【ミイラレ!第二十九話:『演者』のこと】(原文のみ)
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トリルは黙って窓を見やる。不穏な家鳴りはすぐに収まった。しかし、なにか小さなものがぶつかるような音が断続的に聞こえてくる。黙って目を細め、薫を一瞥してから……立ち上がり、窓を勢いよく開けた。途端に凄まじい羽音とともに飛び込んできたのは、無数の蝿の群れ。75 #4215tk
2016-02-09 20:12:07それらはトリルの両脇を雪崩のごとく通り過ぎ、部屋の中でわだかまる。その密度が濃くなったと見えた瞬間に、蝿の群れは一瞬にして人型へと変わった。トリルは舌打ちする。「おい、病人がいるんだぞ。もう少し静かに」悪態とともに振り向いた彼女は、すぐに息を呑む。76 #4215tk
2016-02-09 20:16:00「ニコール……!?どうしたんだよ、それ!」「騒ぐな小娘」苦々しい声で蝿の王は言った。その右半身が抉り取られている。心臓部を中心に、円を描くような傷。片腕と片足を失っているにも関わらず直立し、その傷跡からは血の一つも流れていないものの、明らかに重傷だ。77 #4215tk
2016-02-09 20:20:09「……俺としたことがちと遅れをとった。おいトリルよ、よく聞け」「誰にやられたんだ、それ!」「取り乱すな。今から話すところだ……いいか、あの人間くんに伝えておけ。シェイプシフター。そう名乗る怪異が、君を狙って暗躍しているとな」ニコールが顔を歪める。78 #4215tk
2016-02-09 20:24:13「それとこれはお前への忠告だ、トリル。奴の仲間に『演者』なる怪異がいる。いいか、お前は『奴とは絶対に戦うな』」「……僕じゃ勝てないって言ってるのか?」呆然としていたトリルの目に怒りの火が灯る。ニコールは首を振った。「違う。『お前だから』だ。相性の問題だ」79 #4215tk
2016-02-09 20:28:26シュウ、とニコールの傷から見えない何かが漏れる。トリルにはわかる。それは魔力だ。悪魔の活動源であり、決して世界とは相容れないもの。ゆえに悪魔は肉体という器の中にそれを閉じ込める。トリルにはわかった。ニコールはもはやこの世界の上に自身を繋ぎ止めることはできぬ。80 #4215tk
2016-02-09 20:32:41「ハ!よもやこんな世界で深手を負うとは思わなんだ。ともかく、『演者』……黄衣の怪異は『羊飼い』だ。紛い物だが。わかるな?」トリルは大きく目を見開く。その反応に、ニコールは満足げに頷いた。「わかるよな。お前は聡い子だから。……重ね重ね言う。あれに手を出すな」81 #4215tk
2016-02-09 20:36:04トリルはなにか言おうとした。しかし、ニコールの真剣な眼差しに、言葉を喉元に引っ込める。ニコールは笑った。「いい子だ。さて……俺はこれでお暇する。人間くんには、飽きたから帰ったと伝えておいてくれ。『七つの大罪』の第二席が無様を晒したことなど」「そこは黙っとくよ」82 #4215tk
2016-02-09 20:40:04トリルはすかさず言う。ニコールが目を細めた。「……すまない。もう一つ伝言を」「なに?」「あいつら絡みで困ることがあったら、俺を呼べと言ってくれ。あの大根役者にはそれなりの報復をしておいたが、まだ腹の虫が収まらん」「わかったよ」「ありがとう。ではな」83 #4215tk
2016-02-09 20:44:22ニコールが残された片手を上げた。別れの挨拶。それと同時に彼女の体が塵と消える。一瞬のことだった。もはや跡形もない。トリルは溜息をつく。肉体を失った悪魔が死ぬことはない。ただ魔界に戻っていくだけ。……彼女にまだ新たな肉体を作るだけの力は残されているだろうか?84 #4215tk
2016-02-09 20:48:10「気に食わない」呟き、薫へと視線を戻す。下腹部の傷跡には依然として蛆がたかる。使い魔を切り離して去っていったのか。変なところで気が回る。「……気に食わない」トリルは再び呟いた。その吐息が炎と変わり、再び部屋を照らし出す。少しばかり、四季を呼びつける必要がある。85 #4215tk
2016-02-09 20:52:09