「勝ち組」と「負け組」の抗争の話

ブラジルにおける抗争がメイン。
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まえおき

みりたん @Military_tan

ちょっと長いまとめツイートでもします。平和たんにも話してた「「勝ち組」と「負け組」の抗争」の話です。しりあす。

2015-09-25 23:09:37

本題

みりたん @Military_tan

1945年、太平洋戦争の終結後、遥か遠くの地で、とある抗争が起きていた事はご存知でしょうか?戦争が終わったとしても、それで突然平和が訪れる事は無いのです…

2015-09-25 23:10:23
みりたん @Military_tan

終戦直後、ブラジルに移民していた日本人が多くいました。もちろん当時の事ですし、インターネットがあるはずもなく、移民の中でラジオを持っている人は限られ、今の日本がどうなっているのかは殆ど分からないと言う状況に置かれていました。…日本が「勝ったか、負けたか」も不明な状況です。

2015-09-25 23:10:39
みりたん @Military_tan

少数の人々は「ラジオ・トウキョウ」と言う日本が国外へと放送していた物を受信していましたが、大本営発表の「日本有利」の戦況が伝えられており、それを信じてる人も多く、さらに戦後ではGHQにより放送が中止されたために、ラジオによる情報源も止められてしまいました。

2015-09-25 23:11:15
みりたん @Military_tan

その上、サンパウロ州での「戦時特別取締令」により、街頭での日本語の使用の禁止がなされ、日本語で書かれた新聞や、雑誌などの配布、及び国歌の演奏や天皇の肖像の掲載なども禁じられました。さらに、「日本は戦争に勝った」と言うデマが多くなり、詐欺なども横行しました。

2015-09-25 23:11:54
みりたん @Military_tan

さらに、移民の多くはブラジル・ポルトガル語が読み書き出来ず、情報が殆ど入手出来ない状況に置かれてしまったのです。当時の幼少期から天皇中心の政治体制への、ある種の洗脳状態により、敗戦を認めない人も多く、それに、「日本が負けたなら、帰る祖国がないと言う極限の状況でした。

2015-09-25 23:12:53
みりたん @Military_tan

のちに、1946年の正月、当時の「サンパウロ新聞」「パウリスタ新聞」の2つの、日本語でも書かれた新聞が発行されました。しかし、サンパウロ新聞は「日本の戦争勝利」を記事に、パウリスタ新聞は「日本の敗戦」を記事にし伝えたとされています。これも大きな混乱を生むこととなります…

2015-09-25 23:13:39
みりたん @Military_tan

さて、混乱の中、終戦から二ヶ月後、1945年10月の事、日本からの公式文章が届きました。ポツダム宣言を受託したと言う事を書いた物と、それに添える形での署名の文章でした。この文章は次第にサンパウロ州の人々へと広がっていくことになりましたがより情報が入らない孤立地帯がありました…

2015-09-25 23:14:29
みりたん @Military_tan

サンパウロ州の奥地の人々は、「勝ち組」と呼ばれる、日本が戦争に勝ったと考えている集団だったのです。集団心理や盲信、デマの配布などが折り重なり、殆ど「日本が勝つ」と言う事を絶対的に信じている人々でした。これらの人々は、終戦伝達書を偽物だと断定したのです。

2015-09-25 23:14:59
みりたん @Military_tan

その一方、公式の文章を信頼したり、ラジオを所持していたり、現地の言葉が分かる人々など、「勝ち組」と比べ、情報が比較的多く入る人々は、「日本は負けたと認める」ように次第にシフトして行きました。これらの人々は、「負け組」と呼ばれるようになりました。

2015-09-25 23:16:13
みりたん @Military_tan

これらの「勝ち組」「負け組」は深い対立を引き起こしました。「臣道連盟」と呼ばれる、勝ち組間での組織による、負け組への嫌がらせやデマの配布、1946年以降では大きな抗争事件が起き、果てにはテロ行動の指揮などが行われる事にもなり、23名がこの組織によって暗殺されました。

2015-09-25 23:17:31
みりたん @Military_tan

負け組による報復などが起こる中、1946年末、ブラジル政治治安警察により多くの人々が逮捕され、臣道連盟は殆どが崩壊しました。中心となる組織が崩壊したのですが…

2015-09-25 23:19:22
みりたん @Military_tan

…しかしながら、対立自体は収まる事を知らず、その20年近く後になった、1970年ごろになっても、「後遺症」が残ったのでした…

2015-09-25 23:19:36
みりたん @Military_tan

戦後、復旧が進み、高度成長期に突入し、「奇跡」とまでと言われた成長を遂げた日本の栄光の影、より遠く、地球の反対側と言う場所において、日本人同士での抗争が戦後20年近く続いていたのです。今となってはデータが発達し、起こらなくなった事でしょうけど、忘れてはならない事だと思います。

2015-09-25 23:20:30

コメント

ashen@一週間のご無沙汰でした。 @Dol_Paula 2015年9月26日
勝ち組、負け組の話は昔DOSVが上陸した頃のPC-98ユーザーを勝ち組に例える話として初めて知ったっけな。
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D_danketu @daidoudanketu 2015年9月26日
小林よしのり氏の『新戦争論1』で読みました。 http://u111u.info/oa25 日本が負けるはずはないと、戦後も長く日本の勝利を信じ、負けたと主張する人と殺しあったそうです。結局、人は、自分が見たい情報しか信じないということですね。
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江頭キチジロー @yanagomi 2015年9月26日
じつは「負け組」のほうが勝ったことになるんだよね。皮肉なもんだ。
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D_danketu @daidoudanketu 2015年9月26日
負けてよかったと私は思っています。もし、太平洋戦争に日本が勝ったら、国民は軍部の奴隷にされていたでしょう。自衛隊と国民が協調関係にある現代社会は、平和国家の理想像だと思います。
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ゆきおぼっと(月曜日が君のもとに!!) @yukiobot 2015年9月26日
勝ち組デマって現実世界の米国+国連の役割をそのまま日本が担ってたりして面白い。リンドバーグを傀儡大統領に据えるとか一部の方面が燃えそうな展開も。
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い・かえる @ita_kaeru 2015年9月26日
本土でも、玉音放送が非常にノイジーで聞き取りにくかったことから敗戦のお言葉だとは認識できなかった人が何人かいたそうです。翌日の新聞とかであらためて敗戦を理解したひともいたらしい。終戦当時10歳だった父の回想だけど。
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