「見捨てられた初期被曝」を読んだ感想のようなもの

まとめました。
原発 震災
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あざらしサラダ @azarashi_salad
遅くなったがstudy2007さんの著書「#見捨てられた初期被曝」を読んだ感想など
あざらしサラダ @azarashi_salad
2011年3月11日、都内で仕事中に関東・東北大震災に遭遇した私は、その夜は帰宅難民になるのを避けて職場に泊まり込み、翌日の昼過ぎ、交通機関が復旧してから川崎市内の自宅に帰宅した。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
その後はテレビやネットで情報を収集し、福島第一原発が次々と爆発した事を知る。事故現場からは放射性物質が撒き散らされているだろうと当然のように思ったが、そのような情報は報道からは余り伝わってこなかった。#見捨てられた初期被曝
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当時の状況について筆者は、本書の中で一貫して「初動対応の失敗」を指摘しており、これについては私も全く同感である。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
例えば本書の「はじめに」では『福島の事故で住民避難と被ばく防御に対処しきれなかったことを反省し「対処するためのしっかりした指針を整える」のではなく、「対処しなくても済むゆるい基準への書き換え」を行おうとしているにすぎません』と指摘する。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
さらに汚染された農産物の出荷制限については、第一章「#見捨てられた初期被ばく」において『出荷制限の指示に事故後10日以上要し、かつ、あくまでも「要請」にとどまったことは明らかな初動対応の失敗』と指摘する。
あざらしサラダ @azarashi_salad
こうした「初動対応の失敗」の極めつけとして筆者が着目するのが『今回の事故の初期対応では、スクリーニング基準値は従来の1万3000cpmから10万cpmに急遽引き上げられ、ゆるめられることになります』である。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
そして第二章「変質したスクリーニング」以降では、この「スクリーニング基準値の大幅な規制緩和」が何を意味するのか、またこの規制緩和が「誰」の「どのような判断」で行われたのか、について厳しく追及していく。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
例えば『事故後引き上げられた10万cpmが論外だったことは言うまでもありませんが、そもそも1万3000cpmという国内でのスクリーニング基準値そのものが若年者に対して十分に安全だったとは言い難い』と批判する。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
その理由として筆者は、第二章で次のとおり説明している。 『1000cpmというカウント数は、通常時のバックグラウンドと比べれば概ね10倍程度に相当』#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
『WHOのガイドライン(若年者には甲状腺等価線量10mSv、表面線量4Bq/cm、およそ1000cpmに相当)に準ずれば、メルトダウンの可能性が指摘された3月11日夜の段階で少なくとも100km圏内の若年者、女性に対する避難勧告と、それが困難な者には屋内退避の指示が必要』
あざらしサラダ @azarashi_salad
『これ(10万cpm)は通常のサーベイメータの上限値で、1歳甲状腺等価線量1000mSvも上る被ばく水準を意味します。10万cpmを超えるとサーベイメータの針が振り切れてしまい、どの程度の被ばくかわからなくなる』#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
しかし原子力安全委員会は、3月20日付でスクリーニング基準値の変更を行い、翌21日には厚生労働省から各自治体宛に「新基準」が「事務連絡」される。震災がれき広域処理でも同様の事例があったが、多くの国民が知らないうちに恐ろしい規制緩和が行われていた。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
こうした政府の対応について筆者は『汚染の拡大防止や甲状腺がんなど確率的影響への防護措置は完全に抜け落ち、対応できない事故への形式的な追従と政府による後付けの正当化がなされているにすぎません』と厳しく批判する。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
そして10万cpm未満の被ばくが、「実害」ではなく「心の問題」にすり替えられていく経緯について、時系列を追って紐解いていくのである。このあたりの展開も震災がれき広域処理で見てきた光景である。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
「被ばく被害」が矮小化される原因として筆者が指摘するのが『「過酷事故は起きない」「五重の防護」といった旧来の安全神話は完全に崩壊し・・・事故後わずか数日で基準値のほうを引き上げ、「問題はなかった」とする新たな安全神話が発明されました』だ。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
そして『事故直後、避難住民は「寒さか被ばくか」の選択を強いられ、初期被ばくは見捨てられました。今、政府は「故郷か被ばくか」という二者択一の議論を演出することで「安全な場所への移住」という賠償責任を放棄しようとしています』と現状を説く。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
「食べて応援」「みんなの力でがれき処理」「絆」、これらの背景では常に「現状追認型の基準値変更(規制緩和)」「新たな安全神話の創作」『「実害」が「心の問題」にすり替えられる』、こうしたものがつきまとってきた。#見捨てられた初期被曝
あざらしサラダ @azarashi_salad
私たちは、いつまでこうした同じ光景を見つづければよいのだろうか、と考えさせられる一冊である。#見捨てられた初期被曝

コメント

ケロ爺 @kero_jiji 2016年1月8日
何が行われ 何が蔑ろにされ 何が有耶無耶にされ 何が誤魔化されたのか 「見捨てられた初期被曝」
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