GA JAPAN "PLOT 設計のプロセス"特集&展示から考える「現代社会における作家性挿入の糸口」

GA JAPAN 137の特集記事と、その展示会を見に行っての僕なりの感想のまとめです
建築
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はるきち @kiruhachi
GA JAPAN 137(特集:PLOT 設計のプロセス)を読み、昨日GA galleryで展示を見てきた。とても濃密な内容であったので、感想をまとめてみようと思う。(長くなりそうだ…)
はるきち @kiruhachi
まずはじめに興味深かったのが、山本理顕さんの「建築について対話することは、建築をよくするための議論なんです。日本では、関係者であったとしても、「自分が選んだものではない」とか、「賛成も反対もない」というスタンスが多いと感じます。(続く
はるきち @kiruhachi
そうすると「提案を共有する」なんてないし、提案に個性がないほうがいいわけです。」という嘆きだ。この嘆きに対しての回答を述べているのが、o+hさん、藤村龍至さん、羽鳥達也さんだなと思った。
はるきち @kiruhachi
o+hさんは「建築が本来持つべき「個人から出発した思いが、大勢の人と一緒に追いかける夢になる」という「前向きな推進力」をみんなで築いていけるかもしれない。」「設計プロセスも含めて、「共感の流れ」みたいなものを徐々に太くしていく。(続く
はるきち @kiruhachi
それと同時に多様なモノを多様なまま受け入れられる「許容力のある空間の作り方」を、進行中のプロジェクトで模索しているところです。」と述べられている。
はるきち @kiruhachi
いっぽうで「「骨格」や「構成」、「秩序」と呼べるような「ダイアグラム」がないと、建築にできないと考えています。(中略)「いかに具体的なシーンを内包したまま、秩序立てられるか?」が建築化する際にとても重要だと実感しています。」とも述べている。
はるきち @kiruhachi
展示において、提案した建築案に対しての、共同している運営者とアートディレクターの意見も文字起しされていたのが印象的。建築家が先走りせず、参加型による設計プロセスを深化させ、より大きな共感を生み出す。そのうえでどう秩序を失わずにまとめあげるか、試行錯誤しているのだな。
はるきち @kiruhachi
いっぽうで藤村龍至さんは、住宅設計において、「最近、住宅設計を通じて興味を持ち始めたのは、坂本さんの「イメージ論」。モダニズムの住宅イメージは「水平連続窓の箱型」だけど、一般の人がイメージする住宅は、「勾配屋根に幾つかの窓が開けられた状態」ですよね。それを(続く
はるきち @kiruhachi
アンケート調査などで実証しながら、住宅の図象性を坂本さんは炙り出していました。」「(自身の住宅設計プロセスにおいて)最終案に至る生成淘汰を繰り返す際、ある意味で「イメージ論」に引きずられながら形がドライブして行ったんです。」と述べられている。
はるきち @kiruhachi
公共建築については「投票を用いて市場動向にとらわれない政治的評価も可能」であるという。そして「プロトタイプを変形するオプションを生成するには、いろいろな方法があると思います。(中略)そこで抽出されたオプションを整理し、記号化するところで、作家のオリジナリティを並べられれば、(続く
はるきち @kiruhachi
「超線形設計プロセス」としても理想的な状態です。」と述べられている。藤村さんは、人々の納得を得るツールとして、「イメージ」と「投票」を用いている。そのうえで、作家性の挿入を試みている。
はるきち @kiruhachi
さらに羽鳥達也さんは、「徹底的に(環境や動線や稼働率など、空間の合理性の)説明を積み重ねても、最後には「外観を気に入ってもらえるか」と言ったことが非常に大事だと思います。(中略)その間にはジャンプがあるのですが、(続く
はるきち @kiruhachi
説明できる部分は説明し尽くせるように準備するべきだと考えています。」「今の社会は、説明不可能な部分が多い建築を実現するのは困難ですが、特に日本ではその傾向が顕著です。(中略)説明不可能なものの価値や可能性にどう気づいてもらえるかは、(続く
はるきち @kiruhachi
説明できることを愚直に説明し尽くした先に、円環状につながっているのではないかと思いはじまています。」と述べている。その「説明」の具体的な話で、洗濯動線の話がとても面白かった。
はるきち @kiruhachi
簡単に述べると、洗濯動線を約半分に省略し、それによって子供が独立するまでに8日間分の時間を省略できるというものだ。これには思わず「納得」してしまう。工学的分析による説明を巧みに扱い、納得させ、その先にデザインがあるというスタンス。
はるきち @kiruhachi
3組の設計の振る舞いを見て、「提案に個性を出す」ことが難しい時代なのだなと痛感する。3組はクライアントを「納得」「共感」させ、作家性を挿入するためのツールとして、それぞれ「深化した共同」「イメージ」「投票」「工学的な説明」を突き詰めている。
はるきち @kiruhachi
それとは異なる文脈で興味深かったのが、藤本壮介さんである。文章を引用すると「最近の僕らはいたってオーソドックスな部分を出発点にしています。プログラムにしっかり根ざした上で、どれだけジャンプできるかどうかが建築的知性ではないか。根ざすだけなら誰でもできる。(続く
はるきち @kiruhachi
無茶苦茶なのもまあ、なんとかできる。その両方が鮮やかに融合する地点を切り開くのが楽しい。」「不用意にプログラムをいじっても単なるオルタナティブができるだけであまり面白くない。ただ「こんな方法もあるよね」で終わらず、(続く
はるきち @kiruhachi
「今までの歴史がこれに置き換えられる」というパワーがあるとすばらしいと思います。その意味では、「ポリテクニーク」は、基本的にプログラムはいじらないというよりも、前提として受け入れて、それを進化させたというかもしれません。(続く
はるきち @kiruhachi
(中略)設定を崩さず、型廊下型の教室列の構成の先に新たな発見ができないかと、真正面から取り組んだわけです。」
はるきち @kiruhachi
つまり機能主義においていったん完成したプログラムを素直に受け入れているのだな。これはかなり意外であった。そしてプログラムを受け入れた上でのジャンプ・進化に関しては次のように述べている。
はるきち @kiruhachi
「僕自身は自然科学的アプローチが強いと思っています。自然科学は、「かっこいい、かっこわるい」の判断でなく、大きく言えば、「いろいろな状況を観察すると、どうもこうなります」というアプローチです。つまり、(続く
はるきち @kiruhachi
物事を丁寧に観察しながら、その途中のプロセスで発想をジャンプさせて進めていく。科学者と同じで、未知なる道を開拓する力によって、真面目に計算していただけではたどり着けない場所に着地したいんです。(中略)楽しさというのは、やはり建築のとても重要な部分だと思うんです。(続く
はるきち @kiruhachi
人類の潜在意識に響くような新しい楽しさを発見して提案する。共鳴してくれると実現する。厳密な意味での自然科学ではありませんが、ある種の客観視と面白がりの両方がうまく混ざり合って生まれる何かなのかなと思います。」
はるきち @kiruhachi
つまり藤本さんの提案には「楽しさ」が目立つが、その裏には徹底的な「客観的分析」があるのだな。
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