魂命を継ぐ幽朧の境界:二日目夜

* ──揺らいで尚、 *
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【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

す、と右の手を伸ばし。 少女の瞳を誘うように湖面を指し示す。 その中には、少女の瞳によく似た、紅い輝きも幾つか流れてゆく。 紅い瞳と漆黒の毛並みの狼。 紅い瞳と剣を持った傭兵。 紅い瞳と焔火を纏った魔王。

2015-06-25 16:45:30
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

示された先、きらめきを宿す湖面に視線を向けたなら。 くるくるり、浮かび上がるいくつもの光。 いくつもの、物語。 そのどれもが少女の知らないもので。 そのどれもがどこか懐かしく。恋しく。いとおしくて。 少女は、それはそれは幸せそうに。 ふわりと、微笑む。

2015-06-25 21:27:47
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

どれも、すてきね。 囁くように、言葉を発したなら。 なおも水面に浮かび、揺れる、幾つもの輝きを。 ただただ、じい、と見つめた。 「あのね。やさしい、おはなし、が。いいわ」 最初は、それがいい。 触れた手から伝わるあたたかさを。胸に灯ったあたたかさを。 分け合えるような。

2015-06-25 21:30:38
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

それからは、どうしよう。 しあわせなおはなしも。たのしいおはなしも。 すてきなおはなしも。きれいなおはなしも。 びっくりするおはなしも。こわいおはなしも。 かなしい、おはなしも。 「全部、ぜんぶ、聞いてみたい」 迷ってしまう。 映りゆく煌めきの一つ一つを、眩しそうに見送りながら。

2015-06-25 21:32:40
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

やさしい、おはなし。 少女がそう、言うのに、瞳を瞬かせ。ふむ、と静かに龍は呟く。 幾つもの優しい物語の中で、特別に優しいひとつを。丁寧に選び出す。 「では。ある愛の物語を、語ろうか」 遠い遠い国の物語を。

2015-06-25 22:23:34
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

低く、穏やかに、龍は語り出す。 その声に合わせて。光の揺らめく水面に、ひとつの光景が映し出される。 白亜の城。 咲き誇る深紅の花。 うつくしい女性と、ふたりの少年。 そして━━燃えるように真っ赤な瞳の、男。

2015-06-25 22:26:46
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

「いつかの昔。あるところに、ふたりの王子がいた。ひとりは、夜空のような深い黒の髪の王子。もうひとりは、朝日のような目映い金色の髪の王子」 水面には、いつの間にか、冷たい目をした黒髪の少年と、優しい笑顔の金髪の少年が映っていた。 ふたりの王子は、兄弟だった。

2015-06-25 22:36:01
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

「黒の王子が兄。金の王子が弟。黒の王子の母親は、早くに亡くなり。金の王子の母親も、黒の王子が13になった冬に、亡くなった」 寒い寒い冬の日の、王城。 水面に映るのは、黒髪の少年と。金の髪の、うつくしい女性の姿。 女性は微笑み、少年へと手を伸ばして。その頬を撫でる。

2015-06-25 22:40:32
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

けれど少年の頬には涙が伝い。 後から、後から、女性の指先を濡らしてゆく。 「金の王子の母親に、実の息子のように愛された黒の王子は。決意する。愛するために、愛を殺すことを」 王城の醜い争いによって命を落とした優しい母(ひと)のため。 母の違う兄をいつも心から慕ってくれた弟のため。

2015-06-25 22:47:39
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

そして星空の王が、生まれる。 まだ幼さの残る弟を幽閉し、逆らうものを粛清し。王城に血の嵐を巻き起こして。 全てを終わらせるために、彼は契約し。愛を殺した。 生きとし生けるものの全てを飲み込む、緋の瞳━━焔火の魔王の名に依って。

2015-06-25 22:54:20
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

「彼の計画を知るものは、誰ひとりなく。彼とともにあるのは魔王のみだった。しかし王城を血に染めてゆく兄を哀しんだ弟は、従者ひとりを連れて、魔王を打ち倒す光を求める旅に出る」 凩の中、少年と青年は、見送るものもなく夜闇に紛れるように王城を発つ。

