自分の生きるべき時代から生きはぐれる不幸と、時代を超えて自己の情報が保存されている幸福はどちらが重いか?

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アトレティコ・アドリー @rrrt77

古代魚ムステムパサラスは 他者とのかかわりが億劫で仕方がなく 他の魚たちが優雅な社交に興じている間にも 岩陰の住処に引きこもり続けていました

2015-09-13 13:46:17
アトレティコ・アドリー @rrrt77

魚たちは日々爆発的な勢いで進化していき 華やかで洗練された容姿の者たちで溢れ ムステムパサラスのごとく鎧を被った地味で無骨な種類は瞬く間に少数派となり 彼は己の見てくれへの劣等感を堪えきれず 一人深海へと逃れていきました

2015-09-13 13:47:32
アトレティコ・アドリー @rrrt77

そこには彼と同じく、あるいは彼以上に奇怪な面構えをした者達がたくさんいました そして彼らもムステムパサラス同様他者との接触をひどく嫌うのでした ムステムパサラスはそのまま暗闇の中で不貞寝しました 寝て寝て寝て 気が付けば地球が太陽を1億週していました

2015-09-13 13:48:19
アトレティコ・アドリー @rrrt77

眠気まなこをこすりつつ、久しぶりに水面近くまで登っていくと、彼の記憶にあるほぼすべての種は消えていて 構造の根幹から異なる かろうじて魚ではありえても、彼の認識からすれば到底魚類という域にくくれそうもない 更なる鋭敏化を遂げた何者かたちが群れを成して泳ぎ回っておりました

2015-09-13 13:55:22
アトレティコ・アドリー @rrrt77

ムステムパサラスは絶望しました そこに彼の時代は影も形もありませんでした こんなことなら本当に本当に消えてしまったほうがましだと考えたのです それからムステムパサラスはまた不貞寝しました また地球が太陽を何億周もしました

2015-09-13 13:55:48
アトレティコ・アドリー @rrrt77

目を覚ますとムステムパサラスは水槽の中にいました ガラスを挟み見たこともない得体の知れない生物が向こう側に立っていました それは魚ですらありませんでした

2015-09-13 13:56:47
アトレティコ・アドリー @rrrt77

ムステムパサラスがかつて太古の海で見知ったどのような生物とも形態が著しく異なっているため 彼はその異形を形容する言葉すら持ち得ませんでした 恐ろしいことにそれは水のない空間で生き動き呼吸できているのです

2015-09-13 13:58:44
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『これは新種です本当に新種なのです』 『生きた化石が見つかりました、生物学を塗り替える事件です』 異種たちは水槽に群がり、誰もがムステムパサラスに視線を集中させ、深海凄ウリクラゲが放つような謎の閃光を浴びせかけてくるわけです

2015-09-13 13:59:57
アトレティコ・アドリー @rrrt77

それを見た時点で彼の心はへし折れ このようなものらが現れる時代となれば世も末だと絶望したムステムパサラスは 例によってまたも睡眠に逃避しました 『おい動かなくなったぞ』 『大変だ地球の遺産なのに』 『博物館で厳重に保管しないと』

2015-09-13 14:00:48
アトレティコ・アドリー @rrrt77

それは人間という生物種が使用する日本語という言語であったようですが当然ムステムパさらすに理解できるわけもなく 傷心の彼にとってはどうでもいい雑音に過ぎませんでした また何千万年もたちました

2015-09-13 14:01:23
アトレティコ・アドリー @rrrt77

ムステムパサラスは別な水槽にいました カラス人間がいました 「俺はカラス型ヒューマノイドであるのだ」 そいつはどういうからくりか彼の脳髄にそうやって直接メッセージを送ってきたため ムステムパサラスにもそれがカラスという生物の進化形であることが理解できたのです

2015-09-13 14:02:36
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『われわれはすでに滅んだ人間よりずっと知能が高いので君の意識にアクセスし会話することができるのだ』 カラス型ヒューマイドはそう言いました それはムステムパサラスの言語を解する実に数億年ぶりの対話者でした カラス型ヒューマノイドさらに彼の脳へ画像情報を送り込んできました

2015-09-13 14:05:40
アトレティコ・アドリー @rrrt77

魚の骨格のようなマークが岩石に刻み込まれている画像でした 『これは君の仲間だ。君の仲間の残骸だ。化石と呼称されるもので石になっている』 「生き物が石になったりするものか」 『ところがなってしまうのだ。そしてこれはきわめて運のいい事例だ。辛うじてその姿形が保存されているのだから』

2015-09-13 14:08:45
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『実際のところ君の仲間の99.99999%は死後腐り分解され、別の生き物の構成物質かさもなくば海底のヘドロに落ち着いたのだ。それはもはや存在しなかったも同然の成れの果てではないか』 「・・・・・」

2015-09-13 14:09:14
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『われわれが君を手厚く保護していやっている理由もそれだ。われわれは君の脳髄から君の太古の記憶を読み取り画像解析し、そこには今日化石ですら保存されていない無数の生物が存在していた事実を突き止めたのだがそれすら同時期に生息した全生物種の数億分の1に過ぎないだろう』

2015-09-13 14:10:42
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『化石情報はあまりにも容量に乏しいのだ。また残念なことに君の記憶自体100%真実を反映した的を射たものというわけでもないわけだから、今後われわれがいかに奮闘しようと、結局君の仲間たちの実像が今後この世に保管されていくことはないのだ』 「・・・・・」

2015-09-13 14:12:21
アトレティコ・アドリー @rrrt77

次にカラス型ヒューマノイドは、同じようにして映像情報をムステムパサラスに送信してきました そこでは見覚えのある魚が泳ぎまわっていました ひどく愛着のあるそいつがいったい何者であるのかムステムパサラスはしばらく思い悩みましたが、やがてそれは自分自身であることに気がつきました

2015-09-13 14:18:31
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『そしてこれが君の映像だ、人間が撮影した君の映像だ。実に画質が悪い。われわれの技術からすれば実に噴飯ものだ。だが映像であることに変わりはない。 君は化石どころかその生存の痕跡を映像という完璧な形で保存されるにいたった君の時代に生を受けた者としてはもっとも幸福な個体であるのだ』

2015-09-13 14:19:13
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『この行幸にありつけた生物は人間という最初の知的生命体が現れてから以降の年代に生存した実に10%の種に限られる。加えてわれわれもまた君を保存している』

2015-09-13 14:23:40
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『単なる映像に留まらず、人間のものとは比較にならない高度な科学技術を用いて 実に多角的に君のデータを記録し続けているのだ。君はなかなかどうして幸せな存在ではないか』 「僕は友達ができなかった」 「僕は誰とも恋に落ちることはなかった」 「そして今僕は今度こそ一人ぼっちなのだ」

2015-09-13 14:24:36
アトレティコ・アドリー @rrrt77

「何が幸福であることがあるものか」 ムステムパサラスは涙ながらに反論しました

2015-09-13 14:25:39
アトレティコ・アドリー @rrrt77

『何を悲しがっているのだ。君は、本来、友人など、恋人など、一切求めはしなかったのだろう?』 カラス型ヒューマノイドはせせら笑いました。 『君の君たる生きた証がこれ以上ない形で残されている、それだけで十分ではないか』 『君は本当に運がいいのだ』

2015-09-13 14:26:03