京都御所へ行ってきました。 手前が建礼門。その後ろに承明門、奥に紫宸殿が見えます。 建礼門を通ることができるのは、陛下と外国の元首だけ。 一般人は、西側の門から入れてもらいます。 pic.twitter.com/duHbU2TDjg
2016-01-21 23:39:31建礼門から西側へまわって宜秋門。昔、御所へいらっしゃるお公家さん方はここから入っていきました。一般公開のときはこの門が開かれるのですが、普段はここも通れません。 pic.twitter.com/VJljC8zlQ8
2016-01-21 23:41:43宜秋門からさらに北へ行って清所門。当時は御所に勤務する人たちが使っていました。今回はここから入ります。 pic.twitter.com/UymquO9SAv
2016-01-21 23:46:11諸大夫の間です。宜秋門から入ったところにある、お公家さまの控室です。3部屋あるのですが、その人の位によって入る部屋が変わります。 グレードによって部屋のつくりに差があります。 pic.twitter.com/vEKuGyhrab
2016-01-21 23:53:32南側へまわって、承明門と紫宸殿。 承明門をくぐることはできないので、紫宸殿を正面から見られるのはここから。 紫宸殿の手前左側の囲いは、植物の寒さよけです。 pic.twitter.com/Ax8tFzO2JP
2016-01-21 23:55:37ズームして寄ってみました。高御座が置かれているのが見えます。 今上陛下の即位礼のときは、ばらして東京まで運ばれました。 pic.twitter.com/4M2Oegsk0v
2016-01-21 23:58:42ここは桓武のみかどより 千有余年の都の地 今も雲井の空たかく あふぐ清涼 紫宸殿 もうちょっと青空だったらよかったんだけど pic.twitter.com/9CFJdj9Oyn
2016-01-22 00:07:38東側へまわって春興殿。 同じ名前の建物が平安時代の内裏にもありましたが、こちらは大正時代に建てられたもの。屋根はモダンな銅板葺き。 pic.twitter.com/xYY0fsey8q
2016-01-22 00:37:59御帳台です。この獅子と狛犬、魔除けのほか几帳が風で飛んでしまわないための重りの役目もあったそう。 pic.twitter.com/esaQ13UOF9
2016-01-22 21:49:421枚目:清涼殿で使っていた障子。宮中で行われる年中行事がぎっしりと書かれています。 2枚目:手前が「昆明池障子」、奥が「荒海障子」。荒海障子は枕草子第23段にも登場し、「足長手長」が描かれています。 pic.twitter.com/31q2pRObXK
2016-01-22 21:54:09小御所です。寝殿造と書院造が融合した造りになっています。徳川慶喜の処遇を決める小御所会議がここで開かれました。 pic.twitter.com/8jtDnmO22v
2016-01-22 21:56:15今回のルートはこの地図の赤線でした。 春と秋の一般公開を除いては要予約です。 みんなも行ってみてね(・∀・) pic.twitter.com/EamB4xATDN
2016-01-22 21:58:29陰陽道では、北東は鬼がやってくる方角と言われています。「鬼門」ですね。魔除けのために北東だけカドを取っ払っています。 北東は干支で言うと丑寅の方角。「牛」と「虎」なので、日本の鬼は角が生えてて虎の毛皮を着ています。 pic.twitter.com/c7bVu4tpsI
2016-01-22 22:12:47サルには鬼除けの役目があります。なぜサルが出てくるかというと、干支で北東の反対側、南西にいるのがこいつだからです。 そういえば鬼退治のために団子で雇われた家来の3匹も、ここにかたまってますね。 pic.twitter.com/BowSKbQjoi
2016-01-22 22:15:26というわけで、御所の東側の屋根には、烏帽子をかぶって幣を持ったサルが北を向いて彫られています。 ここからさらに北東へ約500m、出雲路幸神社。 ここの東側の壁にもサルがいます。やっぱり北を向いて彫られています。 pic.twitter.com/oPaVVY0hQu
2016-01-22 22:18:21さらに北東4km先の比叡山には、延暦寺を置いて都を鬼から守りました。 その麓には日吉山王神社。猿ヶ辻のサルは、ここからの使者と伝えられています。
2016-01-22 22:39:17また南西の方角は「裏鬼門」といって、こちらも鬼門と同様に忌み嫌われています。 裏鬼門の方角には城南宮、石清水八幡宮がありますね。 ちなみに石清水八幡宮の北東角も、鬼門除けとして削られています。
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