- tasobussharima1
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手の感覚はもはや無い。それでも背には確かに肉の重さがある。空海は灰色の世界を歩き続ける。一体何処を目指しているのかもわからないが、それでも。 「……一緒に、帰ろう」 あの街へ。奥羽山岳寺院都市へ。先の見えない戦争であっても、確かにあそこに明日はあったのだ。
2016-03-08 21:04:09急速に徳が失われていく。それを感じるような気さえする。仏舎利を手放すということは、徳エネルギーの加護を失うということだ。それは、やがてはこの止まった世界へ吸収されるということでもある。 足取りは、一歩ごとに重くなる。睡魔が意識を刈り取ろうとする。 「置いて……行かれよ」
2016-03-08 21:08:05背中から声がする。 「意識を取り戻したか!」 壱参空海の声。 「拙僧は、もうもたぬ。街へは帰れぬよ」 「馬鹿を言うな!大僧正の前で頭を下げて、……その後のことは、それから考えればいい」 「ああ……それも、良いやもしれぬ」 「そうだ。あと少し、我慢してくれ」
2016-03-08 21:12:03残された時間は残り少ない。だが、『異界』の端も見えてきた。徳を吸い上げ、世界から色(しき)を奪う黒い壁。法則の境界。 まるで壁そのものが遠ざかっているかのように、歩みが重い。『奇跡』の中心を『奇跡』によって生まれた領域から連れだそうとしているのだ。一筋縄では行かぬのは覚悟の上。
2016-03-08 21:16:04「あと、少しだ」 壱参空海の返事はない。背の重みが消えていく。何かが、手の中から零れていく。脳が振り返ることを拒む。地吹雪が一層強くなる。 それでも、肆捌空海は後ろを振り返る。そこにあったのは、色彩を失いつつある今にも崩れ去りそうな壱参空海の肉体。
2016-03-08 21:20:04壱参空海ーッ!徳を失った覚醒者はこうなってしまうのか、それとも行使した奇跡の効果を自身も受けてのことなのか…… #徳パンク
2016-03-08 21:22:27現象の半分には、心当たりがある。功徳の枯渇による炭化。能力を限界まで酷使した覚醒者の成れの果て。 「『奇跡』を抑えろ!」 仏舎利から遠ざかり、徳エネルギーの経路(パス)が途絶えたのだろう。嘗て仲間達を看取った経験が、最早手遅れであることを告げていた。
2016-03-08 21:24:01「……頭に、響くのう」 絞り出すような声で、壱参空海が応えた。一言喋るごとに、どこかしらから空気の抜ける音がする。物理肉体の機能が限界に達しようとしているのだろう。 「だがこれは、拙僧にも止められぬ」 「そうか」 肆捌空海は、続く謝罪の言葉を呑み込んだ。
2016-03-08 21:28:04彼の最期の時間を、自分の満足のために使わせるわけには行くまい。壱参空海が欲するのは、詫びの言葉ではあるまい。 「最期に言い残すことはあるか」 自分とてこの場を生き永らえることのできる保障はない。それでも、人は最期に何かを残せたことに安堵する。人ならざる生まれを持つ者であってもだ。
2016-03-08 21:32:08