1 『でーきた』 小さい声でつぶやいたのに すぐに駆け寄ってくれる 「あー!うまそ!どれどれ…」 後ろから手を伸ばして 唐揚げをひとつ口に入れる 「ん!おいし…ありがと」 ぴたっとくっついて 私の髪にキスをした
2015-08-16 23:39:042 『ビールにする?』 「あー、そやな…でもその前に ちょっとここ座って」 『え?』 「酔うてまう前に…」 言われるままにソファーに座る 私の足元に座って 小さな包みを取り出した 「はいっ」 『開けていいの?』 「どうぞ」
2015-08-16 23:39:163 『これ…』 「結婚してくれますか?俺と…」 青いケースの中に光る ダイヤのリング ケースごと手を包んで 正座した彼が見上げた 『…私…私でいいの…?』 「せやで、おまえしかアカン」 『章ちゃん…』 思いがけない言葉に涙があふれる
2015-08-16 23:39:274 ケースからリングを取り出すと 左手をとってゆっくりはめる 「ほーらぴったり…な?」 そう言うと両手をとって もういちど見上げる 「結婚してください」 『…はい』 そのまま引っ張られて彼の胸へ やったー…って囁きが聞こえた
2015-08-16 23:39:365 顔を上げたら 親指でそっと涙を拭いて 優しくキスしてくれた 章ちゃんのキスはいつも優しい ううんキスだけじゃなくって… 優しすぎて 少し物足りないなんて言ったら バチが当たる こんな私をいつも 全力で愛してくれるんだから
2015-08-16 23:39:456 章ちゃんと結婚する 付き合ってもう1年 出会った頃からずっと 私だけを見守ってくれてた彼と 世界一幸せで 穏やかな日々が訪れるはずだった
2015-08-16 23:39:567 お互いの両親にも挨拶をして 正式に婚約をした 結婚式なんて なんのこだわりもないって 漠然と思っていたけれど いざ調べてみると 決めないといけないことが ほんとにたくさんあって イメージが湧かなくて 何も決められない私にも 彼は優しかった
2015-08-19 01:16:188 雑誌をいっぱい買い込んできたり 旅行のパンフレットを集めたり デートがてらにどうや?って 週末はブライダルフェアに 連れて行ってくれたり でも決して急かすわけじゃなく 一生に一回のことやから ゆっくり決めよ…って 幸せがひとつずつ 積み重なるような ふわふわした毎日
2015-08-19 01:16:279 "ね、お姉ちゃん迷ってんの?" 『え…?なにが?』 "安田さんとの結婚" テレビを観てる最中に 何の前触れもなく妹が聞いてくる "けっこん"って やけに力を入れて言われて ハッとした 私、結婚するんだ…
2015-08-19 01:16:3510 "だって… ずいぶん前に婚約したのに 全然話進んでないじゃない" 『いろいろあるの! 章ちゃんが焦らなくていいって 言ってくれてるんだもん』 迷ってるって… 何を迷うことがあるの こんなに幸せなのに
2015-08-19 01:16:4211 それでも式場が決まると 自然に事が運び 後は職場に報告するだけになった 「夏休みが明ける頃に 一緒に言いに行こ」 『うん』 「うっはー!わくわくすんな~」 『そんなに笑っちゃダメだよ』 「だってしゃーないやん 幸せやねんもん」 そう言って抱きしめてくれた
2015-08-19 01:16:5012 「今からいける? 部長に時間もろてんけど」 『うん大丈夫』 終業時間が近づいた頃 彼からメール 結婚が決まったことを 報告するために ふたりで上司の部屋へ 彼のいるフロアに向かうと エレベーターの前で 待ってくれてた
2015-08-21 01:08:0913 『章ちゃんお待たせ』 「うん」 『ん?』 「なんか緊張すんなぁ…って」 『ふふ…照れくさいね』 社内で顔を合わせるのも なんとなく気恥ずかしくて ふたりで照れ笑い
2015-08-21 01:08:2014 ポーン♪ 私の後ろで エレベーターの扉が開いた 章ちゃんの視線が 私を飛び越して行く 「なんで…?」 『…え?』 振り向いた先には…
2015-08-21 01:08:3115 “…なんや、出迎えてくれたん? ふたりして“ 「まる!…どしたん?」 “帰ってきてん… 明日からまたこっちやで“ 「そ…うなん…や」 “部長に挨拶しとこ思てな“ 「…っおい!〇〇!」
2015-08-21 01:08:4316 まるちゃんが… まるちゃんが帰ってきた… たった今 自分の目で見たばかりなのに 夢だったような気がする 章ちゃんとまるちゃんの間で 気が動転して 咄嗟に…走ってた
2015-08-21 01:08:5517 トイレに逃げ込もうと思ったのに ちょうど誰かが2人 入っていくところで その手前の給湯室に駆け込んだ ただその場にいたたまれない …それだけだった 「…はぁ、〇〇…大丈夫?」 追いかけてきた章ちゃんに 腕をつかまれた
2015-08-21 01:09:1218 『…章ちゃん…章ちゃん…』 「落ち着いて、大丈夫やから」 静かな口調で言うと まっすぐ見つめてくれる …そうだった 章ちゃんが そばにいてくれるんだから… 少し落ち着きを取り戻したとき 小さな声がした “そういうことになってるんや”
2015-08-21 01:09:2619 「まる…」 腕を組んだまるちゃんが 給湯室の入口にもたれかかってる “いつから…?” 「おまえ向こう行って、もう 3年経とうとしてんねんで…」 “ヤスに聞いてへん” 「俺ら…結婚すんねん」 “…へ…ぇ“
2015-08-23 01:41:5420 「今から部長に報告するとこや」 “そらタイミング悪かったな“ 私の頭上で言葉が飛び交う 傍から見たら 談笑してるようにしか思えない… そんな穏やかな口調 「行こ、〇〇」 私の肩を抱いて章ちゃんが促す 横をすり抜けたとき あの頃と同じ まるちゃんの香りがした
2015-08-23 01:43:0021 “転勤になったわぁ“ あの時… おはよう…って言うぐらいの 軽いタッチで まるちゃんは言った 『…え?』 “中国…内示あってん” ちゅうごく?ないじ? 何言ってるの?
2015-08-24 02:57:0922 中堅のアパレルメーカー 最近になって 海外進出に乗り出した 出張はしょっ中だし 転勤があるのもわかってる でも… 離れてしまうのを不安がる私と あっさり受け入れてる まるちゃんとは 明らかに温度差があった
2015-08-23 01:43:2323 “じゃあ一緒に来る?” 一度だけ冗談っぽく言われたけど ようやく一人前になった私に それもできるはずがなかった 彼の言葉が信じられなくて しまいには浮気を疑い出して 話し合おうとしてくれても 心を開けなかった 赴任までの2ヶ月間 平行線のままお互いに疲れ果てた
2015-08-23 01:43:3124 出発の前夜 “離れてても不安にさせへんから …だから待ってて“ 酔ってうちに来たまるちゃんが 初めて涙を見せた おまえやないとあかんねん そう言って抱きしめた でも私は… その言葉すらも 素直に聞けなくなってた
2015-08-23 01:43:4125 「…大丈夫?今度にしよか?」 『ううん…ごめんなさい… ちょっとびっくりしただけ』 「ほんまに? 俺ひとりで行ってこうか?」 『大丈夫!部長待ってるよ』 逆に私が腕を引っ張ると 章ちゃんもやっと笑った もうこの人に心配かけない… 章ちゃんを悲しませたくない
2015-08-23 01:43:57