【心中天の網島】木ノ下裕一の補綴日誌まとめ
- KINOSHITAkabuki
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【補綴日誌5】7/1(水)。「紙屋内」に手をつける。「河庄」よりも〈やりやすい〉のは物語の骨子がしっかりしているからか。また、幸か不幸か歌舞伎での上演が稀な場であり、歌舞伎的肥大化(型の多様化)を免れているせいで、こちらも幾分か考えやすいのかもしれない。これについては良し悪しで、
2015-07-04 04:28:41【補綴日誌4】(メモ)「河庄」は群像劇。「心中天の網島」はコミュニティ喪失(消滅)の物語か(?)。治兵衛の〈幼稚さ〉をどう扱うかが肝。それぞれのキャラが立つと面白くなる。原作を生かしつつ、歌舞伎台本も時には参照。モスカフェのカレーは美味しい。などなど
2015-07-01 00:52:54【補綴日誌3】三時間「河庄」と格闘した結果、つくづく原作はよくできたテクストだと思う。伏線の張り方が豊かなのに、無駄がない。それでいて、核心部分の解釈は読み手(第三者)にゆだねられているという、懐の広さ。大まかな「河庄」の補綴方針は見えてきたところで一時中断、明日は「紙屋内」に。
2015-07-01 00:44:57【補綴日誌2】しかも『心中天の網島』は、人形が三人遣いになる以前の作。ざっくり云うと演劇性よりも音曲性が強い。これがまた厄介。外国語(古典)の詩のついた一曲の音楽(浄瑠璃)を、和訳(現代的感覚で訳)しつつ解体し、さらに演劇の台本へと仕立て直していく作業なのですね。
2015-07-01 00:39:11【補綴日誌1】今日の補綴は、主に「河庄の場」。浄瑠璃を劇化する作業には、想像以上にアクロバティックさが要求されることに今更ながら気が付く。歌舞伎の改作「心中天網島」がいかに、現場的必然性を帯びて作られたものであるか、体感的にわかりました。やみくもに批判すべきではないですね。
2015-07-01 00:33:37今回の『心中天の網島』では、思うことあって【補綴日誌】をつけることにしたのですが、本番をご覧いただくにあたって、何かの足しになれば幸いです。読み返してみると誤字、文章のつながらない箇所多し。いちいち直すと、余計にややこしくなりそうなので、あえて、直さないことにします。ご容赦。
2015-07-03 02:55:50