雨のレース【短編】

戦士の座をかけて山を登る、二人の青年の競争の話です @decay_world はツイッター小説アカウントです。 実況・感想タグは #減衰世界 が利用できます
減衰世界
rikumo 505view 0コメント
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  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 16:54:51
    ごうごうと雨が降り注ぐ。ランズラは山の中を進んでいた。踏み固められた道さえない獣道だ。ランズラは急いでいた。腰にはしっかりと結わえられたこぶし大の宝石。これを、山頂の祠に奉納しなければならない。ランズラは傘もささず、泥だらけになって山を駆けのぼった。 1
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 16:57:37
    冷たい雨を浴びているはずなのに、身体の内側からマグマのような熱が湧き起こってくる。急がねばならないのには理由があった。宝石を奉納するのは、ランズラだけではない。ガルマルという同い年の若者もまた、宝石を祠に奉納するために山道を急いでいるのだ。これは競争だ。 2
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:00:21
    二人は同じ村に生まれた、耳長族の青年だった。今年成人を迎え、大人の仲間入りをした。ただ大人になって終わりではない。選ばれし若者は、戦士としてさらに高い場所へと昇っていく。選ばれなかったただの大人は、農夫をしたり、放牧をしたりする落ちついた生活を送る。 3
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:03:05
    村の若者にとって、戦士階級に認められるのはこの上ない名誉だった。戦士となるためには、同じ年に成人となった若者を集めた競争を勝ち抜かなければならない。宝石を手に、山頂の祠へ最初に辿りついたもの一人だけが戦士として認められる。ランズラは戦士になるのが夢だった。 4
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:05:51
    (俺の夢は本物なんだ……絶対に負けられない。負けるわけにはいかないんだ)  ランズラは目に闘志を宿し、ずぶぬれのまま草木をかき分け進む。苔だらけの木々は熱帯雨林の翡翠台地特有の光景だ。被膜のついた両生類が驚いて飛び去っていく。もうすぐ沢が見えてくるはずだ。 5
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:08:50
    山を登るルートは三つある。岩壁をよじ登るルート、尾根を渡るルート、そして沢を上っていくルートだ。尾根を渡るルートは勾配がきつくない分、遠回りをするルートである。こういった、雨の降る日、風の強い日は安全策を取って尾根のルートを選ぶ者もいる。勝てないルートではない。 6
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:11:25
    「尾根のルートなんか選ぶかよ」  ランズラは絶対に勝つつもりだった。遠回りなどしている余裕はない。危険を冒してでも、きつい勾配を受け入れてでも、勝たねばならない。 「あいつはどこのルートで行くんだろうか……やっぱり、岩壁かな」  ガルマルが尾根を選ぶことは想像できなかった。 7
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:13:17
    雨に濡れ、風をまともに受ける岩壁のルートは非常に危険だった。それでも、岩壁のルートが最短距離だ。ガルマルは勝つために、岩壁のルートを選ぶ。ランズラはそれを確信していた。だからこそ、一秒も気を抜くことはできなかった。 8
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:17:28
    ガルマルは岩壁を登っていた。雨で濡れた岩は滑りやすく、何度も肝を冷やす場面があった。だが、ガルマルは決して恐れなかった。ガルマルは確信していた。 「ランズラは……今頃沢に辿りついたでしょうか」  ランズラは必ず沢のルートを行く。勝つためにだ。尾根を選ぶはずはない。 10
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:19:50
    ランズラは登攀が苦手だった。流石に雨の日は分が悪いと思ったのだろう。だが、ランズラのスタミナはガルマルも認めていた。全力で沢を登れば、距離のハンデをいくらでも縮めることができる。 「負けるわけにはいかないのです。戦士になりたい気持ちは、僕も同じです」 11
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:22:35
    ガルマルはランズラの幼馴染で、共に闘争心を燃やし合うライバルでもあった。互いに尊敬はしていたが、戦士の座を譲ることなど考えられなかった。それに、そんなことは侮辱であるとすら考えていた。 「負けられないのです」  ガルマルの心臓もまた、溶鉱炉のように燃えていた。 12
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:25:40
    ランズラは沢に辿りついた。そこで彼は、自分の見通しが甘かったことを知る。沢が、予想以上に増水していたのだ。これでは水に足を取られて減速は避けられない。そして、いまさら引き返すこともできない。 「行くしかないのかよ」  泥水をかき分け、ランズラは強行した。 14
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:27:50
    冷たい雨が体温を奪い、濁流が体力を奪う。麻痺する時間の感覚。普通に行けば、正午には山頂に辿りついているはずだ。分厚い雨雲の向こう、太陽はどこにあるだろうか。ランズラは空を見上げる。焦りの浮かんだ顔に雨粒が降り注ぐだけだ。息を切らして、沢を登っていく。 15
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:29:50
    戦士になるという夢、希望。それらが次第に絶望に塗りかえられていく。顔が苦痛に歪む。もう体力の限界だ。濁流は予想以上に体力を奪い、走るスピードは目に見えて遅くなっていた。もはや、歩いているのと変わらない。 「ちくしょう……ちくしょう」  泣き言さえ漏れてくる。 16
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:32:01
    リタイアの可能性すら脳裏によぎる。それは屈辱でしかない。人生の汚点だ。何とかして宝石だけでも祠に奉納しなければならない。それが最低限の矜持だった。ランズラはふと宝石を確認する。腰に結わえつけていたはずだ。無い。無い……宝石が、無いのだ! 大切な宝石が! 17
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:33:54
    衝撃で思わず足が止まる。無いはずがない。あってはならない。だが確認できたのは、緩んでしまった紐だけだ。濁流に晒されて、宝石が零れ落ちてしまったのだ。終わりだ。宝石を奉納することすら難しくなってしまった。濁流の中で落とした宝石を探す? どうやって! 18
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:36:24
    混乱した頭をどうにか整理する。もはや戦士になることは叶わぬ夢だと認識する他なかった。最低でも、宝石を見つけて、それを奉納しなければならない。宝石を無くしたまま帰ることなど考えられない。一生の笑いものだ! 必死に手探りで川底を探る。雨水で沢は酷く濁っている。 19
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:38:17
    顔から垂れる水は涙だろうか、雨だろうか。必死に川底を探るが、見つかるわけがない。辺りは次第に暗くなっていく。雨は強くなるばかりだ。ガルマルのことを思う。彼はすでに山頂に辿りついているだろう。悔しさも嫉妬もなく、ただ今の自分が惨めで仕方がなかった。 20
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:40:29
    そのときランズラは誰かの気配を感じて顔をあげた。薄暗い沢の中に、誰かが立っている。暗くてよく分からないが、それは若い男に思えた。 「ランズラ、諦めないで」  その声はガルマルのものだった。表情は薄暗くて分からない。 「ガルマル、どうしたんだよ。宝石は奉納したのか?」 21
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:42:54
    「ああ、それならもういいのです」  ランズラは不思議に思った。きっとガルマルはとっくに山頂についていて、いつまでも登ってこない自分を探しに沢に降りてきたのだろう。そう思った。 「ガルマル、頼む……俺、宝石をなくして……早く見つけないといけないんだ」 22
  • 減衰世界 @decay_world 2015-09-27 17:45:16
    「宝石ならここにあるのです」  そう言ってガルマルは手を差し伸べた。そこには、確かにこぶし大の宝石が光っていた。 「ガルマル! ああ……宝石を見つけてくれたんだね。助かったよ。見つからなかったら、どうしようかと……」 「気をつけて山を登るのです。急ぐ必要はないのです」 23

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