【蝉川夏哉】『狸の世紀』

前作『狸の時代』→http://togetter.com/li/883373
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蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「ねぇ、あれアライグマじゃない?」 「嘘、どこ?」 「もう見えなくなっちゃった」 宵闇の阿佐ヶ谷に上がるOLの嬌声を刑部進十郎はしめしめと聞いていた。策は当たっているようである。これは早く同胞へ伝えねばならない。 #狸の世紀

2015-10-08 18:32:15
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

刑部進十郎は、無論狸である。 人に紛れて暮らし、今では御茶ノ水の小さなソフトハウスでSEの真似事をしていた。給料はあまりよくないが、悠々自適である。 狸が四国を棄て、東下ったのは人間のことが信用できなくなったからだ。 #狸の世紀

2015-10-08 18:34:33
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

先の大戦の反省により、狸は地に潜ることを決めた。潜ると言っても土竜の如き真似をするわけではない。素性を隠して暮らすということだ。 団塊の人間というのは数ばかりやたら多かったので浸透は上手く行った。小学校の一学級に七十人もいて、それが十五クラスもあったのだから、訳ない。 #狸の世紀

2015-10-08 18:37:20
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

ところが狸の方にも問題があった。若い世代は化けるのが下手だ。彼らを世に送り出すたびに「新人類だ」とか「ゆとりだ」と取り沙汰される。よもや狸の化けているとは気付かれていないようだが、心地のいいものではない。 #狸の世紀

2015-10-08 18:38:47
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

そこで全国の狸が考えたのは、もう少し気楽に化けられる物はないかということである。人間生活はとにかく疲れる。朝から晩まで働き通しなんて獣の世界にはないことだ。迂闊な物は疲労から変化の術が薄れ、目の周りが黒いままで出社して「隈が濃い」などと笑われる始末だ。 #狸の世紀

2015-10-08 18:40:31
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

白羽の矢が立ったのは、アライグマである。形状も似ているし、化けそこなっても素人なら見分けがつかない。これに決めたとばかりに全国にメールが飛んだ。狸もITの時代である。 #狸の世紀

2015-10-08 18:41:24
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

結果、日本中でアライグマの目撃報告が増えた。狸としても人間に化けるよりこちらが楽なのだから、どんどんアライグマになる。ついには秋葉原で所持金の尽きた若い狸がアライグマに急遽化けたことで捕まるという騒動まで起きた。これも時代である。合掌。 #狸の世紀

2015-10-08 18:42:49
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

ところがここで妙なことが起こった。狸の目撃報告の増加である。刑部進十郎は悩んだ。麾下の狸の特に多い練馬と杉並では決して狸の姿を現さぬようにと厳命しているのに、杉並での目撃情報が多い。原因を突き止めねばならなかった。 #狸の世紀

2015-10-08 18:44:45
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

OLたちが通り過ぎるのを待ち、進十郎は懐から狸笛を取り出した。狸にしか聞こえぬ高い周波数の笛である。犬笛などと呼んではいけない。これを使って、先程の”アライグマに化けた狸”を呼び出して事情を尋ねようというのだ。 #狸の世紀

2015-10-08 18:46:00
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

ぴぃと甲高い音が阿佐ヶ谷の夜の空に吸い込まれる。おっかなびっくりと言った態で顔を出したのは、”アライグマ”と”狸”が一匹ずつ。はて、これはどうしたことか。 #狸の世紀

2015-10-08 18:46:58
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「お前はどうしてアライグマに化けないのか」 進十郎は狸の姿のままの一匹を詰問した。このようなことが続けば一帯に狸がいることが人に露見してしまう。となれば狸汁だ。狸汁が美味いかどうかは定かではないが、そういうことになっている。 狸は恐る恐ると言った風に、口を開いた。 #狸の世紀

2015-10-08 18:48:35
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「Pardon?」 英語である。これには進十郎も面食らった。しかし慌てることはない。進十郎の勤める御茶ノ水のソフトハウスの取引先には全社員が英語を公用語とすることを定められた会社もある。自然、進十郎も英語を解す。狸語と日本語の差に比べれば、些細な差でしかない。 #狸の世紀

2015-10-08 18:50:18
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「お前は何故英語などを話すのか」 流麗なクイーンズイングリッシュで尋ねると狸は応える。 「おらが一族郎党は皆、英語で喋るだよ」 それは英語ではない、米語だ。進十郎は喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。しかし妙だ。英語を話す氏族など狸にあったろうか。 #狸の世紀

2015-10-08 18:52:17
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「そんなことは良い。お前たちは何故……化け、化け、あ、メタモルフォーゼしないのか?」 「化けてるずらよ。これまで誰にも見抜かれたことはねぇ」 「馬鹿なことを言うな。お前は狸のままではないか!」 「これはおかしなことをいうずらね」 #狸の世紀

2015-10-08 18:54:09
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「どうにも話が噛み合わない。お前はいったいどこの森の誰の子だ」 これには”狸”の方が首を傾げた。 「オラはアライグマだよ」 「アライグマだと?」 そんな馬鹿な話はない。 「アライグマだとバレると人にアライグマ鍋にされるから、狸に化けてるずら」 とっぴんぱらりんのぷぅ #狸の世紀

2015-10-08 18:56:06