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漫画家・岡本健志先生の半生記

まとめました。
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岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

新卒採用率が68%…ま、結局は『やりたい事がないなら安定した大企業へ…』という安易な考えを見透かされてるんだぜ、新卒の皆様。やりたい事がない?4年間何やってたの?みんなが…とは言わない。真面目に将来を考えて大学生活を送ってた殊勝な方もいる。が…

2011-01-18 17:06:44
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

続き…「景気が悪いから」「一所懸命がかっこ悪い」と刹那に遊んでいた者に限って大企業志望だの安定志向だの言っているのはおかしい。仕事は与えられるものではなく自らが進んでするものだ。お金が目的ならキツイ仕事だって数多く存在する。時代のせいにしてはいけない…続く

2011-01-18 17:10:17
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

実際我々のバブル世代はリストラ対象なのだ。銀行も消費者金融も潰れた。絶対に潰れないと言われていた大企業が次々と潰れているのだ。身の丈を考え、自分の資質を見極め、やりたいこと…とが言わないまでもやり甲斐のある仕事を見つけて欲しい。自分も含めてみんな厳しい時代なのだ。

2011-01-18 17:13:07
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

自分が専門生の頃を思い返す…。バブル経済華やかりし時代、ゲーム業界も活況でファミコンなどは出すソフト出すソフト100万本オーバーの狂喜乱舞の状態だった。絵描きになりたい自分は専門学校を卒業してからでは遅いと思い、エニックスの門をたたいた。19歳の春だった…。

2011-01-18 17:24:02
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

エニックスは雑誌社のような形態で編集ならぬ社員が幾つかの開発チームを管轄し、パソゲーを年20本近く開発し、その中から売れそうなソフトを5~6本市場に提供する…といったシステムだった。完成しても市場に出ない限りロイヤリティはビタ一文発生しない。

2011-01-18 17:27:07
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

そんな中で自分は幾つものチームを渡り歩いた。金の出ないバイトだったが東京に出て来て数ヶ月の自分は社会勉強だと思い、雑用をこなしていた。キャラデザの仕事をもらうも著名漫画家に仕事を取られたり、開発中のゲームがペンディングにもなったりした…。

2011-01-18 17:30:08
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

しかしそれも勉強だと西新宿に通い続けた甲斐は1年後にやってくる。推理アドベンチャーゲームのキャラデザを任されたのだ。2ヶ月間中野坂上のウイークリーマンション缶詰めの末「バーニングポイント」は発売されたのだ。パソコン雑誌Loginに広告が出て、そこには自分の名前が載っていた…。

2011-01-18 17:35:51
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

その時とゲームコーナーに自分の携わったゲームが置いてあるのを見た時、涙が出た。しかし初の印税を得るも数ヶ月で50万、しかも次はいつ得られるかわからない状況では東京に残れないと感じた自分は大手の下請けゲーム会社に入ることを決めた。それが金子製作所、タイトーの下請け会社だった。

2011-01-18 17:39:12
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

そこのコンシューマ部門であるインターステイトという子会社に潜り込んだ自分は神楽坂に居を構えることにした。しかし社員6人の会社には自分のやりたいこと、ともに仕事したい同僚はいなかった。PCエンジンのシューティングの移植が終わったあと、上司にあることを告げる。

2011-01-18 17:42:27
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

それは本店である金子製作所への編入希望だった。希望はすぐに通り、神楽坂から石神井に通うこととなった。しかしここも不思議な会社だった。アーケードゲームを開発してはいたが企画力が大きく欠如した会社…という印象だった。足掛け1年で金子製作所関連から退社した自分はある会社と巡り会う…。

2011-01-18 17:45:19
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

それが広井王子率いるレッドカンパニーだった。当時のレッドはゲームでは「天外魔境」アニメでは魔神英雄伝ワタル」と業界第一線をひた走る刺激的な会社だった。「面白い絵を描くね」その人ことで運良く採用された自分は次から次へとソフト開発に携わることとなる。公私ともに充実した毎日だった。

2011-01-18 17:48:41
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

しかしあることがきっかけで退社を決意する。24歳の時、ひょんなことからレディコミで読み切り漫画を描いたのだった。自分の作品を世に送り出す快感を得てしまった自分はあろうことか上條淳士先生のアシスタントになることを決意したのだった。会社を先に辞めての行動は勇み足だったが後悔はなかった

2011-01-18 17:52:33
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

上條先生との面接で「今5~6人の人と面接している」と聞き、自分がやらかしたことを再確認した。が、ここも運良く採用の運びとなった。採用理由は「人が良さそう」だった(笑)果たして2年間のアシスタント生活が始まる。今の自分が構築されたのは27~29歳のこの時期だったと確信している。

