15/8/14~23 #赤風車奇譚 まとめ

主に 空想の街 で展開している物語『赤風車』の登場人物が語る、真夏のちょっとひんやり特番です。ひんやりというよりもんやり。全二夜、完結。 本編など一覧はこちら→http://nowhere7.sakura.ne.jp ※文章や画像の無断転載及び複製・自作発言等の行為はご遠慮ください。 (尚、この二作は『赤風車』の公式二次創作のようなものであり、番外でも外伝でもありません。本編とは一切関わりのない、最も遠い物語です。)
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不可村 @nowhere_7

うん、何か聞こえないか? 気のせいか。ならいいけど。 えっと、櫻子だね。笑ったあとに裾を引っ張ってきたんだ。わからないのも無理ないですわ、暗号ですもの、今時文通なんてそんなものでしょう、そう言いながら歩き出した。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:21:25
不可村 @nowhere_7

何処に行くんだ、お互い家で色々しなきゃあいけないのに、と返した。でも内心嬉しかったんだ、秘密めいたことをするのはいい。何時の間に文通を始めたことになっていたのか疑問だったけど、櫻子に限っては今に始まったことじゃなかった。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:24:13
不可村 @nowhere_7

櫻子もそれに気付いていたんだろうね。私の声にはまた笑いで返事をするだけで、全く止まる気配がなかった。迷いなく商店街の家々の隙間を、右、左と曲がっていく。近所なのに私が覚えきれなくなった頃、やっと私は小さな疑問を持った。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:27:04
不可村 @nowhere_7

考えてみれば櫻子は良家のお嬢なんだよ。よく遊ぶとはいえ、こんな商店街の道なんて覚える隙はない筈だ。でも、使用人にでも教わったのかなんて私はまだ暢気だった。 きょろきょろしていたらつんのめった。櫻子が止まったんだ。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:30:30
不可村 @nowhere_7

どうしてよそを向いていらっしゃるの、と櫻子が言うものだからつい、私は体をしゃんと戻して、帰れなくなったら困るだろう、と答えた。 櫻子は笑った。道ならわたくしが覚えていますから平気でしてよ、貴女は何にも心配なさらずに、と。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:34:27
不可村 @nowhere_7

櫻子は成績がいいから、私は言い返せなくって、俯いてしまって、櫻子の派手な新品の下駄を見ていた。鼻緒が綺麗だったよ。金色で。浴衣が桃だから合わせたんだろうな。 気まり悪くなって、先輩のあのひとは一緒じゃないのか、と訊いた。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:36:48
不可村 @nowhere_7

櫻子は怒るでもなく、でも奇妙なことにこう言ったんだ。 ――この先にいましてよ。 それで驚いた。この先って、こんな知らない場所に入り込んで、先も何もない。言い返したくってぱっと身を起こした時、その時だ。 つい私は後退った。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:40:02
不可村 @nowhere_7

周囲の建物が全部、白塗りの蔵だったんだ。 この町は山があるだろう、でも空を見ても何もない。道だけまっすぐで、何時の間に通行人がいなくなっていたか私は思い出せなかった。 櫻子はきょとんとしていたよ。私の狼狽は孤独だった。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:43:12
不可村 @nowhere_7

どこを見ても土蔵だよ、白い漆喰の。全部が同じ表式で、どこかで見たような、でもてんで読めない文字がそこには書いてあった。庭の木も垣根もない。前も後ろも果てなく、白砂の道が続き、左右には蔵だ。 ――土蔵なんて珍しくないって? #赤風車奇譚

2015-08-14 23:46:59
不可村 @nowhere_7

それはその、お金持ちの家は皆、ひとつやふたつ持っているよ。確かに珍しいものじゃない。生憎私の家には蔵はないんだけど、憧れの先輩や櫻子の家は持っていた。行ったことはないけれど聞いていた。 けれど桁が違うだろう、一面が蔵だ。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:50:31
不可村 @nowhere_7

まあでも、君の言う通り、私はまだまだ甘かった。 この先に、その先輩のひとがいると聞けば、嘘でも会いたくなる。立場が上の家のひとだ、機会はなんだって掴みたかった。先輩の家はとんでもない蔵をもっているんじゃ、なんて考えた。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:53:38
不可村 @nowhere_7

