チョコレート粉砕機#1

新たに開発された「見えない兵器」がテロリストに奪われた! 絶望的な状況で奮闘する研究者と婦人憲兵の話です。 #2はこちら http://togetter.com/li/848093 #3はこちら http://togetter.com/li/848540 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

憲兵庁は帝都の治安機関だ。と言っても、実質的に帝都の治安を司っているのは魔人や魔王といった魔法使いだ。治安機関は何度も名前や所属を変え、分散し、まとめられ、実際に市民が何を頼ればいいか混乱するまでになっている。あくまで今回の名前は憲兵庁だ。その建物は歩いてすぐだった。 22

2015-07-15 18:31:07
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ルーデベルメ工廠の研究所から歩いて憲兵庁の庁舎に向かう。街並みは華やかなイベントの……チョコレート贈呈の活気にあふれ、暗く押しつぶされそうなエリオの心を浮き彫りにした。まるで別世界の出来事のようだ。エリオにはチョコを贈る相手もいないし……贈られたこともなかった。 23

2015-07-15 18:33:06
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エリオは憲兵庁のゲートをくぐった。広いホールには無造作に引越しの荷物が置かれ、まだ封も切られていない。スーツ姿の公務員が右往左往していた。その中で、一人浮いている人物がいた。まるで砂の中に埋もれた一個の宝石のように、群像の中で彼女の輝きは埋没することは無かった。 24

2015-07-15 18:35:49
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彼女はエリオを見つけると、手を振って彼を招いた。どうやらエリオを知っているらしい。ということは、今回の見えない兵器の対策班の一人であろう。エリオは挨拶をした。「こんにちは。このたびは私の開発した……」 「余計な社交辞令は抜きにしましょう」 彼女は言葉を冷たく遮る。 25

2015-07-15 18:39:38
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「私はミヒルと言います。見えない兵器対策班は現地に赴いています」 「現地?」 「犯行グループの足取りを掴みつつあります」 なるほど、兵器は見えなくても人間は見える。それを追えばいいのだ。帝都の魔法は完全に帝都の魔法使いの支配下にある。痕跡を辿ることは可能だ。 26

2015-07-15 18:45:37
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「夕飯は食べましたか?」 そう言えば、もう夜の10時だ。エリオはろくな食事を取っていなかった。「いや、何も食べていない」 「はい、これ」 ミヒルは小さなチョコを差し出した。思いがけないチョコの贈呈だ。「丁度余っていたんです。こういう季節ですし。食べ飽きているでしょうが」 27

2015-07-15 18:48:01
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「食べるものも食べなければ、足を引っ張ることになります」 ミヒルはチョコを乱暴に手渡すと、エリオを車庫へと案内した。ミヒルが冷たいのも無理はない。ルーデベルメの発明品は、あらゆるトラブルを引き連れる。それが市民の評判だ。爆発、暴走。当たり前。エリオは申し訳なくなる。 28

2015-07-15 18:49:56
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憲兵の装甲車で現場に急行する。どうやらアジトの場所が割れたらしい。だが、このまま間抜けにも捕まるテロリストとは思えなかった。テロリスト。そう、犯人の目星はすでに付いているという。ミヒルは彼らをエシエドール革命軍だと言った。代表的な反政府組織である。 29

2015-07-15 18:52:29
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3キロほど移動して車は止まった。意外と近くに潜伏していたようだ。灯台もと暗しとはよく言ったものだ。すでに憲兵の特殊部隊が空きビルを包囲していた。 辺りは普通のビジネス街だ。テナントには様々な種類の事務所が詰まっている。飲食店は少ない。今は、通行人も隔離されていた。 30

2015-07-15 18:55:16
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「データはあなたの上司から頂いています。貴方は不慮の事態に備えてください」 何もできないとは言えない。少なくともあの兵器にいちばん詳しいのは世界でたった一人、自分だけなのだ。憲兵は物量を重視して突入する作戦のようだった。死んでも教導院が蘇生してくれる。 31

2015-07-15 19:00:40
減衰世界 @decay_world

エリオは自分が死ぬのはごめんだったが、政府の手足のように使われる憲兵たちは、物のように死んだり蘇生したり、その結果廃人になったりする。政府は何も思わない。そもそも政府の人間は全員魔法使いなので、市民がどうなろうと気にすることはないのだ。憲兵たちはたくさん死ぬだろう。 32

2015-07-15 19:02:34
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見えない兵器の殺傷性それを上回るのだろうか? 突入する憲兵隊。その集団が弾け飛ぶ。内部からの衝撃ではない。外部からだ。「狙われている!?」 「ビルの外だ! 物陰に隠れろ!」 慌てふためく憲兵隊がエリオの場所からでも分かった。兵器はすでに他の者の手に渡っていたのだ。 33

2015-07-15 19:06:09
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「どういうことなの?」 「透明化の呪文だ」 慌てるミヒルと対照的にエリオは落ちついていた。完全に身体を透明化した第三者に兵器を持たせることで、攻撃者は完全に消えてしまう。それこそがエリオの想定した使用方法であり……エリオの最も恐れていた事態でもあった。 34

2015-07-15 19:07:02
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――チョコレート粉砕機#1 (了) #2へつづく

2015-07-15 19:07:22