達者な悪魔は絵を描いた

悪魔に魂を売ってまで得たいもの。悪魔が何をしてでも手に入れたいもの。 お話の教訓としては「良い話には裏が有る」ってことにでもしておいて。 何かとその場のノリ、適当なやり口。所詮そういう話だよ。
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リラ @dettalant

あるところに、絵がうまくなりたい女の子がいました。その子はとてもとても絵の上達を願っていて、絵の上達を見込めるのなら悪魔に魂を売っても良いと公言しているほどの女の子。 しかし、描けども描けども、一向に絵は上達しません。しまいには下手になっていくほど。そんなある日のこと。

2015-11-25 00:53:54
リラ @dettalant

女の子は夢のなかで、怪しい影を見ました。聞くと、その影は自らが悪魔だと言います。悪魔は疑問に思う女の子に告げました。「オレと契約を結ぶのなら、お前の望みをたちどころに叶えてしんぜよう。……ただし、対価としてお前にとってかけがえのないもの二つを頂くことにする」

2015-11-25 00:55:43
リラ @dettalant

「おっと、夢が覚める。今日はこれまでとして、明日お前の選択を聞くとしよう」悪魔がそう言って消えていくと、女の子は夢から覚めていきました。 明くる日、女の子は唯一の親友とも慕う少女に昨夜の夢を話し、少女に聞きました。「悪魔ってどういう奴なんだろう?」

2015-11-25 00:58:25
リラ @dettalant

親友はひどく顔をしかめて、言いました。「悪魔との契約なんて行っちゃダメ! 悪魔は嘘を言わない、けれど真実も言わないの! 関わると不幸になっちゃうよ!」親友の言葉が嘘だとも思えませんでしたが、残念ながら女の子の答えはすでに決まっていました。彼女は、絵がうまくなりたかったのです。

2015-11-25 01:00:29
リラ @dettalant

再びの夢で、女の子は悪魔に告げました。「契約する。その代わり、絵がうまくなるようにして!」悪魔は聞き返しました。「どれくらい?」女の子は少しだけ、考えこんでから。……これしかない、といった面持ちで言いました。 「世界で一番、人に認められる絵が描けるようになりたい!」

2015-11-25 01:02:35
リラ @dettalant

その時悪魔は心から、夜が軋むような醜い笑顔を浮かべました。それがどんな意味を持つかは女の子はわかりませんでしたが。「あいわかった。お前の望みを叶えよう。だが、忘れるなよ――契約は契約、お前の大事な大事な二つのものを、いつか頂くことにする」

2015-11-25 01:04:35
リラ @dettalant

その日から女の子がペンを取る手は変わりました。まるで、別のものと入れ替わったかのように。線を引けば微細な物の声を引き出し、色を塗れば忘れられた感情すら創りだす。見る人見る人が絵をほめて、女の子も褒めそやされご満悦。その背中を、親友だった子がじっと見つめていることも知らないで――。

2015-11-25 01:07:07
リラ @dettalant

一年後、絵が上手になりたかった女の子は、もう普通の女の子ではありませんでした。当世一番の絵師、神が愛した右手、その他賛美の声は、夏のセミの合唱のように。世界全ての視線が、この世ならざる美を生み出す、女の子の右手に集まっていくようでした。

2015-11-25 01:09:25
リラ @dettalant

……でも。悪魔と契約してうまく行った人が、よいよいと人生を終えられる訳がないのです。上がる時が一瞬であったのなら、定めが告げられる時も一瞬のこと。女の子の右手は突然動きを悪くして、彼女は病院に担ぎ込まれ、そして、世界の知を結集させたお医者様方は辛そうに告げました。

2015-11-25 01:11:46
リラ @dettalant

「現代医学では治せない。君の右手は、もう――」それ以上声は聞こえませんでした。女の子の耳元では、悪魔が意地汚くも愉快そうに笑う、高笑いが広がっていたから。一瞬で当世一番の絵師となった女の子が、一番から転げ落ちたのは。上りよりも早い一瞬。たった一夜の、病院でのことでした。

2015-11-25 01:14:00
リラ @dettalant

うなだれる女の子の病室に、長らく目にしていなかった元親友が現れて、言いました。「たとえ絵が描けなくなったとしても、貴女の本当の魅力を知っている人はいるよ」女の子にはそう思えませんでした。なぜなら、人々は一夜のうちに――いや、一夜すら経たぬうちに。女の子を見放していたからでした。

2015-11-25 01:16:14
リラ @dettalant

能力を持って世界に羽ばたいた人が、能力を失ってしまった時。世界は本当に非情な答えを返すものです。声を出せぬ籠の鳥に、どれほどの価値が有るのでしょう? 絵を描けぬ芸術家に、どれほどの価値が有るのでしょう? 女の子が病院を追い出されたのは、右手が完全に動きを止めた、その翌日のこと。

