山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換③】実態から程遠い「日本健全、アメリカ不健全、日本人働き蜂、アメリカ人レジャー本位」という印象批評

山本七平『1990年代の日本』/1990年代の日本/潜在化する意識の転換/日本健全、アメリカ不健全?/230頁以降より抜粋引用。
国際 勤労意識 1990年代の日本 不易 休養・休止願望 一揆的自律性 礼楽的機能集団 山本七平 精神構造 一揆的平等
山本七平bot @yamamoto7hei
①【日本健全、アメリカ不健全?】以上の点から見ていくと、 日本健全、アメリカ不健全、日本人働き蜂、アメリカ人レジャー本位 といった図式は少々、実態把握から遠いものと見なければならない。 ではアメリカのどこに問題があるのか。<『1990年代の日本』
山本七平bot @yamamoto7hei
②まず、 彼らの精神構造と社会の組織・構造が相対応して機能していないのではないか、 と思われる点である。 前にも記したが、こういう形になると日本人でも勤勉ではなくなる。
山本七平bot @yamamoto7hei
③もしそうなら、彼らの回復は意外に早いであろう。 アメリカ人は、法や組織・制度のドラスティックな改廃を少しも恐れず、この点では実に大胆な転換をやってきた歴史をもっているからである。
山本七平bot @yamamoto7hei
④この点では日本人は確実に遅れをとっている。 これをどうすべきかは、80年代後半から90年代にかけての問題点だが、これについては後述するとして、もう少し日米対比を進めてみたいと思う。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑤以上に指摘したような点では日米に余り差はなく、ある点ではアメリカ人の方がむしろ健全だといえるが、もし日米の現在の優位が、アメリカの制度・組織に問題点があるためでないとすれば、どこにあるであろうか。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑥それは勤労意識の内実の差にあるであろう。 これでも、アメリカ人の方がある面では健全でないかと思われる点もある。 次にその一例をあげると、 「従業員は自分のしている仕事がたとえ退屈で単純で環境が悪くてもそれを大事にすべきだ」 に対して次の結果が出ている。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑦…(引用省略)…これでみると、賛成はアメリカが高く、不賛成は日本が高い。 いわば「退屈で単純で環境が悪くても」雇用契約の義務は忠実に果たすべきだが、アメリカで、 「面白くもねえ、こんな退屈で単純な作業を、こんな悪い環境で、おかしくって、できるかい」が日本なのであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑧これは日本人が広い意味で、職場環境に大きく作用されることを示している。 前に「切腹と石油」である下請工場のことを紹介したが、一人で五役も六役も、こなしていく方が日本人は能率をあげる。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑨勿論それだけこなすには、機械の速度をぐんと落さなければ無理な訳だが、それをしても、高速機械での単純作業より能率があがるのである。 従って日本人に能率をあげさせるには、広い意味の環境整備が必須条件となるが、これはいわば「礼楽」的で、職場との情感的一体感を要求するからであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑩だが一人で五役も六役もこなすには、自律性と自己表現が要請される。 そしてこの点では、確かに日本人は、アメリカ人より優位にある。 次にその自律性について…(引用省略)…見ると日本の方が自律性が高いが、これもやはり、天地雲泥の差ではない。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑪しかし、自律性といっても、日本の場合はおそらく孤立的自律性でなく、職場の人びとの協調においての「一揆」的自律性であろう。 もしも本当に孤立的に、だれとも相談せぬ文字通りの自律であったら、職場で浮きあがってしまう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑫おそらくそれは、まことに伝統的な一揆的平等の中における自律性であり、自律的に協調を保って、自律という意識を保持しつつ仕事を行っていくということであろう。 これがアメリカ人の自律性と果たして同じかどうかは問題があるが、いずれにしても自律性が高いということは言いうる。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑬そしてこのことは次の「従業員は、自分の仕事をもっとよいやり方でやるために、いろいろ工夫すべきだ」とも関連する。 …(引用省略)…確かに日本が高いが、その差も余り大きいとはいえない。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑭…引用はこの辺でやめるが、しかしこれで見ると日本とアメリカの差は決して、マスコミの印象批評ほど強くはないし、それらの記事は確固たる根拠があるわけではない。 しかしそれが定説のようになってしまうのは、日本の方に休養・休止願望があり、それを先方に投影しているからであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑮と同時に「不易」を失うと情報を正確に受け取ることができなくなるという面もあるであろう。 これを考えると、90年に向っての課題の一つは、さまざまな面における完全な調査に基づく国際比較資料を整備して、印象批評的な国際観から脱却することであろう。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする