番外・五百年前の神話

過去編
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とこ@幼神 @tokoshiratohime

骸が一つ、そこにあった。 遠い昔に骨となったそれは藻に包まれ太陽光からの劣化を免れていた。 純白に近い骨の色に白子の陽色の肌を思い出した私は思わず池に飛び込んでその遺体を抱えた。 壊れぬよう、丁寧に引き寄せて横抱きにしてみればその骸は尼僧の服を纏っていた。

2015-11-19 02:30:41
とこ@幼神 @tokoshiratohime

かなりの高僧を思わせる分厚い着物ごと胸に抱くと彼女がかつて持っていた記憶が頭の中に流れ込んできた。 「…陽色」 思わず名を呼び、既に枯れ果てたと思った涙がまた溢れた。 彼女は陽色だった。 陽色の前世であるお陽の、さらに前世の存在だった。 許陽光(はかりようこう)、それが彼女の名だ

2015-11-19 02:35:30
とこ@幼神 @tokoshiratohime

神事を司る身分の高い家に生まれながら、自分と同じように霊能力を持ちながら家を追われた女達のために許の尼院を立ち上げた陽光はその後、1215年に出現した悪鬼を鎮めた神風を祀る神社を建て、残る僅かな寿命ごとその身を池に奉納した。 そして五百年の間ずっと、私の側にいてくれた

2015-11-19 02:39:23
とこ@幼神 @tokoshiratohime

陽色のいる2215年に帰ろうと躍起になっていた私が決して気付かなくても、彼女はずっとそこにいたのだ。 ああ、きっとそれこそが理由だったのだ。 契りまで交わした陽色の元に帰れない事がずっとずっと謎だった。 だが他でもない彼女自身が、この地を守るために私にここに留まるよう願ったのだ。

2015-11-19 02:42:29
とこ@幼神 @tokoshiratohime

「陽色、…」 彼女の願いなら何でも叶えてやりたいと思う私が命まで賭したその願いを、たとえ理解していなくても破れるはずがなかったのだ。 「陽色」 千年離れても繋がっている、一人にしないという誓いを彼女は見事に守っていた。 「陽色、貴方は、此処にいたのですね…」

2015-11-19 02:45:32
とこ@幼神 @tokoshiratohime

そっと肉のない唇に口付けするとゆっくりと両手を離した。 吹いたそよ風に再び藻が左右に割れ、彼女の躯を池の底へと運んでいった。 土を暴いて埋め直すよりも、もう一度水葬してやる方が朽ち果てた躰には優しい気がして、姿が見えなくなったところでそっと藻を元に戻した。

2015-11-19 02:49:42
とこ@幼神 @tokoshiratohime

池から上がっても涙は流れ続けたがもう雨が降ることはなかった。 彼女は私の側にいる。 いままでも、これからも。 「…ありがとう」 そしてまた、五百年が経った。

2015-11-19 02:51:17