みほが目指した西住流

先ほどのまとめをツイートし直して修正しました。
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波のまにまに☆ @namima2

昨夜のガルパン最終回を見る。西住流という流派がどんなものかは知らないけれど、まほが最後に使った機動力を生かして敵を走行不能にする突撃方法にこだわったのは、西住流と違う以上に、「戦車道」でのフラッグ車を仕留める方法論にこだわった選択だったんだろうなって。そこがムネアツ

2015-09-28 09:36:13
波のまにまに☆ @namima2

ガルパンってね、お話自体は戦車道弱小チームである大洗女子高が、少ない戦力で、大兵力の敵常連校と戦って、奇策で勝ち進む話で、小が大を制す話なわけで、まことに日本人が好きそうな話でさ。その奇策の見せ方もそうだし、敵方の圧倒的戦力による侵攻の見せ方も魅力的で、人気の一端がわかる。→

2015-09-28 15:40:46
波のまにまに☆ @namima2

→劇中、西住流という戦車道の家元の娘が主人公で、実家を出奔した話だと分かると、大洗女子が勝ち進む理由はわかるんだけど、ではみほのとる戦術と西住流は何が違うんだろうって? それがわかるのは姉がいる黒森峰との直接戦闘以外にないわけさ。→

2015-09-28 19:28:10
波のまにまに☆ @namima2

→黒森峰戦を見てるとね、西住流ってまず大前提で大兵力を運用する「将」としての器が必要となるのね。それはみほの姉を見てるとよくわかる。よく訓練し、大兵力をまとめ上げ、戦略を練り、それを過不足なく実行する。戦う前の段階で西住流ってやるべきことをやるって大前提があると思うのよ。→

2015-09-28 19:28:46
波のまにまに☆ @namima2

→さてその上で、大兵力を過不足なく動かすために、小の犠牲をよしとする。これにみほが反発してるわけ。もちろん戦争をする上では、いかに自軍の犠牲を少なくするかは大事だけど、むしろ効率よく自軍の犠牲を出していくと読み替えることもできる。みほはそれに満足できなかったのかな。→

2015-09-28 19:29:25
波のまにまに☆ @namima2

→みほが考える戦車道ってのは、戦争ではない、「道」なので、ある種のスポーツマンシップが中心にある。西住流が弱者切り捨てのように自軍の犠牲をよしとする方法論に、真っ向から勝負を挑んだのが、黒森峰戦なわけだ。しかも自家を出奔したみほは一度その方法論を実家に否定されている。→

2015-09-28 19:30:00
波のまにまに☆ @namima2

→勝つことこそ戦車道の道だと教えさとされてもなお、みほは出奔してでも反論した。その結果を試されていたのが黒森峰戦なのね。でも黒森峰戦の全般にわたって、小の犠牲で最大の効果を上げる戦法をとってるみほの戦略は、概ね的中する。しかも時折みほが冷徹な目をする瞬間は、間違いなく西住流なの→

2015-09-28 19:30:36
波のまにまに☆ @namima2

→おそらくみほ自身がその成果を一番疎んじているからこそ、その結果も成功も冷徹な瞳で見守ることができる。その意味では大兵力を統率して押してくる黒森峰の戦略は、西住流の基本中の基本でしかない。みほの姉・まほですら、その奇策による消耗を平然と受け止めている。→

2015-09-28 19:31:06
波のまにまに☆ @namima2

→みほの姉・まほですら、その消耗を平然と受け入れているから、この奇策ともいえるみほの戦術は、まほの想定範囲内なんだと思う。そうなると黒森峰がどれだけの激戦を戦ってきたかも想像はつく。だからこそみほとまほの差が歴然と出てしまう。小の犠牲をいとわないまほと、それをよしとしないみほ→

2015-09-28 19:32:13
波のまにまに☆ @namima2

→最後の一騎打ちは、本来西住流の戦車戦ではあってはならない愚挙だし、みほはそれこそ戦車道があくまで戦争ではなく「道」を示すゲームだという観点から導き出した戦術だった。相手を走行不能にするのは正面切っての戦いではなく、相手の動力源を絶つこと。だからこそ背後に回る必要があった。→

2015-09-28 19:32:39
波のまにまに☆ @namima2

→まほにとっては正面切っての衝突戦だが、みほにとっては戦車の高機動を生かした一撃必殺の戦術だった。それこそ「道」にこだわったからこその戦術だから。それは新しい西住流を開く道でもあるわけで。あの名勝負がムネアツな点でもある。(終わり)

2015-09-28 19:33:12