- yuki_kasou
- 969
- 1
- 0
- 0
まとめを諦めた以下
@tct9shk 近デジ収録の上洛日記だと、「一 御菓子くみつけいもこみ 御楊枝安国寺への菓子せんへい(楊枝有之)」になってました。()は脇書き。 「くみつけいもこみ」だとなんとなく読めるんですよねー。いもふかしたやつかな?って(組み付け芋こみ?)「御楊枝」はちゃんと楊枝ついた→
2015-10-07 23:12:22@tct9shk ってことかと思うので(楊枝は一会使い捨てで、年月日何会何亭とメモってとっとくのが記念になってステキらしい(嬉しいのかよ(主が手削りすることもあったれっきとした茶道具らしいっす)格式の高さを表現してるのかなと。余談ですけどこの茶会超利休オーラ感じますねさすが。→
2015-10-07 23:16:39@yuki_kasou ほー!私が持ってる本「城下町ひろしまのお菓子」「輝元上洛日記を読み解く」にはせんべいに楊枝ついてることは書いてないですね…元を見るの大切…。いもごみ(芋籠)については、本には「米粉+山芋+昆布+味噌」という料理だとありました
2015-10-07 23:22:12@tct9shk で本題の「せんへい」ですが、これにも楊枝つくの変だと思いません?なんと当時の「せんへい」、パンのようなもの、のようです。 「煎餅」の創始伝説に弘法大師の話があり、それによると「葛粉と米粉に果実の糖液を混和」して焼いたものを「亀の甲煎餅」と言うようになったとか。→
2015-10-07 23:21:53@tct9shk この伝説が平安ごろ。その次、まともな書物に煎餅があらわれるのが江戸寛文頃の文献で「小麦の粉を砂糖などでこね、蒸籠で蒸し、延ばして竹の筒で丸く抜き取り、火鉢を助炭の中に置き、火ばしでその丸い餅を挟んで焼いた」のがそれまでの製法だったとのことで…これ…ベーグル…?→
2015-10-07 23:30:41@tct9shk このレシピを裏付けるかのように、日葡辞書(※1603-4年刊行)では「Xenbei センベイ(煎餅):米を原料にして作った一種のパンケーキで、聖体パンに似たもの」と訳してあるようです。聖体パンはえーと、ホスチアで画像検索でもしてください。丸投げである→
2015-10-07 23:34:57@tct9shk 同じく日葡辞書では、「Irimochi イリモチ(煎餅):鍋などに入れて煎るかあぶるかした小さな餅」という項目もあるようで、ここから同じ漢字で別の読み方意味を持つことばがあったと憶測できそうです。読み方しつこく聞いたのはこれでした。→
2015-10-07 23:37:23@yuki_kasou あかちゃん煎餅みたいなやつだ!!って思いました。台無し。今度作ってみたい気もしますね…怖いもの見たさで……。詳細にありがとうございます!えけーの好みで煎餅が出されたわけないだろ!でもなんで輝元たちとは違うんだ?煎餅ってなに?かわいいね?としか思ってなかっ→
2015-10-08 00:00:07@yuki_kasou たので、とてもありがたいです!!芋籠と煎餅、どちらがどういうふうに出されていたかっていうところからもまたえけーと豊臣の関係が見えそうな気もするんですよね…大変なことになりそうですが!
2015-10-08 00:03:20このへんはまた茶菓子の変容の話にもなってきそうなので本当ややこしいことしてくれんな宗匠はよ(好き)ってなってるからもうお茶実践しながら話したい
2015-10-07 19:17:21