80年代あたりのRPGなどの「ファンタジー」普及についてのまとめ

暫定で追加。最終的に年表形式にまとめます 暫定まとめ。ゲーム以前のネバーエンディングストーリーなどの映画や、小説、非電源ゲーム&関連誌などは追加で調べてまとめるつもりです。 なお時系列も「夢幻の心臓2」が翌年なのを間違えてます。
ゲーム ゲーム史 中世風ファンタジー史
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ut_ken @ut_ken
多くにプレイされるファミコン環境でのドラゴンクエストとそのフォローワーFC用ゲームの登場が、良くも悪くもゲーム用の定番図式やカタログ・設定資料集的なファンタジーが大きく広まった契機。そのドラクエ登場までの直接のルーツは、マイコンブームー>海外のウィザードリィ、ウルティマー>国産
ut_ken @ut_ken
PC向けRPG->ドラクエ。ここで、ウィザードリィ、ウルティマのそもそものルールであるD&DなどのTRPGは日本では当初ほぼ無視されていた。その一方で、小説や、映像作品などでもファンタジー作品はぼちぼち。アクションゲームやAVGなどのネタにもなっていた。
ut_ken @ut_ken
あとスティーブン・ジャクソンのゲームブックも。TRPGはその後追いで日本で普及しだして、当時のホビー誌を兼ねてたマイコン誌のコンプティークにD&Dを用いたロードス島戦記が連載され認知度を大きく上げたのが、ドラクエの同年1986年の後の方(日本語版は前年1985年)。
ut_ken @ut_ken
1980~1985年ぐらいを振り返って、当時の事情を。当時はまずはマイコンブーム(PC88やX1、FM7など)でのPC用RPGがまず日本で出始めて、続いてそのネタ元であるウィザードリィやウルティマが日本語化されて移植された。その流れの上でファミコンで作られたのがドラゴンクエスト
ut_ken @ut_ken
そうした流れと並行して、「PC用RPGの源流」としてTRPGが”後追いで”知られて、日本でも新和版D&Dなどが遊ばれだした。なのでTRPGの普及も並行して進んではいたし、定着するとある程度影響するようにもなったが、実はドラクエまでに至る直接の流れではTRPGはあまり関係ない
ut_ken @ut_ken
なので当時は、「本場と違い、TRPGをすっ飛ばして、コンピュータでの一人遊びRPGの方が普及してしまった」と言われていた
ut_ken @ut_ken
80年代以前の指輪物語(これはD&Dを経てゲーム的設定の典型のベースになってる)以外の古典名作ファンタジー小説のでない、「RPGゲーム的な疑似中世風世界設定やクリーチャーなどの典型」が日本に定着したのも基本、PC用RPGからはじまってFC用ドラクエからさらに広まったと見た方がいい
ut_ken @ut_ken
ただし、出すモンスターのネタ元としては、AD&Dの分冊になってたモンスターデータ集がしばし使われた。ザナドゥやファイナルファンタジーが典型。『Zガンダム』放送終了後の模型本『プロジェクトZ』でも、ネーミングのための参考資料としてボルヘスの幻獣辞典とともに挙げられていた。
ut_ken @ut_ken
RPG関係の時系列 1981年アップル2用ウィザードリィ、ウルティマ  1983年団地妻の誘惑  1984年夢幻の心臓、無限の心臓2、ハイドライド  1985年ザナドゥ、日本語版ウィザードリィ、日本語版D&D  1986年ドラゴンクエスト、D&D版ロードス島戦記
ut_ken @ut_ken
あと、PC用RPGを当時の子どもの多くが遊べなくても、少年~児童向け書籍でマイコンとともに割と紹介されていた。そうした状況で、かなり容易に現物が手に入り遊べるようになったのがドラゴンクエスト。
ut_ken @ut_ken
そりゃあ8ビットホビーパソコンでも10万~20万する当時のPCと、1万5千円のファミコンとでは市場はけた違いですから。しかもドラクエ一作目は、子供の初心者を主要客層に考えてのよくできた作りだった @USK_Sato なぜ先発のハイドライドは後発のドラクエに負けたのでしょう?
