bistro cachette～ビストロ カシェット～ 02（後編）

ひな＠復旧中 @newgibbousmoon

bistro cachette～ビストロ カシェット02（後編） 「うっわぁ、荒北さん、これ、どうしたの？」 　真波が歓声をあげたのは、荒北が運び込んできた発砲スチロールの中に見慣れたパッケージが山ほど詰め込まれていたからだ。 「あー？秋冬に向けてそろそろシーズンだろ」

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@newgibbousmoon カカオ・パートゥ、カカオ・プードゥル、アメール・オール……真波の修行先だったフランス産のものばかりを集めてくれているのは、そのほうが真波に使いやすいからという荒北の心遣いだろう。 （荒北さんってば、ほんっと気が利く～、惚れちゃいそう！！）

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@newgibbousmoon もちろん、口に出したりはしない。 そんなことしたら、東堂が怖い。 「秋から冬はショコラのシーズンだからな。おまえ、ショコラだけでも別売りできるだろ？」 「それって別販売するってこと？」 「おう。もちろん、うちのデセールはおまえに任すけど」

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@newgibbousmoon 「んー、ボンボンの詰め合わせくらいなら作ってもいいけど……高くつくよ？」 「かまわねーよ。このままおまえをデセールの担当だけで、腕を余らせておくのはコストがかかりすぎんだよ」 働け新入社員！と荒北に言われれば、真波は苦笑するしかない。

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@newgibbousmoon 「荒北さんとしてはどういうイメージなの？」 「ん、単にショコラなら金とれるなーってだけだけど？あと、ワインとショコラだけのセットとかメニューにいれてもおもしれーと思った。ケーキセットっつって、ケーキと飲み物セットにする感覚でさ」

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@newgibbousmoon 「あー、それおもしろい！そうしたらよそで食事してきた人とかが帰る前にちょっと立ち寄ったりとかできるよね」 「あー、オレの考えてる客層はそこじゃねえ。うちの立地的にそれはあんまりねえだろ」 「じゃあ、どういうお客様？」 「ズバリ、有閑マダムだ」

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@newgibbousmoon 荒北は、ふふん、とドヤ顔で言い切った。 「このあたりは昔から高級住宅街だ。わりと所得のある……つまり、うちみたいな店に金を使えるマダムが結構いる。そういくマダムが昼間にグラス一杯の泡とめちゃくちゃうまいショコラを一粒、二粒こっそり楽しむんだよ」

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@newgibbousmoon 「価格設定的にランチコース並の値段を考えてっから」 「うえ、いい値段だ～」 「そ。だから、思いっきり高級感ある……でも、他では絶対に食えないような記憶に残るショコラを作れ」 「うわ、いきなりハードル高っ」 「これ、一緒に出す予定のワインリストな」

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@newgibbousmoon 「ワインセラーにあっから、味を試すときはオレに断ること」 「はーい。で、いつまでにできればいいの？」 「あー、秋の終わりには欲しいけど、まあ、冬までは待つ。けど、その間に他のオーダーいれっからな」 「えー、後は何があるの？」 「季節物の菓子」

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@newgibbousmoon 「ハロウィンとかクリスマスとか？」 「そ。基本、ハロウィンは料理のほうは一切考慮しないから、デセールだけで季節感添えることを考えてくれ。クリスマスの方は、東堂も交えてメニュー会議だな」 「……あれ？そういえば、東堂さんは？」 「仕入れで築地」

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@newgibbousmoon 「この時間まで帰ってこないってことは大漁ですね！楽しみ！！」 「だな。……っつーか、仕込み手伝わされそうで面倒」 荒北が顔を顰める。 口ではそんなことを言いつつ、何だかんだでフォローしてくれるのが荒北なので真波はまったく心配していない。

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@newgibbousmoon 「オレも手伝いますよ。もうパン焼けたし、ソルベも全種類OKだったし、焼き菓子もあがってるし、あ、パイは焼きたて出すから、お客様来てからタイミング見て焼くから」 今日のデセールは季節のパイのアイスクリーム添えか季節のムースの焼き菓子添えの予定だ。