2015-06-25 23:00:38
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

幾つもの時が流れた、夜。 孤独な王座についた夜空の王と、赤い瞳の魔王。 愛のために愛を殺した王と、愛を知らぬ魔王。 ふたりは雪の降り積もる中庭で、対峙する。 「王は言った。これで全てが終わる、と。魔王は問うた。おまえにできるのか、と」

2015-06-25 23:07:47
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

「全てを終わらせるこの魔王にすら終わらせられぬ唯一のもの。それを、終わらせられるのか、と」 だが水面の上で、王は笑う。 愛を殺し。魔王を人に堕とした王は、笑う。 金の髪が遠くで踊るのを、懐かしくも愛おしく眺めながら。

2015-06-25 23:12:12
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

「こうして、終焉(おわり)は終わりを迎え。夜空に星は流れて。この国には暁が訪れ、日がまた昇る時が来た」 遠く、水面の向こうを見つめる瞳で。龍は言の葉を紡ぐ。 母の愛。 子の愛。 兄の愛と、弟の愛。

2015-06-25 23:17:08
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

物語を語り終えた水面は、緩やかに揺らぎ。月の光を弾く。 「この物語は、な。金色の髪をした王が。余(わたし)に語ってくれた物語だよ」 古びた書物を閉じるように。 龍は静かに、終わりの言葉を零した。

2015-06-25 23:21:57
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

水面に浮かび上がる双色。 紅玉の瞳は、じっとそれを見つめながら、静かに紡がれる声に耳を傾ける。 黒の少年と、金の少年。宵の星空と、まばゆき暁。 それぞれが紡いだ愛を。選んだ道を。辿った終わりを。 目で、耳で、感じて。こころに、深く、深く、刻む。

2015-06-26 00:19:47
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

物語(うた)を語る深い声。 その声で語り紡がれる、やさしくも、かなしき、愛。 物寂しげに細められた瞳。そのふちから流れ落ちる透明なしずくは。 その「愛」が、少女のこころに深く宿ったあかし。

2015-06-26 00:20:31
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

哀しみだけではない。終わるだけの物語ではない。 愛と、あたたかさと、新しいはじまりを孕んだ物語。 それを聞きながら、ほろり、ほろり。透明なしずくを流して。 それでも、少女の口元は穏やかに、満ち足りたように笑んでいて。

2015-06-26 00:22:22
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

ふにゃりと。少女の目元がゆるく弧を描く。 もっと聞かせて、と。 ふわふわとした夢見るような声が言う。 子守唄をねだる子供のように。 小さな手で、あたたかく大きな手に触れて。 縋るように、身を寄せる。

2015-06-26 00:30:51
【刃】エクスィ @hexi_6_AO

──そうして。 龍の青年の口から、幾多の物語が語られ。 数多の物語が、きらめく湖面に映し出されて。 少女のこころに静かに降り積もり満ちる頃。 その頃には、少女はきっと、しあわせそうに、笑みを浮かべたまま。 紅玉のようなその瞳を静かに伏せて。 小さな寝息を、立てているだろう。

2015-06-26 00:33:23
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

幾多もの物語を語り。幾重にも魂を重ねて。 やがて穏やかな寝息を立て始めた少女と、ともに。 物語を映し出し、絆を描き、束の間の幻を現に見せた水面と。 記憶を辿り、魂を手繰り、時の栞をなぞった龍もまた。 いつの間にかの、微睡みへと。

2015-06-26 01:01:44
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

ゆらりゆらり、揺り椅子は揺れる。 ゆらりゆらり、水面も揺れる。 月の光が、淡く水晶の上を跳ねて。水底の玉石(いし)たちも、夢の中。 きらきらと眠りに落ちてゆく。

2015-06-26 01:04:00
【鞘】ル・レクタ @R_l_eqta

龍と少女が寄り添い、眠る、湖の畔を。 ぼう、と雪のような月明かりが。幾つも降っては、優しく照らしていた。 またそのうちに、新しい昼が来るだろう。 けれど今は。 この静けさの中で。

2015-06-26 01:06:49

 
 

【刃】エプタ @ept_Ao

それは、昨日も体感した感覚のはずだった。 目眩のように一瞬で全てが歪む。 個と全の境すら無くなるようなそれはすぐに途切れ。 ガタ、ゴト 規則的に響く音が振動が体を揺らす。

2015-06-21 20:13:07
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