:52:50その夜見たのは、石油コンビナート施設が未知の怪獣に襲撃される映画だった。 映画のクライマックスではその火災現場の中で、登場人物の一人だったバイクコレクターが泣きながら死んでいくのだ。
2015-06-11 11:53:11彼は映画の中で自らを日本各地から古びた石油関連商品を収集しては転売して財をなすバイヤーであると語っていた。事業はいたって順調で、好きなことを仕事にできている毎日が楽しくてならず、将来は小さなガソリンスタンドのオーナーとなって細々と暮らすことが夢なのだと吹聴していた。
2015-06-11 11:55:16怪獣男は苦々しく思った。 バイクコレクターは人生の勝者であった。 その商売で成功した男は、全国各地に複数の店を展開し、集めた財の限りを保管していた。
2015-06-11 11:55:46この男が飢え死にすることや、底辺アルバイトで涙することは、もう未来永劫ないはずであった 怪獣男はシアターの中にあって、自らの惨めな境遇を骨身にしみて思い知らされた。 この日の映画館は、怪獣男にとって優しい場所とは呼べないようであった。
2015-06-11 11:56:10以降、バイクコレクターの破産、根本的破滅、場合によっては死亡を見届けることが、怪獣男がこの映画の視聴を続行する上でのモチベーションとなった。 これはホラー映画であるのだ。 その実現可能性は決して低くないはずであった。
2015-06-11 11:59:52バイクコレクターには河豚のように太った共同経営者がいて、バイクコレクターはその相棒を誰よりも信用していた。映画の序盤、彼らは同性愛者かと疑わしくなるほど肩を寄せ合い、楽しげに石油コンビナートの配置された人工島内を闊歩していた。 蜜月はそれまでだった。
2015-06-11 12:01:14ストーリーが進み、石油コンビナートの火災に巻き込まれ、極限状態に追い込まれるうちに、彼らは次第に感情的になり、過去の諍いごとを蒸し返してはお互いに口汚く罵り合い始めた。 最終的に共同経営者の男は、バイクコレクターを殺した。
2015-06-11 12:01:35コレクターが後生大事に抱えてきたバイクをわざと業火の脇に隠し置き、愛車を求めて追っていったコレクターを間接的に焼殺せしめたのだ。 バイクコレクターの炎上を確認した後、「相棒」は自分はとっくの昔に共同経営者などではなくなっていたこと。自分自身での事業に失敗した結果
2015-06-11 12:02:37バイクコレクターに借金を肩代わりしてもらい、以降は時給を与えながらあごで使われるだけの、つまるところただのアルバイト従業員に過ぎなくなっていたことをカメラの前で明かしつつ。自らも笑いながら炎の中に消えていった。
2015-06-11 12:03:07その上空で、全長200メートルはあろうかという巨大な生物が、その細長い体をくねらせつつ、一段と巨大な鳴き声をあげた。 怪獣男は泣いた。 長年の呪縛からとうとう解き放たれたのだと咽び泣いた。
2015-06-11 12:07:15モササウルスだ。 怪獣男は確信した 映画で怪獣の全身像が克明に描かれることは一度としてなかったが、怪獣男にはその段階ですでに十分であった。 最後の最後でモササウルスがこの世の不条理を正してくれたのだ。
2015-06-11 12:07:37