ut_ken @ut_ken
(Togetter用)いちおう、ハイドライドのファミコン版「ハイドライドスペシャル」はドラゴンクエストより先だった
ut_ken @ut_ken
低価格ホビー向けの初代PC-6001でさえ9万円弱。8801mk2SRで168000円の上に必須の専用モニターは数万円(10万近くだったか?)別売り @USK_Sato
ut_ken @ut_ken
MSXはファミコンと同時期ぐらいに出てますけどゲーム機としてはスプライト1キャラクターごとに一色のみとファミコンに負けてる上にプログラムと化しないならその辺の機能は無駄。2で改良されても、ユーザーが自前でプログラムをするのが廃れていきゲーム専用機に負けることに @USK_Sato
ut_ken @ut_ken
難易度の高さをひたすらありがたがる風潮にあえてあわせて無茶な謎ときとか多い日本ファルコムの「ロマンシア」がドラクエと同年の1986年、同社から新たに親切路線を売りにした「イース」が翌年1987年 @PGERA_RX 向けすぎる作りが当時既に主流だった中
ut_ken @ut_ken
8ビットパソコン用RPGは、ブラックオニキスが1984年初頭(1983年末説もあり)、1983年にぱのらま島、ダンジョン。ミステリーハウスが1982年、デゼニランド、ポートピア連続殺人事件、惑星メフィウスが1983年、コマンド選択式の元祖オホーツクに消ゆが1984年
ut_ken @ut_ken
下調べ。映画「ネバーエンディング・ストーリー」が日本公開が1985年。その原作は1979年ですけど翻訳時期はすぐにはわからず。ゲド戦記が1976年日本翻訳版。指輪物語の翻訳版が1972年から1975年。
ut_ken @ut_ken
コナンの翻訳が1970年で、映画版が1982年。エルリックサーガの翻訳が1984年
ut_ken @ut_ken
ハヤカワ文庫とかソノラマ文庫、SFマガジンあたりはなじみが薄いので、いまのところどうにも上手く調べられず
ut_ken @ut_ken
映画「ラビリンス/魔王の迷宮」が1986年。それとは無関係な「ラビリンス―迷宮―」が1982年、「扉を開けて」が1981年
ut_ken @ut_ken
ホビージャパンのSLG誌「タクテクス」が出たのが1982年ですけど、TRPGを大きく扱いだしたのはいつからだったか。「RPGマガジン」に切り替わったのが1990年。「ウォーロック」日本版が1986年末。「火吹き山の魔法使い」の翻訳が1984年。「ソーサリー」の日本語版が1985年
ut_ken @ut_ken
日本でのTRPGは1984年にツクダから『ローズ・トゥ・ロード』だ出てるけど、あとからルールブックは見ましたけど、84年時点であれを見ても意味不明で遊ぶのはほぼ不可能な、悪い意味で簡素すぎる記述の代物だったなあ。
ut_ken @ut_ken
出かける前にこれだけ。「聖戦士ダンバイン」が1983年。「ドルアーガの塔」が1984年。ゲームブックのドルアーガ三部作が1986年
ut_ken @ut_ken
最初期のカタログ的なゲーム向けファンタジー解説書『RPG幻想辞典』も1986年。今調べたら『Beep』誌の連載をまとめて加筆したものとあったけど、当時『Beep』は全然読んでなかった。amazon.co.jp/RPG%E5%B9%BB%E…
ut_ken @ut_ken
FC版女神転生と「RPG幻想事典」の、とある接点について togetter.com/li/44782

コメント

ありよし/コアロン @TnrSoft 2016年2月6日
ドルアーガの塔もあるんじゃないかなあ モンスターとしての「スライム」とか魔法薬としての「ポーション」を日本で初めて出したのは ドルアーガだし
深井龍一郎 @rfukai 2016年2月6日