2011-01-18 17:55:37
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

その後やんごとなき理由で29歳に広島に帰ることとなる。漫画を描くという夢はここで一度潰える。生活、そして結婚を考えていた自分は自分の親、ひいてはフィアンセのご両親を納得させるだけの収入を得るために地元企業のコンパイルの編入を決めていた。

2011-01-18 17:58:25
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

ぷよぷよの大ヒットで拡大を続けるコンパイルに入社した自分は運がいい!タカをくくっていたのもつかの間、入社してたった一年で和議申請という地獄を見る。倒産一歩前…結婚を2ヶ月後に控えた1998年3月末の出来事…。300人近くいた社員は自主退社、リストラで100人以下のスリム化。

2011-01-18 18:03:46
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

広島市内一等地のテナントから宮島以西のど田舎に引っ越す。結婚はどうにか許してもらえたものの、家計の逼迫と慣れない共同生活、過酷な通勤と就業で心と体が悲鳴をあげた。激しい下痢が続いていたのだが会社で下血、即入院。病名は潰瘍性大腸炎だった。その後も検索や投薬が続いた…。

2011-01-18 18:07:58
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

間もなくして会社の経営が危機的状況に。やむなく退社。そこでも捨てる神あれば拾う神あり…で呉にあるコトブキシステムというゲーム会社に入ることが出来る。31歳の春だった。そこでゲームボーイアドバンス用ソフト開発やXBOX、PS2用のバットマンのキャラデザをやらせて頂いた…のだが…

2011-01-18 18:10:59
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

不況下で販売が低迷、系列会社の穀潰し扱いされたゲーム開発部音は人員整理を決定、自分も老人介護施設への異動を言い渡された。離婚を決意したのもその前後だった。当然退社を決めた。「もう会社に振り回されるのはイヤだ!」と35歳の秋、フリーになることを決意する。全く後先考えずの決意!

2011-01-18 18:14:54
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

離婚した自分は身軽にはなった…が、仕事のあてもなく途方にくれていた。その時、蜘蛛の糸を下ろしてくれたのは東京でお世話になった諸先輩や上條先生だった。東京に10年いた人脈が自分を救ってくれた。アシスタント手伝いや、ゲーム開発の手伝いながらデザイン専門学校の非常勤も務めることとなった

2011-01-18 18:21:04
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

そんな中、転機が訪れる。38歳の秋、専門学校にマガジンの編集さんが生徒の作品を見にくるというのだ。仕事の合間に描いていた漫画…それこそが『クアドリフォリオ』のパイロット版だったのだ。生徒に混じって作品を見てもらう。生徒は新人テストなら自分はトライアウトだった…。

2011-01-18 18:23:48
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

編集は開口一番「いいですね!面白いし絵が上手い!」と絶賛。持ち帰らせてくれということでコピーを渡した。1ヶ月後、双葉社のS氏より「連載したい!」との打診。勿論二つ返事で了承し、2008年7月に創刊された『アクションゼロ』に連載される運びとなった。感無量!…だったが…

2011-01-18 18:27:37
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

連載1年後、直ぐに辛い宣告が待っていた。『休刊します』 との電話…。『クアドリフォリオ』単行本も2巻で終了…。三たび冬の時代が訪れる。ここまでか…と諦め掛けていた時、マイミクさんから一通のメッセージが。「電子書籍で描いて欲しい』との連絡!またもや神に拾われた!

2011-01-18 18:30:53
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

拾ってくれたのはこれから創刊しようと計画を立てていたコミックラウドのスタッフだった。勿論快諾!クアドリフォリオの続きを描ける嬉しさは今も作品に全力投球している。……以上現在に至るまでの半生…と言ったら大袈裟だが波乱に満ちた20~42歳までの岡本のいつ見ても波乱万丈でした。

2011-01-18 18:34:03
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

いやぁ~呟き疲れた。みんな頑張ってね!俺も頑張る!!

2011-01-18 18:46:27
岡本 健志@MAY THE FORCE BE WITH YOU! @alfistakeshi

ジップロックツイートタイム!ちょっと昔の話…広井王子率いるレッドカンパニーに潜り込んだ自分、しかしそこには広井さん始め歴戦の猛者揃い!!MSデザイナーの明貴美加先生、ワタルの龍神丸等のメカデザイナー、中沢数宣先生、天外魔境の絵師、辻野寅次郎先生のお姿が!!…すでに意気消沈気味…

2011-01-20 23:51:11
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コメント

@akimono3 2011年1月19日
語るのは良いとして、自分の人生の基準で他人を批判するからちいさく見えてしまう。新卒生は自分語りのマクラに使われただけ。
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西村誠一 @khb02323 2011年1月22日
上のコメント書いてる人、Twitterのこの人 http://bit.ly/egihah と同一人物ですかね?フォロー3フォロワー2な捨垢みたいなアカウントで皮肉ばっか書いてる人のコメントなんて参考にもならない。私は岡本先生の書き込み楽しいです
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