【HYDE】Another Story - 9.生命の意味

互いの命を賭した戦いの先、見つけたものとは何か。彼女が見た結末とは。歩む未来とは。 仮面ハイドの歩む物語は、一つの区切りを迎える。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

堰を切ったように、ハイドの瞳から涙がこぼれ落ちた。雫は小さな粒となってイースの頬を濡らす。イースの言葉が彼女の耳に届く度に、その瞳は涙で溢れる。「…君といると、どこか心地よかった。その強さが…羨ましくもあり、美しく思えた」。彼が言い終えるか否か。ハイドは首を何度も横に振った。25

2015-11-28 04:53:46
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......やめろ」。低く呟いた彼女の顔は俯いていえ伺い知れない。しかし、その手から伝わる震えは、表情を容易に想像させた。「あの時…”昔もこれからも、俺は俺だ”と言ったのを…覚えてるか」「...やめろ、」。まるで、何かを恐れるかのように。ハイドは頑なにその先を拒もうとする。26

2015-11-28 04:57:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「ただ生きた屍のように、仇を求め...命を散らすだけの存在で、あり続けるだろう......と。…でも」。イースは、笑った。その青い瞳は、俯いたままの彼女を優しく見つめて。この弱さを晒け出しても良いと思えた、君と。「もう少し早く出会えていたら......俺は、変われたのかな」。27

2015-11-28 05:06:23
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「ーーーっ!!」。強く震えるハイドの体。涙は止まらない。頬にあったイースの手を両手で握りしめ、胸の前に抱く。「....イース、イー、ス」。名前だけを紡ぐ声は、時に嗚咽を含んでその言葉を途切れさせる。「...聞こえていたよ、君の、俺を...呼ぶ声」。殺意に堕ちた時も、ずっと。28

2015-11-28 05:11:37
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そしてあの時...殺戮の淵で、ハイドの剣との間に頭を走り抜けた衝撃。「...これは、彼女の...」。あれは、狂った暴君の見せた最初で最後の慈悲だったのか。エナジーを抱く3つの魂は共鳴し、その記憶を断片的に映し出した。ハイドの"追憶"は、彼の脳に悲劇の結末を焼き付けた。29

2015-11-28 05:19:23
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......俺の我が儘に、ずいぶん、付き合わせてしまった」。もう、繰り返さなくて良い。俺が進むが為に、君が引き返す必要なんて無いんだ。「もう誰も......殺さなくて、良い」。ハイドは何度も首を横に振る。言葉への否定ではない。この信じ難い現実が、全て嘘であると思いたかった。30

2015-11-28 05:23:54
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「っお前が死んだら、意味がないんだ...っ!!」。「...うん、」。「そんな我が儘ばかり言うなら...っ」。「......うん」。「...私の我が儘、もっと聞いてくれたって良いだろ.....っ!!!」。慟哭。ハイドの叫びは、心を偽りなく訴えた。頷くイースの表情が、儚く揺れる。31

2015-11-28 05:28:14
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「もう......誰も、......誰も失いたくない......っ」。ハイドの絞り出すようなか細い声が、イースの鼓膜を振動させ、彼の心を溶かす。薄れゆく意識は、彼女の表情さえ徐々に歪ませる。涙の粒が幾つもイースの頬に落ちては濡らしていく。「...ごめんな」。ぽそり、と呟く。32

2015-12-04 16:25:05
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

目の前で涙を流す彼女を、もうじき自分は見る事すら出来なくなる。己の事は己が一番わかっていた。だからこそ。「....ふたつ、聞いてほしい事が...ある」。イースの微笑みは、崩れない。「...俺は、君と出会った事で...また君に、"何かを失う事"を繰り返させてしまう事になった」。33

2015-12-04 16:29:23
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

だから、ごめんね。イースの言葉が意味する事は。彼女もその頭では理解していた。だが、絶望と悲しみに染まる心はその現実を受け入れられずに、ただ叫び続ける。「嫌だ!聞きたくない!私は、私は...っ!!」。「...ハイド」。拒絶を示すハイドの言葉を遮るように。彼の声は、その名を呼ぶ。34

2015-12-04 16:39:42
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......でも、俺は違う」。彼女と出会い、イースの心は、想いは。突き動かされた。「...俺は、君と出会えて良かった。昔の自分に戻る"勇気"を、君に貰った」。彼の言葉ひとつひとつが、ハイドの表情を揺らす。溢れる涙は止まる事もなく、嗚咽と吐息で彼女の言葉はかき消えていく。35

2015-12-04 16:51:49
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ありがとう。そして、ごめん。イースは力無く、目を閉じて笑った。幾度に発せられた謝罪と、感謝の意。頬に当たるその手から感じられる温かさは、もう。「............最後まで、とんだ馬鹿者だ...っ」。強引に己の腕で涙を拭いながら、ハイドは彼の手を、ぐっと握りしめた。36