光栄のファンタジーゲームには「団地妻の誘惑」の前に「ドラゴン&プリンセス」があったわけだけど、なんでファンタジーという文脈なのに無視されるのか(同時期には「剣と魔法」「DUNGEON」もある)。
ざの人 @zairo21 2016年2月6日
確かに ハイドライドのほうがDQ(1986年5月27日) より早かったねFCでは、それより3ヶ月早く、ゼルダの伝説 が早いから、RPGブームを起こしたのは実はゼルダ。頭脳戦間ガルはもっと先行してる 1985年(自称RPGwww ここ笑うトコ 冗談です) あとコンピューターRPGでは 本当の元祖というと ローグを忘れてはいけない。
ざの人 @zairo21 2016年2月6日
80年代辺り とあるので ローグのことは書かなくても、別に問題はないですね。すみません。じゃあ Fantasy と ザ・ブラックオニキス 追加で。(ザが抜けてたので 訂正)
深井龍一郎 @rfukai 2016年2月6日
ディスクシステムって、いいとこのボンボンのみが持ってる印象。rogueはUNIX環境が使えるエリートのみが触れられる選ばれしもののゲームだった時期が長すぎると思う。
ありよし/コアロン @TnrSoft 2016年2月6日
自分の記憶にある中だとアスキーにコードが掲載されていた(機械語のダンプ)アルフガルドが最古かなあ。友人と手分けして入力してプレイしたのもいい思い出。ブラックオニクスの発売前でした
nekosencho @Neko_Sencho 2016年2月6日
ファンタジーは、ニカデモスの怒りを遊んだことがある。手足のダメージが別扱いで、GUIで、どこにダメージ食らったかがひと目でわかる&たとえば利き手がやられたら武器がつかえないなどの工夫がよかった。異世界感がよく出ててなかなかの秀作だと思う。
月陰あぽろ◆K/oR.weXaA @tsukikage_apolo 2016年2月6日
団地妻の誘惑に目が行きましたごめんなさい
ut_ken @ut_ken 2016年2月6日
暫定で追加。最終的に年表形式などで整理します
深井龍一郎 @rfukai 2016年2月6日
ハヤカワ文庫FTができたのは79年、創元推理文庫に「怪奇と冒険」部門ができたのが69年ですね。FTが出来る前からハヤカワ文庫SFで邦訳されたファンタジーもあります(ハヤカワ文庫SFの2番が「征服王コナン」だったり)。こういうところが参考になるでしょう。 http://www.asahi-net.or.jp/~yu4h-wtnb/database/database00.htm
ヒジャチョンダラ @citabow 2016年2月6日
ファイナルファンタジーが発売されたとき、エルリックサーガの雰囲気のゲームが満を持して登場した! と思ったなあ。
聖夜 @say_ya 2016年2月6日
ディスクシステムは一式揃えさえすれば500円で新作ゲームができるんですよ?(ぐるぐる目 ザナックとかガルフォースとか縦シューに名作多くて息抜きにも最適でした。
ut_ken @ut_ken 2016年2月7日
まとめを更新しました。
深井龍一郎 @rfukai 2016年2月7日
ちなみにWizardryが日本の8bit機になかなか移植されなかったのは、Apple][版がPascalで書かれている上にフロッピーディスク利用を前提に作られていたから。
ヘボピー @hebop_ 2016年2月8日
確かWizardlyの移植って、IVまではApplePascalが吐いた中間コードを動かすためのガワの部分を機種ごとに用意するってやりかただったっけ?
フライハイ @flyhigh_123 2016年2月8日
初期(今も?)のD&Dは、Swordに「スウォード」って仮名が振ってあったよね。ソードと別物なのか、当時凄い悩んだ。
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