映像メディアのデフォルメとは。好き嫌いの理由とは。思いつくままに。

細田作品がテレビ放映されるたびにTLを賑わす「アレがない、コレがない」とか「あそこはダメ」という意見に紛れる「俺好みじゃない」という感情の正体考察です。
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ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

細田監督作品がテレビにかかるたび、やれ「演出の穴が」「リアリティが」みたいなツッコミが乱立する。ファンタジー…てかフィクションそのものに対する耐性というか下地が幼いのかなあ、という気分に。出来たモノから逆算して穴探すてのは本末転倒。表現に辿り着くまでの取捨選択は作り手の役目だよ。

2015-07-20 21:26:53
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

(承前)絵一枚描くのにもデフォルメがあるように、映像作品にも省略されデフォルメされたモノはある。仮に「劇中事実」「劇中時間」とでも呼ぼうか。「起こってるはずの事実と時間」であるシーンやカットを飛ばすコトで監督独自の作品が表現として実を結んでるんだよ。そこを「無い」とは言わない。

2015-07-20 21:31:02
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

(承前)省かれた部分は、自分の経験や勘で埋めてシーンやシークエンス、作品全体を捉え直すのが観客で。そこで「無い」ところに気を取られるんじゃなくて、ゴールまでの道筋に点々と「ある、劇中事実・時間」がなぜ、他のそれに優先して選び取られたのかを考えるのがフィクション鑑賞だと思うのよね。

2015-07-20 21:35:12
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

(承前)そうして作品を眺めれば、映画の最初から最後までの流れの中で、全体としてもカット割りにしても、カット・シーンの長さ(時間)にしても、自分とは生理的に決定的に合わないデフォルメがあると思う。あっていい。ないと困る。それこそ監督と自分が「違う人間」であるコトの証明なのだから。

2015-07-20 21:38:18
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

(承前)でもそこでどういうワケだか、その「違い」をさも映画全体としての普遍的な法則かのように断罪する人がいるでしょ。でもね、それは一観客の「好み」でしかないのよ。理由はいくつかある。テメエの経験が量・質ともに少ない場合や、テメエの経験や人生が監督のそれとかけ離れている場合とか。

2015-07-20 21:42:25
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

(承前)この、ある作品が「自分と合う/合わない」とか「成立している/いない」は全く別個の問題だけど、混同して「あの作品はダメ」「あの監督はダメ」とやらかすのは、嫌いな食べ物を口にして逆切れする幼児みたいだから、やめた方がいい。それはフィクションを楽しむ素養の蓄積不足に見えるから。

2015-07-20 21:47:07
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

(承前)じゃあどうすればいいかっていうと、ココは俺の個人的な方法なので、誰彼にオススメできないけども…まずシンプルに「俺はこの作品を誤解している」くらいの目線から入る。そうして自分の琴線にかかる表現の断片を逃さず拾っていく。この方が、一々腹が立たないし、恐らく精神の健康にいいよ。

2015-07-20 21:49:31
ふりーく北波(Hideyuki KITABA) @nami_happy

@miz_ryosuke ありがとうございます。そんな俺でも、映画『DEVILMAN』とAT-X『魔獣戦線 THE APOCALYPSE』についてはそれはもう誰に止められようがたしなめられようがなだめすかされようが地獄の底まで悪罵しても冷めやらんですけどねっ(^^)

2015-07-20 21:58:11