2015-12-04 16:56:07
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...何が"俺は違う"だ、勝手に決めつけるな。...確かに、過去の傷は深い」。だけどな。繰り返す事で"未来を臆する自分"は、もう居ない。今までに出会った仲間が。そして目の前の存在が。過去にとどまり、己を責め続ける事が唯一の未来などではない、と。それを、示してくれたのだから。37

2015-12-04 17:00:52
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......私だって、お前に会えて良かったと思ってる。だから、この結果は......ただ」。"会うのが、少し遅かっただけだ"。自分に言い聞かせるように。ハイドは語尾へ向かうにつれて語調を強めた。まるで、"せめて彼を少しでも安心させられるように"。「......そう、か」。38

2015-12-04 17:03:22
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

イースは瞳を閉じたまま、ふっと笑みをこぼした。表情に曇りはなかった。「...もし、こんな俺でも生まれ変われたなら...また会おう」。「...その時は、もっと早く会いに来い」。「...あぁ、、」。わかったよ、と。言葉は紡がれる事はなく。彼の手は、ハイドの手の中でその力を失った。39

2015-12-04 17:10:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

閉じられた彼の瞳から、すっと涙が一筋、流れた。それをすくうように指でなぞる。少しひんやりとしたイースの肌は、現実を突き付けるように冷たく感じられた。心が疼く。もっと言いたい事はあったはずだ。なのに。心の中で暴れる"欲望"が、壊れかけた理性を殺そうとする。《...ハイド》。40

2015-12-04 17:14:52
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...わかってる」。クシャルダオラの声に、ハイドは小さく答えた。震えは消えていた。声に宿る力は、自分を奮い立たせるかのように鋭く、強く。「止まる事はないさ。また過去の私に戻るわけでもない。...ただ」。その額を、彼の胸に押し付けて。「...少しだけ、このままで居させて」。41

2015-12-04 17:23:45
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー整った顔立ち。容姿から見て、男だろう。君は?問いかけたはずの言葉は、自分の耳には届かない。発言しているかもわからない無の世界。ただ、視界はハッキリとしていて。目の前の"彼"は、"俺"に小さく笑いかける。「ありがとう」と。その声は、"彼女の追憶"の中で、聞いた気がした。42

2015-12-04 21:12:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

心、此処に留まる事無かれ。然れど、胸の痛み又消える事無かれ。一度孤独を知った心は悲しみの慟哭を上げ、失う事の怖さを知った心は侵せぬ壁を作る。しかし。「...イース。君は、私を大きく変えた」。己を振り返り、過去を殺戮の言い訳にする事なく。「......出会えて、良かったよ」。43

2015-12-04 21:27:40
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

でも。出来ればこの先もずっと一緒にーーー。それは、きっと"言葉にしてはいけなかった"願い。今となってはもう、決して叶わない儚い望み。「...お前、幸せだったのか」。なぁ、イース。答えは返ってこない。静かに眠る彼の表情は、穏やかで。「...また、会おう」。金に輝く鉄槌を手に。44

2015-12-05 01:20:30
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...必ず」。ハイドは、歩き出す。後ろはもう振り向かない。手に残る"彼"のぬくもりと、その背を彩る"主人失き相棒"と共に。氷と炎の魂は絶えず輝き、彼女の行く先を照らし続ける。心にはもう、後悔は無い。「お前の相棒、預かっとくよ」。雲が切れ、明かりが差し込む。「待ってる」。45

2015-12-05 01:22:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーーーーそして、月日は流れ。46

2015-12-05 01:23:44
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...あ!」。小さな家屋から顔を出す人影。まだ少し幼さを残した顔立ちは、嬉しさを体現するように輝いていた。「おかえりなさい!」。視線の先の人物に走り寄ると、ぎゅっとその体を抱きしめる。纏う防具の冷たさが、少女の手に伝わる。「心配してたんだよ!」。もう!と頬を膨らませる少女。47

2015-12-05 01:26:05
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......?」。ふと、目の前の人物の微かな異変を感じ取る。少女は小さく首を傾げ、まん丸とした目でじっと相手を見つめた。「...どうしたの?元気、ないね」。その言葉に帰ってきたのは、腕だった。少女の背に回された腕に、ぐっと力がこもる。少女は少しだけ身じろぎをした。48

2015-12-05 01:30:00
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......セーレ」。ぼそり、と。少女の名を呼ぶ声。セーレと呼ばれた少女からは、相手の表情が伺えない。だが、その声色が少女に確信を与える。"何かがあったんだ"、と。しかし詮索はしない。誰だって言いたくない事は必ずある。しばらく言葉を待っていると、途切れ途切れに声が続いた。49

2015-12-05 01:34:29