太陽が真上から動いていなかったのが嫌に記憶に残っているな――そんなところばかり明瞭だよ。雲がかかっていて、でも明るいんだ。太陽を見ることはお蔭で出来たけど、自分の影は見つけるのが難しい。 耳の痛くなるほど、静寂だった。 #赤風車奇譚

2015-08-14 23:58:55
不可村 @nowhere_7

櫻子がずっと裾を掴んでくれていたせいか、何だかその内にほうけてしまって。安心したんじゃない、気が抜けたというか、もうどうにでもなれというか。 ――さくらこ。本当に、先輩のあのひとは先にいるのか。 唯、それだけ気になった。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:01:25
不可村 @nowhere_7

櫻子はまた笑った。 それと同時に蔵の窓が鳴ったんだ。ひとつだけじゃない、視界におさまりきらないほどのすべての土蔵の窓が――あの観音開きのところ、鉄格子、障子戸――笑い出したんだ。 蔵が笑っている。櫻子が笑っている。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:07:12
不可村 @nowhere_7

私はいよいよ切羽詰まって、離してくれと叫んだ。気が抜けるなんて思ったのが間違いだった、熱で頭がやられたんだ、この櫻子は悪くないんだ、それでもそうどこかで思いながら腕を引っ張った。 金の鼻緒がよろめき、同じ生地の帯が、―― #赤風車奇譚

2015-08-15 00:09:57
不可村 @nowhere_7

白い景色に金の帯が噴出した。僅かに痛みを感じて頬をなぜて、いや、私は、それまで、帯が、私にかかったんだと思ったんだ、それが、私は握りしめたその金色のものをまた間抜けに眺めて、そこに、 ――どこへお行きなさるおつもり。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:13:46
不可村 @nowhere_7

櫻子の声だった。 ――ここしかなくってよ。あのかたもわたくしもここがいばしょです―― 櫻子の言葉が終わると共に蔵の戸という戸が開いた。爆竹でも鳴らしたみたいな音で、振り仰いで周囲を見たら、もうあたりは金の海だった。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:17:24
不可村 @nowhere_7

手に握りしめたものを手放すのも忘れ、どこかに行こうと、早く去るべきだとそう思ったよ。私はいちいち鈍臭いな、その頃になって初めて。 でももう遅かった。白一面だった蔵だらけの場所は、金の絨毯にまみれ、私は歩けなかった。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:21:38
不可村 @nowhere_7

――ここしかいばしょはなくってよ――あなたもそう、あなたもそう、なにもしらないで――どこにもいけるはずなんてなくってよ―― 色の洪水でもあったが音の洪水だ。動けなくなった私はとうとう、目の前の誰かが可哀想になった。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:24:27
不可村 @nowhere_7

だって、君、そんな、櫻子かもしれないんだよ……いや、私は何を言っているんだろう。でもずっと、囁いているんだ、櫻子の声がその小さな唇から流れていて、開きっぱなしの蔵の窓からも櫻子の声が響き渡って、 ひいよひよひよひよひいよ #赤風車奇譚

2015-08-15 00:27:23
不可村 @nowhere_7

――気づいたら、いつも君と外でよく話す、あの空き地の長椅子にいた。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:28:35
不可村 @nowhere_7

そう、思い出したよ、記憶というものは本当に厄介だね。 君が助けてくれたんだ、なんだかやけに仏頂面に拍車がかかっていて、心配をかけたのかもしれないなんて少し思ったよ。君は今と同じそういう風体でこちらの顔を覗き込んできた。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:30:54
不可村 @nowhere_7

ありがとう、と礼を言えば、君は愛想なく、「食事でもと思って外出してみればお前様が道の隅で倒れこんでいたからな、放っておくほど腐っておらぬよ」なんて言ってきたっけな。腹が減ったからもう行く、とそのままいなくなってしまった。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:33:00
不可村 @nowhere_7

ありがとう、とは言っても私はどうしていたんだろう。一体何があったんだろう。こうして話すことできちんと思い出せた気がするんだけど、うん、難しいな。 かたく握りしめていた拳を恐る恐る開いたが空だった。金の羽根などなかったよ。 #赤風車奇譚

2015-08-15 00:35:11
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