2015-11-25 01:18:43
リラ @dettalant

あれほど栄華を誇った一瞬も、欠片ほどの残り香もなく消えてしまった。瞳を絶望に染め上げた女の子を、ただ一人付き添ってくれた親友が勇気づけます。「大丈夫だよ、右手が動かなくなっても、左手がある。片腕で人生を謳歌している人もいるよ!」女の子の瞳は、ぱっと希望の光に輝きました。

2015-11-25 01:21:24
リラ @dettalant

高価なキャンバスが無くたって公園の砂場で石ころで線を引けば、きっと証拠は示せるはずだ。左手を懸命に動かして線を引こうとして、そして。女の子は、定めをつきつけられました。 線が、引けないのです。絵を描こうと、線を引こうと力んだ瞬間、左手は氷のように動きを止めて。石ころは落ちました。

2015-11-25 01:23:54
リラ @dettalant

希望が瞬く間に抜け落ちた女の子の影が、不自然に盛り上がって、盛り上がって。あの日見た不快な影、悪魔の姿になって、女の子にささやきます。 「ああ、なんて愚かなことだろう。オレが奪ったのは、お前の右手じゃない。お前が与えられた“絵を描く”能力そのものだってのに」

2015-11-25 01:25:43
リラ @dettalant

「愚かだよ、お前は。本当に、本当に、愚かだよ。お前の夢は終わった。お前の絵は終わった。お前の望みは終わった。声を出せぬ籠の鳥にどれほどの価値がある? 絵が描けぬ芸術家にどれほどの価値がある? ああ、さよなら絵師さん。お前の絵は、もう終わりだよ」

2015-11-25 01:27:31
リラ @dettalant

人が悪魔に望むほど、心からの本当の望み。そんな『大好き』なことを奪われた人の絶望は、どれほどのものなのでしょうか? 悪魔と契約をしてしまった人間の末路は、どのようなものなのでしょうか? 女の子にはわかりません。もう何もわかりませんでしたし、何かをわかりたくもなかった。

2015-11-25 01:29:15
リラ @dettalant

ああ、空虚なる心。「大丈夫、大丈夫だよ。もし世界全ての人が貴女を無視しても、私だけは貴女を支えるから」それでも親友として支えようとする少女の声も、手も、行動も、絶望の闇に落ち込んだ女の子には届きません。その日、一人の女の子の夢が終わり、一つの物語が終わりました。

2015-11-25 01:32:23
リラ @dettalant

あれ? ちょっと、待ってください。悪魔は始めに、「お前から大事なものを二つもらう」と言っていたのに。悪魔は、一つしか奪っていませんでした。本当に、本当に、これで物語が終わったと言えるのでしょうか? 茫然自失とする女の子は、再び親友となった少女に抱かれて、彼女の家に匿われました。

2015-11-25 01:34:24
リラ @dettalant

匿われた先のベッドは、やけに暖かく、気持ち良く、夢の結晶のような心地よさがありました。女の子の絶望の瞳だって、その心地よいベッドの上ではほころんで。当世一番の絵師の喪失を嘆くテレビニュースだって、絵師が嘘つきだったと捏造するネットニュースだって、届きません。

2015-11-25 01:36:32
リラ @dettalant

女の子は、いつしか絵を描くことを諦めて。目の前の幸せを噛みしめるようになっていきました。たとえ世界の全てから無視されたとしても、たった一人だけ。自分を抱きしめてくれる優しい親友だけは、自分を認めてくれる。そのかけがえのない宝物の大切さに、ようやく気付くことができたのです。

2015-11-25 01:38:03
リラ @dettalant

「ありがとね。わたし、バカだった。絵を描いたら、みんなに認められて。そしたら、友達がいっぱいできて。その友達たちに、大事な親友を自慢できると思ってた。バカだよね……」 「……ううん。そんな必要なんてないんだよ。私は、貴女が居てくれるだけでいい。……心から、そう思うんだ」

2015-11-25 01:39:36
リラ @dettalant

女の子の目は優しい手によって閉じられて。これ以上ないほど暖かな繋がりが、唇を中心に広がっていきました。ずっと、ずっと、暖かくて。ずっと、ずっと、幸せな時間。女の子の目は開かずとも、見えずとも、親友を感じられて。全ては丸く収まったように見えました。ええ、二人にとってはそうでしょう。

2015-11-25 01:41:18
リラ @dettalant

閉じられた女の子の目は、バカになった女の子の耳は、他の五感は。目の前の親友の背中から生える悪魔の羽に何一つ気づきませんでしたし。自らの都合の良すぎる幸運の正体にも、都合の悪すぎる不運の正体にも。親友の少女が小さく呟いた声にだって、気付くことはありませんでした。

2015-11-25 01:43:08
リラ @dettalant

「悪魔は嘘を言わない。だけど、真実だって言わない。でも一つだけ確かなことがある。一度交わした契約を、悪魔は絶対に見逃さない。……怖い外に出る必要なんてないんだよ。くだらない絵を書く必要なんて無いんだよ。貴女は私だけのお姫様。最高に可愛くて、最高に愚かな、お姫様なんだから」

2015-11-25 01:44:42