【横山光輝「三国志」講座78「臣道」】

横山光輝「三国志」を1話ずつ解説してみようと言うコーナー。第78話「臣道」の巻。 ※解説はbotさんの個人的見解です。
0
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」01】 第78話です。下邳城での呂布との死闘に決着がつき、曹操らは許昌にもどります。つかの間の平穏な日々が訪れます。しかし、戦乱はないとはいえ、都の権力闘争は暗に行われていたという回になります。

2015-12-08 12:45:18
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」02】 曹操は傍らに玄徳を乗せて許昌の都の道を馬車で通り抜けます。人々はあれが徐州で人望があった劉備玄徳様かと口々に噂し合います。 さて、曹操と玄徳は、時の漢皇帝・献帝の前に出ます。献帝は曹操に先の戦の件で労います。

2015-12-08 12:48:27
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」03】 献帝は隣にいる玄徳を見て、曹操とともに褒め称えます。そして、自分はよくしらないが、どういった者であるかと尋ねられ、玄徳は自分の出自を明かします。実際にはどこまで本当なのかはいまいち不明なところもありますが…

2015-12-08 12:49:59
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」04】 玄徳は、祖先は中山靖王(ちゅうざんせいおう)の後胤にして、景帝の玄孫(孫の孫)にあたり、この玄徳は、劉雄(りゅうゆう)が孫・劉弘(りゅうこう)の子でございます、と名乗ります。まあ、献帝こと劉協の遠い遠いとお~い親戚にあたるわけです。

2015-12-08 12:54:17
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」05】 献帝は、何っと言い、それでは朕の一族ではないかと目を見張ります。すぐに系譜を調べさせます。周りの臣下達がガヤガヤうるさくなりましたが、すぐに系譜が届きます。漢の景帝は14人の子がいて、第七皇子である中山靖王からの系図が読み上げられます。

2015-12-08 12:57:15
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」06】 玄徳は、自分の祖先の名が読み上げられている間、諸国の乱により、家門を失い、土民に落ちぶれていった両親、さらにむしろづくりをしながら生き永らえてきた自分の半生を思い起こし、思わず目頭が熱くなります。

2015-12-08 12:59:58
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」07】 ともあれ、玄徳が景帝につながる人物であることが献帝ならびに臣下の前で認められました。三国志の冒頭で、自らを中山靖王につながる男と称していましたが、それが自称ではなく、公式に認められたものとなったわけです。

2015-12-08 13:02:11
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」08】 十常侍・何進・董卓らの専横により、漢皇帝の一族はことごとく排斥されてきました。献帝にとって、かりに遠い親戚とはいえ、玄徳のような一族がいるとは夢にも思わなかったようです。これを喜んだ献帝は、玄徳にこれからも力になってほしいと頼みます。

2015-12-08 13:05:00
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」09】 さて、献帝と玄徳が仲良しこよしの関係になったのを良しとしない人がいました。曹操の部下たちです。このままではいずれ玄徳が大きな力を持ってしまうことを心配しています。

2015-12-08 13:06:21
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」10】 曹操は、自分と玄徳は兄弟以上の付き合いで、心配することはないと言います。しかし、部下は、いずれ曹操が天下を狙う時に、玄徳が邪魔な存在となると言います。そうそうは滅多なことを口にするな、と言います。朝廷に忠誠を誓う者がまだ多いのです。

2015-12-08 13:08:13
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」11】 事をなすには時機を待つ必要があるいう曹操は、ここしばらく戦乱でやってなかった狩猟を天子を誘ってやろうと言い出します。もちろん、狩り遊びが目的はなく、誰が味方で誰が敵に回るのかを試すのが目的です。さっそく手はずが整えられます。

2015-12-08 13:10:26
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」12】 曹操からの狩猟の誘いに対し、行きたくないとゴネる献帝でしたが、玄徳も行くのならと承諾をします。こうして狩りが行われることになりました。 兵士たちが棒で草を叩きながら、獲物を囲い込みます。飛び出てきた獲物を主人たちが弓で射るのです。

