黄昏町の怪物。

診断メーカー『黄昏町の怪物』。 黄昏の町の探訪記です。
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門倉丁 @hinoton

物陰には、既に誰もおらず。 その一角には、ひとかけの気配すらも立ち消えて。 冷たい風が、すり抜ける。 何も思わなかった、わけではないけれど。 せめて、救いになってればいいなと。 一瞥して、その場を立ち去ろうとする。 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:14:05
門倉丁 @hinoton

すると、ぬっと目の前に出てくるちいさな手。 広げられた手はゆらゆら、ゆられていて。 「や!」 鉢合わせするような形で。 白衣のちみっこが、そこにいた。 お約束的にもう一方の手には、フォークがきっちり握られてる。 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:15:45
門倉丁 @hinoton

「……や」 一瞬面食らう。 何拍位か置いた形で、ようやく相手の声に応対する。 「くらいぞー♪」 「そう?」 「くらうぞー♪」 「ソレハヤメテ小鬼ジャナイデショ」 何を歌ってんですかおちびさん!! #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:18:29
門倉丁 @hinoton

「ぇーだって~。カゲカゲの君ボクの実証に付き合ってくれないじゃーん」 フォークにだっこする形で、ぶーぶーいってるちみっこひとり。 「当たり前です何が好き好んで無惨に死にたいと思いますか。  それともおちびさんは、逆に無惨に死んでみたいかい?」 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:20:04
門倉丁 @hinoton

なんかう~ん? て顔をしてるので、そのまま続けざまに続けていく。 「“死ぬ”って、ことばにしてみたら簡単だけど。  拷問死やなぶり殺し、トラウマさらけるココロを引き裂かれるようなのも。  何度も何度もたっぷりと。時間をかけてたくさんだよ」 「それは、いやかも」 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:23:26
門倉丁 @hinoton

無残に死ねば、魂は多く減るって、つまりはそういうことなわけだ。 ぽくぽくちーん、な死に方や、死んだことすら気づく前の滅ならば それは安楽で救いはあるかもだけれど。 よりにもよって無惨な死を、わざわざ受けたいわけもない。 「ということで、ご勘弁ください」 「ぅ」 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:24:50
門倉丁 @hinoton

ちょっとぶーたれてはいるんだよなあこのおちびさん。 しかたない。 にこっと、朗らかな笑みを浮かべては。 すこししゃがんで、彼の背丈に目線を合わす。 「あんまりこだわってると、ほんとーに。  自分が思いつく限りの、“無残な死”をキミに与えるからね?」 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:26:58
門倉丁 @hinoton

無邪気に、朗らかに。 そう、言った瞬間。 まるで野良猫がびっくりして弾けるみたいに。 ちみっこがぴゃっと、逃げ出しました。 #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:27:19
門倉丁 @hinoton

吾妻 八空(あずま-やそら) 【魂12/力13/探索4】 異形数5:烏羽(探索+1)/竜尾(力5)/鬼腕(力5)/三ツ目(力1探索2)/複口(力2探索1) 所持:実×4。宝石×1(双方死亡時消失なし)。 死は 30 と 9たび おとずれています。  #黄昏町の怪物

2016-01-09 23:28:41

――191にちめ。

門倉丁 @hinoton

[裏町]鉄塔の先が、真っ白な月に向かって伸びている。《力10以上かつ探索4以上で異形『烏羽』を所持の時、黄昏町からの脱出成功》 #黄昏町の怪物 shindanmaker.com/562373 ……!

2016-01-10 00:06:43
門倉丁 @hinoton

[条件合致]、黄昏町からの脱出成功。

2016-01-10 00:07:05
門倉丁 @hinoton

わー、わー、わー!!? 191日ですよ、もうだめかと割と真剣に思ってたしお通夜も何度したかわからないけれど、わー!!? 脱出、成功した―!!? しかもノーロストだ!!?

2016-01-10 00:07:45
門倉丁 @hinoton

逃げ遠のく背に、ため息をひとつ。 そのままその場で踵を返し、歩みを進める。 ――鉄塔へ。 場所は、おおかた把握してるんだ。 あとは、その場所に行くだけだ。 はやる気持ちを抑えながら。 忍び足で、街を駆け抜ける。 #黄昏町の怪物

2016-01-10 23:11:32
門倉丁 @hinoton

小鬼に、会う分には問題ない。 ある程度の、怪物に逢う分にも、ある程度は。 だけど。 八咫の羽ばたきや、植物の襲来は。 さすがに、たいへんだ。 なんとか、できたにしても、できるだけ避けたくて。 奔って、翔けて、駆け抜けて。 #黄昏町の怪物

