だから、ワガママで退屈に飽き飽きした現代人は、ときどき覗いてみたくなるんでしょう。「自分にとってのイミや客観性とは無関係に、ただいろんなモノがそこに存在して、すべてがスキ勝手にその存在を謳歌する世界」を。オカルト・ブームなんか、まさにコレですわな。
2010-03-08 02:09:44そして、そんな「古代の目線」から見る世界は、凄まじくヴィヴィッドなのだと、私は思います。人間の「解釈」をすら許さない、人智を超えたエロスとタナトスが、人を取り巻りまいている世界というのは。
2010-03-08 02:12:05私はFTの本質というものを、ここにこそ感じます。要するに、ボクら帰りたいんだ。近代理性以前の、ナマのままの世界へ。そして、そこを自由に闊歩してみたいんだ。
2010-03-08 02:13:58『指輪物語』のファンの方なら、ちょっと思いだしてみてください。初めて読んだときは「タルぃなぁ」と思った、あのホビット庄の、みずみずしい夜明けの描写。何度も読めば読むほど、ああいう部分に「離れがたさ」を感じるのは、なぜ?
2010-03-08 02:16:29実際、束教授自身も言っています。「この物語に唯一欠点があるとすれば、それは短すぎることだ」と。けだし、卓見です。俺はあのみずみずしい世界を、「読んだ記憶」になど、したくなかった(^^)。
2010-03-08 02:18:38そして興味深いことに、こうした本質を鋭く突くFT文学には、ある傾向が見られます。そう、「終わってしまう」のです。小説がではなく、作品世界が。
2010-03-08 02:19:32『指輪物語』は、まさにこの好例でしょう。「1つの指輪が滅ぶとき、3つの指輪とエルフの世もまた終わり、人間の時代がやってくる」。この結びの意味するところは、もはや明らかといえません?
2010-03-08 02:20:43善きにせよ悪しきにせよ、人智を超えて「そこに存在していた」モノが、永遠の円を描く時間のなかに佇んでいた時代。それは「人の世」となったとき、消えてゆく定めにある。
2010-03-08 02:22:02実を言えば、かの『エルリック・サーガ』も、構造的にはまったく同じです。「混沌」が大きな力を持っていた世が終わり、「法」=ロジック、つまりは理性の時代がやってくるのですから。まあ、そこに1片の「邪悪」が残るあたりが、ヒトが悪いんですけど(^^)。
2010-03-08 02:23:35いずれにせよ、我々現代人は近代理性の申し子であり、ゆえに目にする世界はロジカルで、時に灰色です。いまや原初のヴィヴィッドな世界は本のなかにしかなく、だから我々はそれを紐解く。これが、私の考える「FTの本質的魅力」です。
2010-03-08 02:26:21興味のあるかたは、いま創元から出てる「新訂版コナン全集」を、1巻だけでいいからお買い上げください。冒頭に載っている『キンメリア』という詩を読めば、俺の言わんとすることを1000倍も邪悪・・・・・・いや雄弁に語ってくれるハズです。以上、終わり。長々とスマンカッタ!(><)
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