日本海沿いの安宿で死んだ友人に会った8
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その中で困り眉の中年男性が、悲しげにラーメンを食していた。 「おいしいおいしいよお」 中年男性は念仏のようにそう唱え続けながら ただただ一心不乱に麺をすすりつづけていた。
2015-07-01 08:15:29ラーメンの汁は毒々しい油に汚れ 中には今まで見たこともないような得体の知れぬ肉が浮かんでいた。 彼はどんぶりの脇にデジタルビデオカメラを置き 下から仰ぎ見せる形で自分の食事風景を世間にさらしていた。
2015-07-01 08:19:34下から仰ぎ見せる形で自分の食事風景を世間にさらしていた。 「これをね、単に生配信するだけではなくてね、あとで動画としてネットにアップするんですよお」 中年男性はカメラに向けてそう語りかけた。 「そうするとね、引きこもりたちが喜ぶのです」
2015-07-01 08:22:28「自室を一歩外に出ることすらままならない彼らにとってはこんな寂れたラーメン屋に出かけるといったちっぽけな行動自体が逐一海外旅行にも等しく、だから私だって彼らの前ではヒーローになれるのです」
2015-07-01 08:26:59彼はそうやって問われもしないことを カメラ目線でとつとつとしゃべり続けた。 見ているだけで不幸がこちらへ憑依してきそうな 貧相な顔を彼はしていた。
2015-07-01 08:33:49「昔そんな引きこもりたちの中にね、一人の映画監督志望がいたのですよ。僕みたいなのはね、自分でとったビデオをyoutubeにアップして それで引きこもりたちに遊んでもらって自己満足するだけの 人生あきらめたアマチュアに過ぎないんだけど」
2015-07-01 09:01:16「でも彼は僕と違って、最後まで映画監督になる 夢をあきらめてはいませんでしたよ。正直彼のごとき引きこもりには 到底慣れっこないって腹の中では馬鹿にしてましたけどね。 でも最終的にはほんとうに後一歩のところまで登り詰めたのだから世の中わからない話で」
2015-07-01 09:04:12画面には時折ちらちらと、小学生高学年くらいの女の子が映っていた。 彼女は厨房にあたるスペースの中でスープをかき混ぜており 時折中年男性と目配せを交わしては その都度頷き、新たな配合を繰り返している。
2015-07-01 12:40:39本来ならばその場所には、頭に鉢巻をまいた同じく中年の店主か そうでなくとも誰か大人が納まっているべきところだが 黙々と作業を進めているのはあくまで彼女一人なのであり どこか「児童虐待」や「強制労働」などといった 不穏なワードが脳内に喚起された。
2015-07-01 12:41:25気味の悪い思いがした。 少女はその体に似合わぬ巨大な包丁で 何の生物のものなのかよく分からない肉をぶった切っては 次々鍋に投入していた。 その肉の表面は肌色をしていた。 ますます気味の悪い思いがした。
2015-07-01 12:45:08「それで彼は世界平和のためにドキュメンタリー映画を撮るのだといっていましたよ。 人類の幸福のための映画を撮影するのだと。本当に馬鹿なことを言うやつだと僕は軽蔑してたけど、 相手は引きこもりなわけだからね。ネット上におけるあたしのスタンスというものは」
2015-07-01 12:49:14「ボランティアで引きこもりの相手をしてくれるちょっと親切なおじさんというもので それによりネット上での地位と人気を得ていたものだから 僕はそんな彼のことをあくまでずっと猫をかぶって励まし続けていたわけです」
2015-07-01 12:50:56「それで彼はそんな男なものだから、どこか中東の紛争地帯に行きたいなどと息をまいていたのだけれど、当然資金もないわけです。彼はただのアマチュアなわけだから企業が援助をしてくれるわけもなく、最終的には路線を変更し」
2015-07-01 13:01:28「 身近に存在する災いであるところの、貧困にあえぐホームレスたちの生活状況を取材するとか言って一時期は張り切って裏町あたりに繰り出したりしていました。 だからその時には内からほとばしる情熱が、引きこもりであったはずの彼の病態を完全に改善させていたのです」
2015-07-01 13:04:51「それでまた3ヶ月ほど過ぎた後に彼とスカイプにて連絡を取り合うと、ひどくやせ細りげっそりした面持ちで 『おじさんどうにもだめなようです』 と弱音を吐くのです」
2015-07-01 13:26:00『ホームレス達の取材を行っているつもりだったのですが、そうしているうちに資金が底を尽き、今や自分自身がほーむれすにならざるを得ない勢いです。 だから僕はもう僕自身がホームレスに転げ落ちる映画を撮るしか道はないように感じるのです』
2015-07-01 13:37:50『ですがある意味それはドキュメンタリーの究極で、なぜならば 今もっとも身近にある現実を映し出してこそ 嘘偽りのないノンフィクションを描き出せるわけなのだから 考え方を変えれば僕にとってはむしろ幸運な事でした。 ここで自分自身の醜態をテーマにしない手はないわけなのですよ』
2015-07-01 13:38:15「そうやって彼は自分が朽ちていくセルフドキュメンタリーなぞを撮影していましたが、所詮素人の手遊びということもあり、これといって世間に取り沙汰されることもありませんでした」
2015-07-01 13:39:56「なんですけど、彼は妙にこじらせている部分があって、僕みたいにyoutubeにこそこそあげつらって満足していればそれでいいものの、下手に自分が撮ったお粗末な『映画』を、TSUTAYAやGEOなんかに持ち込んで、おいてくださいと頼み込み 案の定断られてたりしてたみたいなんですね」
2015-07-01 13:40:59「それで勝手に落ち込んでいるわけです。 その事実が僕をますます苛立たせた。 引きこもりの分際で、どこまで思い上がるのか いい加減に身の程を知れと、年甲斐もなく 理不尽な憎悪を募らせていったわけです」
2015-07-01 13:51:50「それからまた一ヶ月ほど経過しました。彼はどこで嗅ぎつけたものやら、日本海沿岸地域で競売にかけられていた、住宅地の家屋と家屋の間にある、まるで溝のような、縦80センチ×横5メートル程度のおよそ土地とも呼べないような土地を、極めて安価で購入したなどと報告してきました」
2015-07-01 13:56:28「『会社を建てるために土地が必要だったのです。知ってのとおり会社を作るためには所在地となる住所が必要なのですが、知ってのとおり今現在の僕は住所不定の無職ですからね。資金面から言うと、1,2ヶ月程度であればどこかの安アパートの一部屋を借りることもできたのですが』」
2015-07-01 14:00:54