『ポップカルチャーから紐解く2010年代の ”郊外” SUBURBS』後日談 <個から共同性へ、また共同性から個へ> の話 ~ラブライブを添えて~
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@kkkkssssnnnn モブが…モブが溢れる絵が浮かびます。場のアクセス性と離脱性がMAXに。公共性が高まる、というわけでしょうか。
2015-08-29 23:26:59@sprout333 そこはもう、ぜひラブライブを見ていただければわかりますww 集団公共性という観点から見れば、ラブライブは青春性というモチーフで物語を強烈に描いた。高校野球児みたいな感じですよ
2015-08-29 23:31:44@sprout333 ただ、アニメーション作品なのだから解散せずに大団円!でいいはずなのに、μ'sは解散する末路までもしっかり描くんです。解散理由は、「いまのままではいられない」からです。つまるところ、『変化すること』から逃れられないからこそ、彼女らは結成されて解散するんです
2015-08-29 23:32:40@sprout333 ここでスプラウトさんが最初におっしゃった問を思い出してみましょう。 「なぜ今、団結などの共同性を前景化させようとするのか」 ラブライブはこう返答したと思います。 「変化することからは逃れられない」と
2015-08-29 23:33:43@sprout333 つまり、僕が郊外本でオチに選んだ『人はみな孤独である』という出発点から、(社会学上ですが)2人以上の人間が集まると集団へと変化します。この、「自らの選択意思では決めきれない不確定的未来」が必ず起こりうるということを、伝えたいんではないでしょうか?
2015-08-29 23:37:00@sprout333 正直、ラブライブ1期と2期は、こうした見立てでいくとほとんど別物の作品だってのがわかるんですよ。描いてほしいことを想像以上にキレイに描いた1期、描かなくていいもの『描かざるを得ない』という理屈で描いた2期、そして劇場版のオチ これアニメやなーって思いましたw
2015-08-29 23:40:31@kkkkssssnnnn どうしても、悲しいぐらいに、想定外に、人は集まってしまう。そういう変動性がなけなしの共同性やナラティブを構成せずにはいられないと…
2015-08-29 23:40:11@sprout333 そこに追撃のなぜ?を突きつけると、ちょっともう言葉が出ないですが、あのオチからアイドルアニメにひっかけて話すとこうなります。プリパラーアイカツーアイマス(アニマス≒デレマス)ーラブライブのひっかけで話すとより鮮明にはなりますががが
2015-08-29 23:42:26@kkkkssssnnnn 草野さん、これはもう再構成と推敲などで加筆修正して、比較アイドルアニメ論まとめるしかないですよなw それが書き上げられるまでに、せめて私は何本か見とけよってことで。
2015-08-29 23:49:36@sprout333 まぁこの話を たつざわさん(@tatsuzawa )のデレマス本とかに書けばいいと思うんすよね。『なぜ、シンデレラガールズは旅立ちたがるのか?』とかなんとか言って・・・ #本気にしないでください
2015-08-29 23:53:08冬コミ新刊は『アイドルマスター シンデレラガールズ』を特集します。ご寄稿を大募集します。ぜひお気軽にご寄稿ください→アニバタ [特集]アイドルマスター シンデレラガールズ 原稿募集 hyoron.org/20150828001526
2015-08-28 00:19:20@kkkkssssnnnn @tatsuzawa 今回の問題設定のデレマス版ですね。たつざわさん、私からも草野さんを推薦します(^o^)/
2015-08-29 23:56:14@kkkkssssnnnn 個から共同性へ、また共同性から個へ、…。郊外本のなかで私たちは表裏であり相補的な関係にある何かを書いたのかもしれません。私としては安心したというか、助けられた感覚があります。ありがとうございます。
2015-08-29 23:53:15@sprout333 え、まさかお気づきになってなかったんすか・・・?オレはすぐに「ああこれは近しいことを書いてるな」って思いましたよ。順番も最適でした。オレの次にあの記事が来て、あの記事のあとにスプラウトさんが来るので・・・独から多に位相する感じが批評入門っぽいなぁとかw
2015-08-29 23:58:22