2015-12-08 13:12:37
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」13】 まず飛び出てきたウサギを玄徳が馬で追いかけ、見事矢を当てます。次に鹿が出てきます。献帝は弓を引きますが、残念ながら外してしまいます。その後、何本か射かけますが、鹿はすばしこく逃げまわります。献帝は曹操に射止めるように命じます。

2015-12-08 13:14:51
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」14】 曹操は献帝の持っていた弓と矢を奪います。自分の分を用意してなかったんですな。曹操は一矢をもって鹿を仕留めます。帝の御矢だと、帝が鹿を射止められたと報告する兵士。拍手がわきますが、ここで曹操が鹿を射たのは自分だと叫びます。

2015-12-08 13:17:00
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」15】 これには献帝始め新形も興ざめな表情です。玄徳は、これは臣下の取るべき態度ではないと言います。関羽に至っては、曹操の振る舞いは帝をないがしろにするにもほどがあると、思わず刀に手をかけてしまします。

2015-12-08 13:18:32
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」16】 これに気づいた玄徳は、さりげなく関羽の前に行き、関羽の動きを制します。そして、曹操に対し、弓矢の腕前を褒め称えます。関羽は胸中穏やかではありません。ともあれ、狩猟はここでおしまいとなったようです。

2015-12-08 13:20:26
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」17】 夜になり、玄徳は関羽の軽率な振る舞いを注意します。関羽は曹操が自らの力を誇示し、自分の実力が帝以上であるとアピールしていることを見過ごすことは出来ないと言います。しかし、玄徳は、もしあの場で曹操を斬った場合、その後のことを考えています。

2015-12-08 13:23:13
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」18】 曹操亡き後、再び大乱が起こり、第二、第三の曹操が現れる。そうなれば曹操を討った意味がなくなるではないかと言う玄徳。張飛じゃあるまいし、感情に走っては困ると叱責します。この言葉に関羽も納得の意を示し、一応は引き下がります。

2015-12-08 13:25:23
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」19】 関羽は星空を眺め「今日あの奸雄を刺さなければ、やがてあしたの禍いとなる。誓って言える。天下の乱れは曹操が行きてゆくほど大きくなろう」とつぶやくのです。後に曹操が関羽を部下にと求めることになろうとは、いやはや巡り合わせとは不可思議なもの。

2015-12-08 13:29:05
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」20】 宮廷では献帝が食事の時間です。しかし、食が進まぬ皇帝の様子を夫人が心配そうに尋ねます。献帝は考え事をすればするほど食事がのどを通らぬと言います。思えば、献帝が位についてから、一日たりとも平和な日がなかったわけです。

2015-12-08 15:37:15
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」21】 逆臣のあとにまた逆臣。董卓、李傕・郭汜のあと、都を許昌に定めたと思ったら曹操の専横。政(まつりごと)は皇帝がいる朝廟でするものなのに、それが今は曹操ひとりによってなされている。自分の行く末は案じぬが、漢室400年の歴史は滅ぶ、と。

2015-12-08 15:39:39
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」22】 それを考えると…とさめざめ涙を流す献帝です。まあ、帝といっても、自ら何かをなしとげる実力はもっていないわけで、誰かが後見につかなければその地位を維持できないくせに…、なんて思わなくもないですが…。

2015-12-08 15:42:20
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」23】 さて、そんな献帝に夫人の父である伏完(ふくかん)がやってきます。陛下のお嘆きはわかりますが、忠義の士はまだまだ多くいますぞと励ます伏完。狩猟での曹操の態度は自分の信望を確かめるためのものと言います。献帝は間者がいるかも知れぬと制します。

2015-12-08 15:44:36
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」24】 しかし、伏完は、今は人を遠ざけておりますと言って話を続けます。すなわち、今のうちに手を打たねば、曹操にすべてを奪われてしまうと。しかし、あの曹操を除けるものがこの世にいようか、と献帝は尋ねます。それほどまでに曹操の力は絶大です。

2015-12-08 15:46:06
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座78「臣道」25】 伏完は、車騎将軍の董承(とうじょう)を推薦します。董承は忠義の士、帝が密勅をたまわれば必ず事をなすでしょうと、言葉を添えます。献帝はその夜、自分の玉帯にある細工をしました。

2015-12-08 15:47:51