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@newgibbousmoon 「肉の方はもう仕込み終わってんから」 「掃除もばっちりですしね！」 「おう」 意外にもキレイ好きな荒北はお掃除番長なのだ。前日、アルバイトが掃除をして帰るのに、毎朝、それをチェックして磨き上げる。 飲食店に埃なんか許さない！が荒北のスタンスだ。

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@newgibbousmoon 「ねえ、荒北さん、この材料、全部試作で使っていいの？」 「別にいいけど、それよりも半分くらいは何か作れば？そうしたらいくらでもおまえの好きな材料取り寄せてやるし」 「え、ほんと？」 「おう。金とるからには、金かけねえとな」 「荒北さん、太っ腹～」

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@newgibbousmoon 「あのさ、今、メインで出してるスプマンテあるじゃん？やや甘口のやつ、アレにあわせて、果物チョコどうかなって思うんだよね」 「果物チョコ？」 「うん。チョコで、巨峰とか、オレンジの輪切りとかをコーティングしたやつを一緒に食べるのイイって思う」

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@newgibbousmoon 「アイスティで最初考えてたんだけど、あのスプマンテも合いそうだなーって思って」 「へえ、作ってみろよ。果物なら、木村青果に声かけとくから」 「オレ、葡萄系が一番試してみたい！」 「大粒？」 「うん。皮食べれて、種ない種類のがいい」

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@newgibbousmoon 「わかった」 荒北はさっそく出入りの青果店に電話をはじめる。 （葡萄のお菓子は絶対にワインに合うようにできてると思うんだ。材料いっしょだし） みずみずしい果物をチョコでコーティングするのは難しいが、できないことではない。

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@newgibbousmoon （あれだよ、オランジェットのいろいろな果物バージョン！） もちろん、オレンジは絶対にいれる。オレンジは一年中手に入る万能素材だ。 果物を生にするか、シロップに漬け込むか、はたまた煮るべきか、乾燥させるべきか……そのへんは果物によってになるだろう。

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@newgibbousmoon （果物チョコの宝箱みたいなの作りたいんだ！） りんご飴のチョコバージョンと考えてもいいかもしれない。 （生素材だったら砂糖の衣つけて、チョコでコーティングしてもいい！あ、でも果物のキレイな色も見せたいな） 考えるとワクワクしてくる。

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@newgibbousmoon それにコーティングするチョコレートだって、ホワイトにミルクにビター、大雑把に分けても三種類、ジャンドゥーヤなんかも使ったら更にその種類は広がる。 （味の組み合わせは無限だよなぁ） インパクトのある味を、と言うのなら、たぶん真波はそれを作り出せる。

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@newgibbousmoon けど、真波は自分の欠点を知っている （オレには、ブレない芯、みたいなものがない） どこまでも自由で、さまざまな味を作り出すことができるけれど、それを食べた人が真波の味だと思ってくれるようなものがない。 だから、真波はコースの中のデセールにこだわる

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@newgibbousmoon 自由と言えば聞こえはいいが、一歩間違えればとりとめのないものになってしまう。 印象には残るのに、おいしいと言ってくれるのに、また食べたいとは言ってもらえない。 でも料理をメインに据え、そこに軸足をおけば、真波の作り出すデセールも料理と同じ色になる

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@newgibbousmoon （本当は自分のショコラでっていうのも怖いんだ） だからこそ、自分の作る菓子だけで店を開くという、誰もが望むような話からも逃げ出してしまった。 （たぶん、荒北さんはわかってるし、東堂さんもわかってるんだろう） けれど、二人は何も言わなかった。

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@newgibbousmoon そして、これからもここにいてもいいのだと、真波に課題をくれた。 （テーマがあれば、たぶん、大丈夫） それに、今はこんなにもワクワクしている。 （荒北さんと東堂さんをうならせるようなもの作ろう！） お客様も大事だけど、まず二人に認めさせたい。

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@newgibbousmoon 真波はぎゅっと拳を握りしめ、密やかな決意を固めた。 bistro cachette～ビストロ カシェット02（後編）END