2016-01-10 23:13:39
門倉丁 @hinoton

――駆け抜けて。 ――そこで、足を、停める。 見上げる。 圧倒されるくらいの、静かで荘厳な。 鉄塔の先が、真っ白な月に向かって伸びている。 その、光景を。 #黄昏町の怪物

2016-01-10 23:16:02
門倉丁 @hinoton

見上げれば、そんなつもりはないのに。 ほろりと、涙がひとすじ、伝って毀れる。 鉄塔の先を、その先の白い月を。 掴むように、手を掲げる。 “これ、で――やっと――” ……………………。 …………。 ……。 #黄昏町の怪物

2016-01-10 23:18:04
門倉丁 @hinoton

吾妻 八空(あずま-やそら) 【魂12/力13/探索4】 異形数5:烏羽(探索+1)/竜尾(力5)/鬼腕(力5)/三ツ目(力1探索2)/複口(力2探索1) 所持:実×4。宝石×1(双方死亡時消失なし)。 死は 30 と 9たび おとずれています。  #黄昏町の怪物

2016-01-10 23:18:28

 

 まるで、天使の輪のような。
 うすらぼんやりした、光を感じる。
  
 ――ピッ、――ピッ。
 
 初めて聞いたような。
 いや、いく度か、聞いたような。
 規則正しい、電子音。

 時計の針の音。
 点滴が、ゆっくりと落ちるしずくの音。

 躰の中に、冷たい何かがしみ込んでいく感触。
 まるで小さな氷の結晶を乗せたような、空気の冷たさ。

 ずいぶんと小奇麗な、シーツの香り。
 少し遠くにあるのだろうか。
 水の、花の、生きている甘い香り。

 それらいろいろが、ぼんやりと。
 そしてだんだんと、はっきりと。

 
 自分へ沁みていくように、知覚していく。

 
 目を、開けようとして。
 でも、うまく開かなくて。

 声を、出そうとして。
 口を透明なマスクで覆われているのに、気付く。

 自分で息をしようとして、それもままならず。
 充てられているマスクが、躰につながるチューブが、配線が。
 自分の代わりに、自分の躰を呼吸させている。

 
 ――なんだろう?

 手のひらに、なにか握っている感触がある。
 落ちない程度に、手に握る形でくくられていて。
 親指が、なにかボタンのようなものが掛かっていて。
 

 ――ぎゅっ。
 ――押してみる。

 
 なにも、起きない。
 

 力の限り、押してみたけれど。
 なにも、起き――
 

 バタバタバタ――
 

「さっきのナースコールのサインって、ヤソラの病室ですよねっ……!」
「あの病院内ではお静かにお願いします、患者さんに障り」
 

 ジャアアアア――ッ。
 
 
 規則正しさや静寂をやぶるように。
 部屋? に誰かが、飛び込んでくる。
 自分の周りを覆っているカーテンを、乱雑に開けて。
 
 
「――ヤソラ!!」

 

 


*Epilogue

 大きく息を、ついて吐く。
 少し前まで、まるで雪のかけらが混じっているかのような澄んで冷たい感触だったのに。
 今は若い芽や碧い葉が乗っているような、そんな感じが舌を、鼻をくすぐっていく。
 

「あ……ヤソラ、足元に石。危ないよ」
「ぇ、あっ!?」
 

 石を踏んだ?
 そんな感触が靴底からしたと思えば、ガクリ。
 足への力がいきなり途切れ、たたらを踏む。

 そのままほっといたら、顔から地面に激突するところを。
 なんとか。
 手をついて、アキに縋って、耐える。

 傍らで介助してくれている、アキの顔が。
 少し、呆れをおびている。

「ほら、いわんこっちゃない。
 ほんとはまだまだ、外を歩くとか無茶もいいところなんだよ?」
「あ、うん。わかってる」
「……。その服、ひとりで着るのだってたいへんだったっていうじゃない」
「うん」

 わかってる。
 ものすごおおおおい、わかってる。

 けれど。
 でも。
 

 気持ちの区切りとして、来たかったから。

 

