みんなのオブザイヤーオブザイヤーを募集中!今年のツイート今年のうちにまとめよう!
34
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
原稿がほとんど進んでいないが、2011センター国語について、ここらで連ツイしておこうと思う。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
1)ごく最近も書いた( http://ow.ly/3EEdq )ように、私は、センター試験(および入試全般)の国語に「小説」を出題することは有害無益であると考えている。50万人が受験したおとといのセンター国語の小説問題が、私のその主張をはからずも根拠づける結果となった。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
2)私があれこれ語らずとも、大学受験専門の大手塾による講評を羅列したほうが、みなさんには伝わりやすいだろう。早速だが、羅列してみる。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
3)河合塾評:【第2問(小説)は、前半は読みやすいものの、最後の場面は多様な解釈が可能であるため、この場面に関わる問題が解きにくい】
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
4)駿台評:第2問(小説)について:【問5が、最後の場面の内容を叙述のあり方と絡めて大きく問うもので、本文の記述をもとに推測を働かせなければならず、かなり手ごわい設問であった】
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
5)東進ハイスクール評:第2問(小説)について:【設定としては、一人(と猫)暮らしのおばあさんとそれを訪ねてくる市役所の職員との関係だが、後半に入ると展開がやや読み取りにくくなり、それに関係する問5、問6が正解しにくい】
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
6)代ゼミ評:第2問(小説)について:【設問は誤りを排除する形で解くものが多い。問5は、本文の後半部の意味合いを問うという高度な鑑賞力を求める設問になっている。問6は2つ目の答えが選びにくい】
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
7)いずれも、出題された範囲の後半(終盤)の描写を読み解くことの難しさを伝えている。どの塾の講評も控えめな表現ながら、本心は、「こりゃあ悪問だわな」ということであろう。代ゼミの「高度な鑑賞力を求める設問」という文言には笑った。さすが、高度な表現力を持っている。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
8)センター試験の国語では、鑑賞力を求められるのか。まるで、小学校の参観授業じゃないか。「鑑賞力」とは、「味わう力」である。そもそも、そんなものが存在するのか。存在するとしても、それを、基礎的な言語技術の高低を測るべきセンター試験で出題してよいのか。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
9)悪問が1つあるくらいで目くじら立てるな、と思う人がいるかもしれないが、それは冷酷な感想だ。その1つの設問が、受験生の命運を左右するのだから。50万人の若者の人生がかかっているのだから。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
10)それにしても、悪評の多い第2問(小説)問5だが。正解とされる5番で「お治婆さんの身に起こるであろう事態が暗示的に描かれている」と断定する根拠について、作問者はどう考えたのだろうか…。ふと思うに、作問者は小説の続きを全部読んだからこそ言えることなのかもしれない。ズルいよなあ。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
11)そうでなければ、根拠は相対的なものでしかない。「1~4の選択肢はすべて間違いであるという根拠がある。だから、5が正解と言える」ということ。ひどいね。代ゼミが、「設問は誤りを排除する形で解くものが多い」と苦言を呈しているのもうなずける。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
12)「設問は誤りを排除する形で解くものが多い」という、代ゼミの控えめな言葉のオブラートをはがして言えば、「消去法に根拠をおくことでしか設問を作れないなんて、サイテーだな」ということだ。そしてここにこそ、小説問題の限界がある。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
13)むろん小説でも限定された解釈は可能だ。私は、「小説なんてどうにでも読めるじゃないか」という暴論には与しない。しかし、解釈が限定される箇所を選択式で問うと、問題があまりに簡単になってしまう。だから出題者は、解釈が揺らぐ箇所を問う。すると何が起こるか?「答えも揺らぐ」のである。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
14)だから、どうしても小説を出題したいのなら、そして、鑑賞力なるものを問いたいのなら、記述式にすべきなのだ。しかし、50万受験生に記述を課すのは事実上無理だから、選択式にするしかない。ならば、小説を扱うこと自体をやめるべきではないか。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
15)今回の小説では問5、6ばかりがクローズアップされているが、実は問2~4もかなり危ない印象がある。というのも、45行目から52行目あたりの「お治婆さん」の態度をどう読むかという点で、何割かの受験生は迷ったであろうと思うのだ。これ、婆さんの演技だと思った人、いないだろうか?
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
16)これを婆さんの演技だとすると、問2~4、あるいは問1の「頓狂」の解釈までもが、揺らいでしまう。下手すると、小説全滅という結果にもなりかねない。この「婆さん演技説」は、小説内にその根拠がないわけでもないから、慎重な受験生ほど小説に時間がかかってしまったのではなかろうか。悲痛。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
17) 16反響大きいね(笑)…いや、実際のところ、演技と読む方が妥当だと私も思う。ただ、演技と読ませるのか演技でないと読ませるのか、出題者の解釈と出題意図まで考えると迷ってしまうわけだ。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
18)演技であると言える根拠は問2の正解4番と問4の正解4番。一方、演技であることを疑わせるのは、問3の正解1番と問1のウの正解2番。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
19)問3の1番では、「…誘いかねない事態になったことに驚き、うろたえたから」の中で「なったこと」と断定表現をとっているのがひっかかる。演技ならば、ここは「誘いかねない事態になった、と(〝市役所〟が思い込まされ、その結果)驚き、うろたえたから」と書くべき。まぎらわしい。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
20)問1ウ「頓狂な声」の意味は辞書的には当然「調子外れな声」なのだが、「あわてて」と付いているのがひっかかる。実際に「あわてた」のならここは演技ではないと読むことも可能。もし演技なら、ここは3番の「ことさらに深刻さを装った声」でも誤答とは言い切れない。「本文中の意味」としては。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
21)「頓狂」に「深刻さ」の意味はないが、ウの3番は、「ことさらに深刻さを装って出した、調子外れの声」という解釈も可能。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
22)センター試験小説問題に必ず出る語彙問題は、そもそもが悪問だ。「本文中における意味を選べ」と書かれているにもかかわらず、「辞書的定義」を超える「本文に寄り添った解釈」が正解になっていたことは、おそらく過去に一度もない。「本文中…」の文言は、いたずらに受験生を迷わすばかりだ。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
23)まあ、要するに、演技と読む方が妥当ではあるが、問1のウや問3の正解を考えるに、もしかしてこれは、「演技ではない」あるいは「演技とは言えないほどリアルな演技」という読ませ方をしたかったのではないか、と私は考えたわけだ。以上、16についての説明。
福嶋隆史/著書61万部/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
24)長くなったのでそろそろ打ち切る。フォロワーも十数人減ったことだし(苦笑)。15~23で詳細を敢えて書いたのは、問題に文句をつけるからにはここまで検討しなきゃだめなんだよ、そこまでしつつ、私は批判してるんだよ、という態度表明のため。あしからず。
残りを読む(7)
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする