雨季 ※界隈まとめ

残しておきたいもの その1
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スリ @_pick_pocket

(長く続く雨季のとある日、目覚めた少年の片足は泥水に浸っていた。庇の向こうでは雨が降っている。少年はその不快感に舌を鳴らし、適当な襤褸で棒のように細い脚を拭こうと試みるも、起こした上体がぐらりと揺れた。) 「…………あ?…………ンだこれ、」

2015-05-30 22:04:40
スリ @_pick_pocket

「だりィ、くそ、風邪かよ」 (気温が低くないとは言え、雨風に晒される体を守ってくれるのは壊れかけの庇だけだ。知らず知らずの内に風邪を引いていたらしい少年は酷く暑い額に手を遣る。今日はスリを働けそうにないが、食べ物を見繕う金もない。少年は毒付いた。)

2015-05-30 22:13:01
新聞屋 @gossip_n_p

「あ、蚊」 「手で潰すなよ」 「わかってますよ、三日熱予防ですね」 (耳障りな高音で喚き飛ぶ虫の姿を認めた女は、古新聞を筒状に丸め爽快な音と共にその音源を絶った。じめじめとした日の続く雨季は虫が湧き、時には伝染病を媒介するような虫が平気な顔で近くに寄って来ることもある。)

2015-05-30 22:18:12
スリ @_pick_pocket

「ふー……っ、はぁ、……うげえっ、」 (熱に浮かされた少年は体を横たえたまま頭痛と吐き気に苛まれていた。喉どころか体全てが乾いたような感覚に脳は水分を求めるものの、水を探しに行く体力はない。仕方なく、足元の泥水の上澄みを啜ったのだが、不味さに惨めさが相まって戻してしまった。)

2015-05-30 22:23:08
新聞屋 @gossip_n_p

「でも、三日熱って治るんでしょう?」 「早期の治療が出来たらの話だ。2日周期で高熱が出るサイクルが三回続くが、三度目の高熱が出た患者の殆どは死ぬ。それまでに治さなきゃいけない」 (男の話を聞くと、女は紙に包んだ蚊の死骸を直ぐさま屑篭に放り投げた。)

2015-05-30 22:29:53
新聞屋 @gossip_n_p

「今年も随分死ぬだろうな。……お前も気を付けろよ、免疫なんて持ってないだろうから」 (男は窓の外を覗き、裏路地の方へと目を遣る。医療の整っていない地域では、昨年も三日熱による死者が多数出た。その殆どが体力の無い女、子供、老人だったと記憶している。)

2015-05-30 22:35:21
スリ @_pick_pocket

「ぎも、ぢわりッ、……う、お"ぇッ」 (ここ数日はろくなものを口にしていないため、吐くものなど何もない筈だった。しかし、胃をひっくり返そうとする生理的な動きは止め処なく少年をえずかせる。口に残った砂利と胃酸が不快感を催させたが、それらを器用に吐き出す気力もない。)

2015-05-30 22:41:05
政治家 @_politician_q

「抗マラリア薬の予防投与、ペスト予防のワクチン接種、ネズミ駆除……」 (彼は数枚に渡って記された、公衆衛生に関する書類を机の上に放り投げる。その口元の両端は歪み、瞳の奥では鈍い光が瞬いていた。) 「金持ちは医者に掛かればいい。貧乏人を流行病から守るための金なんて、必要ないな」

2015-05-30 22:46:23
香辛料屋 @spice_shop_q

@_politician_q 「悪い人だなー、スティーブ先生は」 (そんな政治家の姿を横目で見ながら、胡桃色の髪の青年は受け取ったばかりの札束を満足気に数える。勿論、伝染病対策の為に徴収された税金だ) 「市民から巻き上げたお金なんて渡してさあ、そんなに俺と仲良くしたいの?」

2015-05-30 22:53:33
政治家 @_politician_q

@spice_shop_q 「君も私と仲良くしたいんだろう?」 (青年が札束を鞄にしまい込む姿を目に留め、彼はまたしても不敵な笑みを覗かせる。) 「期待しているよ、その金は好きに使うといい。どうせ予算通りに使ったところで、クズ共を永らえさせるだけだ。」

2015-05-30 22:59:04
スリ @_pick_pocket

「……さん、かあさん、」 (名前も顔も、本当に存在したかも知らぬ母を譫言で呼び求める少年の頰に甲高い音を響かせながら蚊が止まり、血液を吸っている。四十度近い高熱は少年の体を蝕み、脳をも溶かす。泥の中で生涯を閉じようとする少年の姿は、この時期の此処らでは何も珍しい話ではない。)

2015-05-30 23:05:46