 半年強。
 あの事故から、既にそれだけ経っていて。
 

 つまりは。
 それほどに長く、自分は生死の際(きわ)を。
 あの逢魔が時を、さまよっていたようだった。
 

 事故に遭ったのは、たしか初夏。
 それから、手術をして、小康になって。
 1度は退院して、自宅療養にもなったそうだ。

 でも危篤になったり、小康になったり。
 ICUにも何度も行ったり来たり。

 ……手術も、けっこう、あったそうで。
 ……当然のように、自宅では視てられるわけもなく。
 ……病院に、逆戻りで。

 アキがベッドのカーテンを開いたあのときには。
 ナースコールを押したそのときには、既に年はとうに明けていた。

 
 遷延性意識障害。
 いわゆる“植物状態”とよばれる、昏睡状態へと陥って。
 そも、意識が戻るということ自体、奇跡的なこと――らしい。

 リハビリを開始して、だいぶ経つ。

 一応これでも、合気道をやっていて。
 躰の運用は、ひとにくらべては得意な方だとは思ってる。

 だからといって。
 半年強も寝たきりでは躰の筋肉なんて萎びてる、うまく動くわけはない。

 さすがに事故に遭う前みたいに、跳んだり跳ねたりなんてはまだ全然。
 とうぜん、試合なんて無茶もいいところ。

 だけど、それでもこうやって話せるように。
 介助が前提になってしまうけれど、歩けるように。

 めざましい速度で、回復してきている。

 それこそ、――まるで化物みたいだ、と。
 おののかれるくらいの回復のしかた、なんだという。

 もっとも、そのリハビリは。

「地獄での苦しみや再生、どっちがつらいかなあ……」
「しらないそんなの。だいたい生きて戻れただけめっけものじゃないかな、ヤソラの場合」
「え?」
「え?」

 あれ、声に出してた?

「……まーね」
 取り繕うように、笑みを浮かべてごまかすと。
 小さく肩をすくめてため息をつく、アキの顔があった。

 

「で、どこに行きたいんですか、ヤソラさん」
「ちょっとまって……さすがにお墓に地図なんてないから……素直に管理人さんに……」
「わかったちょっと待っててそこ動かないで、管理人さん呼んでくるから。
 ……動いちゃ、ダメだよ!」
「ハイ」

 ぽつねんと。
 墓地の一角にあるベンチに座らされる。
 何の気なしに首を傾け、空を仰ぐ。

 空は、抜けるような青い空。
 眩しい位に照らす陽の光の中で、時折通り過ぎる、鳥の影。
 流れてくる薄い雲。

 目を閉じれば、そよぐ風の感触がよくわかる。
 動いてる、移ろいでいる。
 ……いきている。

 ……戻って、これたんだ。
 ……現世(うつしよ)、に。

 生死の際(きわ)に、とらわれて。
 さまよいつづけて。

 悪意に、脅威に、誘惑にさらされまくって。
 おそわれて。

 絶望を突きつけられても、ままならなくても。
 出口が、見えなくても、捕まえられなくても。

 諦めずに、折れてもめげることもなく。
 自分を、貫いたまま。

「ヤーソラー」
 掛けられた声で、思考を遮られる。
 目を開ければ、大きく手を振るアキの姿。
「管理人さん連れてきたよー、ちゃんと聞ける―?」
「あ、うん。だいじょうぶ、ありがとうー」

 
 ……………………。
 …………。
 ……。

 
 名もなきお墓、無縁仏と呼ばれるお墓。
 拝石の前に立ち、目を閉じて、両手を合わせ。

 ココロの中で、頭の中で。
 あの逢魔が時にあった、さまざまな人々を思い浮かべながら。
 感謝と、祈りと、そして願いの黙とうをささげる。

 
 自分は、こちらに戻ってこれた。
 でも、そこでおわりじゃない。

 その後が、ここからがほんとうに大変で。
 もしかしたら、彼ら彼女らの言う通り。
 目覚めることもなく、あの逢魔が時に居続けたほうがずっとラクなのかもしれないけれど。
 それこそ眠るよう、何の苦労もなく往けたのかもしれないけれど。

 
 次に、あそこに往くときは。
 たくさんたくさんこちらでもがいて、苦しんで。
 傷ついて、抵抗して、あえいで、血反吐を吐いて、泥水を啜って、ばかにされまくって。

 そしてたくさんの苦労を、わらって、泣いて。
 清濁色々すべて呑みこんだ上で、楽しんで。
 それが、自分の歩む道だと、自分だと貫きつづけたんだと。
 

 目を開ける。
 ぺこりと、墓へと再度、一礼する。

「気は済んだ?」
「ん」
「じゃ、リハビリ。いきましょうか。覚悟はよろしいですか、ヤソラさん?」
「カマン……ッ」

 
“――じゃあ、いくよ”
 いっしゅんだけ振り返り、そしてすぐ視線を戻しては歩み始める。

 
 次に、あそこに往ったときには。
 不安やうれいなんかひとかけもなく、笑って言ってみせるんだ。
 でもそれは、もっと、ずっと、ずっとあと。

 今なんかでは想像もつかないほどの。
 ずーっとずーっと、ずっと先。