暁先生(@zyesuta)による天気予報の四方山話

まとめました。
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@akatuki_a
どうでもいい話を致します。
@akatuki_a
天気予報というのは現在でこそなかなか当てになりますが、昔は違いました。我が国において天気予報が始まったのはなんと明治始めの頃だそうです。しかし当時は気象衛星なんてないし、まだ予報士も未熟です。予報を出すことはだすが、さっぱりあたらない。みんな困ったそうです。
@akatuki_a
その後すぐに日清戦争、日露戦争と戦が続きます。若いものがどんどん出征することになる戦場の兵隊さんの間にまじないが流行った。ある紙切れに「天気予報」と書いて肌身離さず持つと、敵の鉄砲にも「あたらない」というまじないです。
@akatuki_a
ところがまた時代が下りますと天気予報お守りはめっきり廃れたのだそうで。というのは、気象予報士もだんだん経験がたまってきまして、それでもなかなか当たらないが「たまにはあたることがある」ようになり、弾にあたっちゃ具合が悪いもんですから、一気にみんなやめたそうです。
生やし長二郎(こののにおじさん) @Retina014
@zyesuta 弾除けの天気予報お守りが廃れたのは日露戦争時だという説があります。日清戦争の結果、黄海、台湾、朝鮮半島など日本本土より西で観測網が充実したので、西から変わるものである天気の先読みがしやすくなり、予報の適中率が上がったというのは事実のようです。

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