@hyuki さんから開発者向けの「命の話」

結城浩 @hyuki

開発者向けの「命の話」をしようと思います。 結城は20代のころ、IT企業でふつうのプログラマをしていました。コードを書く。設計する。たまに営業さんといっしょにクライアントにいって技術的な説明をする。ずいぶん前の話だけれど、現代でも普通にある話じゃないかと思います。ですよね。

結城浩 @hyuki

数名で開発作業をしていたけれど、優秀だったためか、私がリーダー的な存在になっていました。製品をリリースしたこともなく、本当の顧客が誰かも知らず、会社がどんな経営基盤で動いているか知らない私が。そして、

結城浩 @hyuki

そして、ありがちなことだけれど、納期になっても製品はできず、顧客とのもめごとやらなにやら（以下略）で、私は心を病んでしまいました。いえ、心を病んだわけではないですね。医者には結果的には一度もかからなかったし。でも、いまにして思えば、かなりヤバいところを通過したと思う。二十代の私。

結城浩 @hyuki

たまたま（ほんとうにたまたま）、クリスチャンの知人が近くにいて、お昼休みに私の心を休めるような場所を作ってくれた。昼休みの一時間、何も考えずに横になり、静かな音楽を流してくれた。そして午後からはまたどこに向かうかもわからないデスマーチに突入である。

結城浩 @hyuki

現在の自分の立場から振り返ってみると、あの時代に自分が経験したつらい開発作業は決して無駄ではなかったといえる。プロジェクト的には無駄だったけれど、わたしの人格形成や知力に関しては無駄ではなかった。それは確かだ。しかしながら、それはたまたまの副産物に過ぎない。

結城浩 @hyuki

もしもあの時代に、しっかりしたプロジェクトマネージャがいたならば（プロジェクトマネージャでなくてもいいや。ちゃんとした大人がいたならば）、私の数年間は、もう少し平穏な、そして実り豊かな時代を過ごせただろうな、と思う。

結城浩 @hyuki

でも……でも、話はややこしいのだけれど、もしもあの時代に、有能なプロジェクトマネージャがいたとしたら、現在の結城は存在しないし、そしてまたきっと、独立して仕事をし、『数学ガール』のような楽しい理系物語を作る毎日は過ごしていなかっただろうな、と思う。それは……幸せ？よくわからない。

結城浩 @hyuki

その時代はつらかったから、一生懸命文章を書いて過ごしていた。インターネットも出始めの時代だ。クラウドなんてない。ブログなんて言葉もない。そんな時代。結城はやっすいノート（B5のカラーノート）を買ってきて、そして、そこにきたない文字で文章を書き連ねていた。自分のこと。仕事のこと。

結城浩 @hyuki

せんべいぶとんにうつぶせで、ノートに向かい、文章を書いていた。どこに行き着くあてもなく、誰が読むというあてもなく、でもなぜか「ここが大事だ」と思いつつ、書いていた。書き続けていた。結城の二十代後半はそんな感じで過ぎていた。デスマーチ、やっすいノート、せんべいぶとん、そして、言葉。

結城浩 @hyuki

彼女の話は結城メルマガでゆっくり書くとしよう。コードの話。若くて、自分に何ができるかもわからなくて、小さな会社に勤めている身としては、唯一のよすがが自分の技術であった。端的に言えば、コードを書く能力である。コードを読み、その意味を見出し、誤りを正し、目的を達するコードを書く。

結城浩 @hyuki

その時代は、いまから考えれば何の希望もない時代だったけれど（私にとってはね）、希望のようなものは二つあった。一つは自分がコードを書けるということ。これは純粋に楽しみだったから。もう一つは将来私の妻となる彼女の存在。これもまた、純粋な楽しみだった。世界最高の女性の存在である。

結城浩 @hyuki

その能力は、いまにして思えば、当時の自分の生活を支え、プライドを支え、信用を支える唯一の手段だったのだろうな、と思う。

結城浩 @hyuki

退職して、個人として仕事をし続けている現在も、しょっちゅう「私は何によって支えられているか」ということをよく考える。短く表現するなら「言葉」である。結城は自分の生活を言葉で支えている。自分の家族を言葉で支えている。文章を書いて生活の糧を得ているといういみでもあるし、